灰色の春
四月の海はまだ冷たい。
里原めいは、通学路の防波堤に腰を下ろしながら、ぼんやりと海を見ていた。
潮風に揺れる黒髪を押さえながら、イヤホンから流れる音楽を片耳だけ外す。
はぁ。
ため息と共に胸の奥にあるドロっとした感情を吐き出した。
「またここにいるん?」
後ろから声がした。
振り返ると、制服のネクタイを緩く締めた男子が立っていた。
勝浦 健。
高校二年になって同じクラスになった男子だった。
「別に」
めいはそっけなく返した。
ただのクラスメイト。
仲がいいわけでもない。
本当はめんどくさくて返事すらしたくなかった。
「海、好きなの?」
「…。嫌いじゃないだけ」
健は「ふーん」とだけ言って、隣に座った。
沈黙。
早くどっかいってくれないかな。
そう思った
けれど不思議と気まずくなかった。
波の音だけが、二人の間を満たしていた。
どれくらいそうしていたかわからないけれど
少し寒くなってきた
「お前ってさ」
突然健が話し始めた。
「いつも、どっか遠く見てるよな」
めいは少しだけ眉を動かした。
その横顔を眺めながら見透かしたように健が言う。
「なんか、“ここにいない”感じ」
その言葉に、胸が小さく痛んだ。
図星だった。
めいはずっと、“ここ”にいたくなかった。
父親は数年前に家を出ていった。
物心ついた頃には両親が毎日喧嘩をしていた。
子どもには聞かせたくないのか私が寝たあとに口論が始まる。
いつも私は布団を頭から被り暗闇の中静かになるのを待っていた。
しばらくして母が布団にくると
いつもブツブツと文句を言っていた。
私の子守唄は呪詛だった。
私が10歳になる頃に両親は離婚。
その頃から母親は昼まで寝て夜はスナックで働か生活になった。家ではほとんど口をきかない。
食卓にはラップのかかった惣菜。
惣菜ならいい方だ。
カップラーメンの日もある。
中学生になった頃にはお金だけが置いてあった。
「おかえり」も「いってらっしゃい」もない家。
たまにある会話は父親の悪口。
だからめいは、海に来る。
海の音だけが、自分を責めなかった。




