PRESENT DAY
有史以来、未曾有の大災害が九州を襲った、雲仙断層群が一斉にずれるとM7.8最大震度7強の巨大地震が発生、雲仙岳は山体崩壊、最期の足掻きと噴火を始めた、それにより対岸の熊本には10mを超える津波が数分で押し寄せた、更に布田川断層帯と日奈久断層帯が応える様に大地を引き裂く、結果この断層に挟まれる八代市は大半が海へ沈んだ、そして同時刻、東北東へ100Km離れた別府-万年山断層でも巨大地震が発生、長崎と大分の断層はお互いこの時を待ち侘びたかの如く中間地点阿蘇で熱い抱擁を交わすと九州は幅約1Km最深部20mの大地溝帯を形成した、熊本を襲った津波はそのままその陥没に沿って潮位差で別府湾へ流れ災害後数日経った別府湾には熊本から流れ着いた残骸が多数漂流していた、そして誰しもが恐れていた阿蘇の噴火であったが山裾を陥没で失った以外大きな変調もきたさず逆に嵐の前の静けさの様に不気味だった、しかしその代償として外輪山に囲まれた阿蘇カルデラは地溝帯に流れ込んだ海水によりカルデラ湖と化していた。
被害状況の確認を急ぐ政府だったが衛生画像から見る地理的変化状況しか掴めず死者数、不明者数、重軽傷者数の発表には到底至らなかった、ただ言える事は熊本市内、大分市内及び別府市南部地域は壊滅状態それは連日報道され誰しもが容易に想像できた、晶達の特救関東支部のみならず全国の支部からは応援に九州へ向かっていた現地では近隣地域から救助の為各機関が熊本、大分へ向かっていたが主要道路は寸断され何よりも九州を東西に横断する幅1Kmの地溝帯がそれを阻んでいた特に九州南部地域には主要都市が宮崎県、鹿児島県の二県で人員、装備、資材共に脆弱としか言いようがなく政府は沖縄米軍に援助を打診した、北部地域は幸運な事に特救九州支部が大分県日出生台にあり基地自体被害はあったものの震災後、20分後には熊本、大分県で救助を開始していた。
関東支部は遅れる事90分で別府湾沖10Km上空へ到着したが暫定指揮をとる九州支部からそのまま阿蘇へ向かう打診を受け別府上空を通過した、別府上空は異常な程に噴気が舞い上がりその噴気は市内を包み月明かりすら拒んでいたローター機のキャノピーは赤外線映像に変わるとそこには倒壊した別府タワーが無惨に横たわり機内からは鎮痛な溜息が漏れていた。




