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1話 はじまりの朝

薬草や花、様々な鉱物に囲まれた部屋は

朝だというのに薄暗かった。

私はひとり、暖炉の前に立っていた。


目の前には鍋がぶら下がっており、

青緑色の粘性のある液体がゴポッ、ゴポッと音を立てて煮立っている。


その沸き立つ液体を見つめながら、

そっと口元に手を添えた。


「ふむ……なかなかに面白いものが出来たな」


満足感から思わず独り言が漏れる。

忘れないうちにレシピを書き込んでおこう。


近くに開きっぱなしで置いていた本を手に取り、

ガリガリと材料とその工程、そして結果を書き込んでいく。


「水……月桂樹…塩化ナトリウム……」


ぶつぶつ呟いていると、ふいにピクリと耳が反応した。

耳を澄ますと、どこか遠くから

子どもの声が聞こえた。


「せんせー」

「起きてますかー」

「先生、おはよーございますー…ってなんだこの匂い」


面倒な奴らが来た。


小さく舌打ちをすると、

本をパタリと閉じ、ペンをその辺に放り投げる。

窓に近づくと、外にいた三人の子どもと目が合った。


「あ!せんせーだ!」


3人の中で一番幼いこいつはティア。

半獣人で歯の生え変わりが始まったらしく、

そのせいか、色々なものをなんでも噛む。


……先日、私が長年愛用していた羽ペンを

こいつにボロボロにされたばかりだ。


おかげで私は、

今は何かの景品でもらった、

安いボールペンを使わされている。


「ウィル先生!おはようございます!」


おとなしそうな顔をしたこいつはジェローム。

こいつも半獣人でティアの兄だ。


だが騙されてはいけない。

こいつはおとなしい顔をしているくせに

怒らせると生徒たちの中でも、

一二を争う程激しく暴れ回り、

手が付けられなくなる。


……先日も私の目の前でティアと喧嘩を始めたので

仕方なく仲裁に入った私の顔を爪でバリバリと引っ掻かれた。


おかげでしばらく風呂に入るとき傷に染みて大変だった。


「先生……今日も気持ち悪いくらい青白い顔してますね。

ゾンビみたいですよ」


このクソ生意気なのがアルフレッド。

魔人族だ。


まだ10歳にも満たないというのに、

すでに魔力量が多く、

私が受け持つ生徒の中でも、

最も魔術に関しての素質がある。


……が。


私に対する尊敬の念が全く持って見られない。

実に腹立たしい奴だ。


今もニヤニヤと薄笑いを浮かべている。


軽く舌打ちをしながら窓を開けると

冷気が流れ込み、思わずぶるりと震えた。


体をさすりながら、窓枠に体を預け

子ども達に声をかけた。


「まだ早朝だというのに……来るのが早すぎるのではないかね」


声をかけると、嬉しそうに目を輝かせながら、

兄妹が駆け寄ってきた。


「うぃるせんせー!ねぇねぇ!きいて!わたしまたはがぬけたの!」

「ウィル先生!聞いてください!

先日教えてもらった方法で狩りをしたら、たくさん獲物が取れました!」


子ども特有の甲高い声が同時に響き、耳がキーンと痛む。


「おい、いっぺんに話すな。お前らの声は耳に響くんだ。

静かに話せといつも言っているだろう」


しかりつけると、二人は耳をペタリと下げ、

「ごめんなさい」と小さく呟いた。


「そうだぞ、あまり大きな声を出したら

先生驚いて死ぬかもしれないよ。いつも死にかけなんだから」


そんなふざけたことを抜かしたアルフレッドの頭に

黙ってこぶしを振り下ろした。


ゴッという鈍い音と共に

「痛っ!!!」

と小さい叫び声が上がった。


アルフレッドは頭を抑えて座り込む。

その姿に思わず笑みがこぼれる。


顔を上げたアルフレッドは

涙を浮かべながらも抗議するように睨んできた。


「~ッ何すんだよ!この暴力陰険引きこもり教師!」


私は売られた喧嘩は買う主義だ。


にっこり笑いかけてやったあと、

私はにっこり笑い、アルフレッドの顔を片手で鷲掴みにした。


驚き目を丸くした顔を、

キリキリと万力のように締め上げてやった。


「痛い痛い痛い!!ちょっ!指の力強っ……離せって!」


「なんだ?お前の声は良く聞こえんなぁ?

今日も色白で美しく、性格も明るくて優しい最高の教師と言ったか?」


「先生!それ、だいぶ前に言ったことも含めて

聞こえた上でわざと言ってるだろ!!離せって!痛い!」


私は売られた喧嘩は買う。

しかし博愛主義だ。


……それに成人した男性が子ども相手にこれ以上やるのは

流石に外聞が悪い。


これくらいで勘弁してやろう。


最後にぎゅっと指に力を入れてから解放してやる。


アルフレッドは数歩さがり

私から距離を取ると半べそをかきながら叫んだ。


「~~ッ!生徒に手を出すとか!それでも教師かよ!この変態!」


「おい、そこだけ聞いたら誤解を招くような言い方はやめろ。殴るぞ」


拳を上げると、アルフレッドはビクッと肩を震わせた。


拳を上げる成人男性と

頭を抱えて怯える少年。


今この光景を第三者が見られたら

確実に通報される。


はぁ、と深いため息をつくと、

そっと拳を下ろし、こめかみを手で押さえた。


「なぜお前からは私に対する尊敬の念を感じないのだろうな。

そんなに嫌なら私の元を離れてもいいんだぞ」


そう言ってやると、アルフレッドは悔しそうに顔を背け、

小さく呟いた。


「…うるさいな。俺みたいのが他のとこ行ったって……

誰も相手にもしてくれねぇよ…俺は忌子だから…」


しまった。

アルフレッドの様子を見て、

自分が失言をしてしまったことに気づく。


この国では、魔人族は今もなお恐れられている。

角や魔力の強さといった外見の違いだけで、理由もなく遠ざけられる。

だがそんなものは、本質ではない。


厳しい環境を生き延びるために“人が進化した結果”にすぎないのだ。


それでも、世の中は簡単には変わらない。

見た目が違う。力が違う。自分と違う。

ただそれだけで、子どもですら傷つける。


私は深く息を吐いた。


「……くだらんな。まだそんなことを言う奴がいるのか」


長い間黙り込んでいたためか、

子どもたちが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「…なんでもない。

それより、お前たちいつまで外にいるつもりだ。

暇なら授業の準備を手伝え」


そう告げると、三人は元気に返事をして玄関のほうへ走っていった。


…やれやれ。

子どもというのはどの時代でも喧しい。


それにしても寒い。


窓を閉めると、

鍋のゴポゴポという音が耳に戻る。


「さて…、あいつらが来る前に仕上げるか…」


鍋を火からおろしたが、鍋敷きが見当たらない。


目線を下げると先ほどまで書き込んでいた本が

ちょうどいいところに置いたままになっていた。

私はその本の上に鍋を置くと、

最後に橄欖油を入れ、蓋をした。


その時、玄関から声がした。


「うぅ……せんせー…おはながいたい…」

「ウィル先生…何ですかこの匂いは?」

「なんで窓閉め切ってんだよ…開けろよな…

家中ひどい匂いだぞ…」


子ども達は部屋の前まで来ると、

その場で立ち止まり鼻を抑えながら顔をしかめていた。


寒いから窓は閉めておきたかったのだが……


私が窓を開けるのを渋っていると、

アルフレッドから早く開けろと言わんばかりに圧が飛んできた。


仕方ない……

しぶしぶ窓を開け、新鮮な空気が入ってきたところで

ようやくアルフレッドたちが呆れた顔をしながら部屋の中に足を踏み入れた。


「一体何を作ったらこんな匂いになるんだよ…」


「ふむ……今朝は早く目が覚めてな。

せっかくだからお前たちにサプライズをしてやろうと思ってな…」


私がそういうと、あからさまに嫌そうな顔をした。


「サプライズって…嫌な予感しかしないんだけど…マジで何作ったんだよ」


「まぁ…見ればわかる」


そう言って自信満々に鍋を指さすと、

アルフレッドが鍋の蓋を開け、頭を寄せ合うように鍋を覗き込み

三人は固まった。


「……なにこれ、新しい薬?それとも…毒?」


呆れた。

鍋で薬を作るなんて、数千年前の魔法薬製造方法だぞ。

仮に作るとしても、そんな時代遅れな方法で作るわけがない。


私が日ごろ一般常識も含め、

歴史なども懇切丁寧に教えてやっているというのに……


頭が痛くなる思いだ。

思わず深いため息が出る。


「はぁ…そんなわけないだろ。

鍋に入っているんだ。その時点でわからんか」


そう言うと、アルフレッドはすかさず言い返してきた。


「わからないから聞いてるんだよ!!

なんだよこれ…青緑色だし…なんかぶよぶよ…というかねばねばしているし…

おまけに…すごい匂いしてるし……」


アルフレッドだけでなく、ティアとジェロームも不安そうにこちらを見てくる。

私は何度目かのため息をつくと、こめかみを手で押さえた。


「はぁ…お前たちはシチューも知らんのか…」


「馬鹿にすんな!シチューは知ってるわ!

って…まさか先生。これがシチューだなんて言わないよな?!」


……こいつは何を言っているんだ。

シチューを構成する材料で作ったのだ。

シチュー以外に何ができるというんだ……


「どうみたってシチューだろ?」

「どうみたってシチューじゃないんだよ!!

先生はいままで青緑色のシチューを見たことあんのかよ!」


私は顎に手を当て、長年の記憶を探る。


「……ないな」


「ほら!!ってかエルフの先生が見たこともないようなものを

俺たちが見ただけでわかるわけないだろ?!馬鹿なの?!」


アルフレッドがそう言い返してくると、

ティアとジェロームも取り巻きのように「そーだそーだ」と続いた。


何て失礼な奴らだ。

せっかく朝から材料を集め、丁寧に時間をかけて作ったというのに……!

人の好意を無碍にするとは……

こいつらには道徳の授業を増やす必要があるな……


「あ~わかったわかった。文句があるならお前たちは食べなくていい」


私はアルフレッドの手から鍋の蓋を取り上げると、

そのまま子どもたちを手で後ろに下げた。


後ろからは

「言われなくても食べねぇよ!そんな気持ち悪いもん!」

とアルフレッドから非常に失礼な言葉が飛んできた。


私はそれを無視しつつ、

自分の分を皿によそうために、

暖炉横に置いてあった匙を手に取ると、

鍋の中に入れ、中身をすくった。


だが持ち上げた匙の先がずぶずぶと音を立てて溶けていた。


黙って鍋に蓋をして振り返る。

そして、訝しげに覗いてくる子どもたちに手をたたいて指示を出した。


「お前たち。何をぼさっとしている。

授業の準備だ。そこに置いてある教材を教室に運んでおけ」


「先生…いまなんかそのシチューで匙が溶けてなかったか?」

「せんせー、しちゅーたべないのー?」

「ウィ、ウィル先生…!どうするんですかそれ!やばいんじゃないですか?」


3人がギャーギャー騒ぎ始め、

キーンといった耳鳴りが走り、再度耳を両手でふさいだ。


「あ~うるさいうるさい。静かにしろと言っているだろう!

いいから早く準備しろ。これは後で処分しておく」

「処分って!今処分って言ったよこの人!」


しつこく騒ぎ立てる子ども達を無視し、

私は、鍋が溶け出さないように、

とりあえず私が作り出した保存の魔法をかける。


「先生!そんなもの保存してどうするんですか?!

行政に見つかったらまた怒られ―」


「あ~わかったわかった」


アルフレッドの言葉を手で制すと

そのまま一息つくために、

胸ポケットから煙草を取り出し、お気に入りのライターで火をつけた。

窓枠に体を預けるとギィ、と軋む音がした。


煙草を口にくわえ、

ゆっくり吸い込み、外に向かって煙を吐き出す。


「……お前たちは、未知についてどう思う?」


部屋の中に、困惑といった雰囲気が広がった。


「…は?急に何を言い出してんの?」

アルフレッドからあきれたような返事が返ってきた。


私は煙草に口をつけながら、気にせず続けた。


「私は、未知があるからこそ、人は成長できると考えている」


耳が痛くなるほどの静寂が広がった。


なるほど……

子どもたちには難しすぎたか?


そう反省し、私は子どもたちにもわかりやすく

もっと直接的な表現に言い換えてやった。


「つまりだ。これは失敗ではない。

むしろ未知を発見したのだから、

また人類が一歩成長に近づいたのだ……

これは成功と言ってもいい……ということだ」


言い終わり、私が振り返ったころには、

部屋の中にはすでにアルフレッドたちの姿はなくなっていた。


人の話を最後まで聞く、という当たり前なことも身についていないとは……

はぁ……頭が痛い。

教えるべきことが増えてしまった…………


とりあえず…………残りの生徒たちが来たら

今日は初めに道徳の授業をしよう…………

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