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一皿の記憶 -ダレカ と ナニカ-  作者: ユ・サド・クアザ


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6/6

6皿目『バァさん と ねこまんま』

 あれは・・・そう、三回目の、最後のお産の時。

 ちょうど10匹目の子を産んだ時だった。

 まだ朝晩はぐんと冷え込んでたのをよく覚えているよ。


 あたしゃ、元々狩りは上手な方だったと思うんだけど、あんときゃ参ったねぇ。

 身重ってのは何かと不便なもんだ。


 人通りどころか車もそんなに多くは走ってない田舎道で、スズメを狙ってたんだよ。

 ただでさえ、腹が重いだろう?

 身軽な時と比べるとどうしても成功率が悪くてさ。

 この時はなんとしても成功させてたかったんだよ。


 それでさ、目の前の獲物に集中しちまってね。

 まさかすぐ近くまで車が来てたなんてねぇ・・・。

 そんでも、すんでのところで躱したんだよ。  

 でも、ちょっと遅かったみたいでさ、あろうことか左の後ろ足を車にひっかけちまった。

  

 痛かったかって?いやいや、痛みなんて感じないさ。

 そりゃズキズキとはしたけどね、問題は痛みなんかより歩く事さえままならない事なんだ。


 まともに歩けないんだから、狩りなんかできる訳ないだろう?

 まぁ仕方がないからさ、ちょうど季節も良かったし、名前も解らないムシやなんかをとっ掴まえて食ってたけどさ。

 あんなもんはいくら食ったって、腹の足しにゃならないもんで。


 腹が減るのも確かに困るんだけど、もっと困った事があってね。

 何って、そりゃ腹ん中の子の事さ。

 こっちの事情なんてお構いなしにどんどん育つからね。

 そうこうしている内に、あっという間にお産の時を迎えちまったよ。


 前とその前は、山ん中の神社をちょいとお借りしてさ。

 境内の下にちょっとしたスペースがあって、時折ネズミも紛れ込むもんだから、食事にも困らなかったしね。

 その神社、その界隈に住むどのお仲間さんの縄張りからも外れててさ。

 一種の緩衝地帯ってやつかね。

 お産の時に限っては、普段はにらみ合うような相手が入ってきてもお互いに関わり合わない様な暗黙のルールが出来上がってたよ。


 でもこの時はまともに歩けやしない。

 仕方がないから、近いところから数軒歩き回って、一番静かなお宅の縁側の下に潜り込んだよ。


 ニンゲンの気配があるところで寝泊まりするなって教わったもんだけどね。

 もうこの時ばかりは、ニンゲンに見つかったら見つかったでもう仕方ないって腹をくくったさ。


 2、3日もしたら次々に産まれたんだ。

 こんな時なのに、みんな元気でね。

 親の心子知らずって言うのかい?

 まぁそんな事言ってても仕方ないね。


 この時は5匹か。

 今までで一番多かったよ。

 最後に産まれた子がちょうど10匹目だったね。

 慣れてるもんだと思ってても、やっぱり大変さ。

 そんだけいたら乳をやるだけでも一苦労でさ、痛い足にもお構いなしに乗られるけど、もうじっと耐えるしかないよ。

 

 でもさ、こっちはろくに食ってないだろう?そうなると、だんだんと乳が出なくなるのは道理さね。

 ちょろちょろとでも出てるうちは、みんな一生懸命に飲むんだ。

 それが、そのうち吸えども揉めども一滴も出なくなっちまう。

 そうなるとさ、最初は静かだった子たちも少しずつ騒がしくなってくるんだよ。


 そこは、古いお宅でね。

 ガラクタも多かったから、上手い事隠れてたつもりだったんだ。

 ニンゲンに見つかったら何されるか解らないからね、なんとか静かになってくんないかって思ったけど、乳飲み子に言う事を聞けって言う方が無理がある。

 そんでも1日2日はごまかせたんだと思うんだよ。ところが3日目の朝さ。

 入口の所のガラクタが、ガタガタって音がしたと思ったら、ニンゲンの顔が見えてさ。

 そりゃもう、あっさり見つけられちまった。

 

 あぁ・・・ここまでか。

 まぁ、痛い足引きずって子育てしようって方が無理があったんだ。

 ここいらが潮時ってやつかねぇ。

 

 「あらららららら、こんなに沢山の赤ん坊猫ちゃんも一緒に隠れてたの?」

 なんてったって、こっちは気が気じゃないからね、必死に威嚇したさ。

 「あれ、やだ、お母さんこれ!足怪我してんじゃないの?」

 やめてくれよ、気安く触らないでおくれ。


 あたしらは、自然と共に生きてるけどさ、死に様ってのは結構色々あるんだよ。

 だけどね、ニンゲンと関わったやつは碌な死に方しないね。

 車に轢かれたり、どっかに閉じ込められたり、古井戸に落とされたり。

 見かける度にああいう死に方は怖いなって思ってたからね。  

 生きた心地がしないってのは、まさにこういう時に使うんだろうね。


 どれくらいの時間だったろうかね。

 しばらく、じぃぃぃぃっと観察されたかと思ったら、急に入口が閉まってね。

 助かったんだかどうなんだか解らないけど、とりあえず今すぐどうこうって言うのはなさそうだって思ってた矢先に、またガタガタって音がしてさ。

 あ、今度こそ覚悟を決めなきゃねって思ったんだ。

 

 これからどうされるのか、もう不安でいっぱいさ。

 せめて苦しくないようにって願うけど、ニンゲンってのはデカいし残虐な生き物だからね。


 どうにも動けずにいたんだけど、その時さ、こう・・・なんて言えば良いかねぇ、もうこの世の物とは思えないなんとも言えない良い香りが漂ってきてね。

 こちとら空きっ腹だからさ。その匂いがもうたまらないんだよ。

 あん時は、そうか、死ぬ時ってのはこんな具合に怖さが和らぐようになってるのか、なんて事をぼんやり考えてたんだ。

 

 「ほら、お母さん、これ、お食べなさい!」

 急に目の前に手が伸びてくるんだから驚いたね。

 捕まる!って思ったんだよ。

 でもさ、その伸びてくる手の先からさっきから漂ってる良い香りがするんだ。

 

 コトンって音と一緒に手がぬるっと消えてね。

 でも、あたしゃ手の行き先なんてどうでも良くってさ。

 気が付いたら、あたしゃ目の前に置かれた皿に鼻っ先突っ込んでたよ。

 いくら腹を空かせてたとは言え、こんなに美味いものがあるのかってね。


 次の日もその次の日も、昨日と同じ手の持ち主が、あの美味しい食べ物をくれたんだ。

 届く度に貪り食ってたね。だって、餓えて死んじまったらこの子達はどうなるんだい。

 こうなりゃ、恥も外聞もないからね。毎朝、お腹をいっぱいにさせてもらったもんさ。


 不思議な事にね、あんだけ出なかった乳も最初の晩にはちょろちょろっと出始めたんだ。

 子ども達は大喜びでさ、むにゃむにゃもにょもにょ言いながら飲んでたよ。

 

 いやぁ、良く食べて良く休むってのは大事なんだねぇ。

 一週間もしたら、少しずつ足の痛みも引いてきてね。

 おかげさんで、夜の冷え込みが落ち着いた頃には、ちょっとした狩りも出来るまでになったよ。


 毎朝美味しい食べ物を食べた後は、子ども達連れて散策さ。

 ついでに狩りのやり方や世の中のルールってやつを教え込むんだ。

 最初はえっちらおっちらとたどたどしく歩いてたのも、少しずつたくましくなってきてね。

 セミが鳴きだす頃までには、一匹また一匹とぼちぼち巣立っていったよ。


 その年の、夏の終わり頃かね。

 夜の夜中に巣立ったうちの一匹が、ナーゴナーゴ鳴きながらあたしを呼びに来たんだ。

 何事かと思ってついていったらさ、呼びに来たのとは別の一匹が、あろうことかニンゲンの家に上がり込んでくつろいでやがった。

 

 そうなんだ。 

 子ども達に色々と教えた事はあるんだけど『ニンゲンは怖い』と言うのを、終ぞ教えられなかったんだ。

 だって、仕方ないだろう?

 あたし達は、ニンゲンの世話になってどうにか生きながらえたんだ、どうやってニンゲンが怖いんだって教えるんだい。


 まぁ、あの子が幸せにやってるなら、それはそれで良いさ。

 たまに他の子達も出くわすけど、みんなもまぁまぁそれなりにやってるみたいだしね。


 そういえばこの家の軒先にも随分長い間世話になっちまったねぇ。

 ニンゲンの気配がするからか、ここは他の場所よりは安全で、なにより毎朝のごちそうがあったからね。

 そうはいっても、いつまでもいられるわけじゃないし、そろそろお暇しようか。

 御礼ってわけじゃないが、ニンゲンにも『こうやって狩りをするんだ』ってのを教えといてやるかね。

 

 「あれれ、この子はまたネズミなんか獲ってきて!もういやだよぉ。」

 獲ってきた獲物は、縁側の入口に並べておくんだ。

 獲物の状態が解るように置いておけば、どうやって獲ったら良いか、ニンゲンにもだいたい想像がつくだろう?

 だからさ、毎日毎日、昼と夜に獲っては置き、獲っては置き。

 でも、あまり参考になっているようでも喜んでいるようでもなかったねぇ。


 その日も、朝起きたらあの良い香りがする皿に鼻っ先突っ込んでたんだけどね。

 「今日はバッタにコオロギ。まぁ、毎日毎日ご苦労さんだこと!」 

 そうは言うけど、狩りを覚えてくれないままここを出て行ったんじゃ、なんだか寝覚めが悪いだろう?

 毎日こうしてても覚えてくれてる様子はないし、つい長居しちまったんだよ。 

 「そういえば、子猫ちゃん達はみんな独り立ちしちゃったの?」


 そう言われて体をこねくりまわされたんだけど、なんだかイヤな気はしなかったね。

 「どうせ毎日ここにいるんだから、独り者同士、一緒に住む?」

 あの時、もうちょっとニンゲンの言葉が解ったら良かったんだけどね。 

 そしたら、あんなに怖い思いをしなくて済んだのにさ。 


-----


 病院って言うのかい。

 この世の物とは思えない匂いがして、真っ白な恰好をしたニンゲンが沢山いる場所は。


 ニンゲンの家に上がり込んだあの子も、きっと同じ思いをしたに違いないね。 

 あぁ、怖い怖い。


 そん時、何をされたかなんて今思い出しても身の毛がよだつ思いがするよ。

 長い棒でチクンと刺されあと、情けない事に気を失っちまってね。

 はたと気が付いた時は、そりゃぁパニックさ。

 腹のあたりはスースーするしさ、首の周りにゃなんだか固いものつけられてね。

 

 そうかいそうかい、ニンゲンはあたしを食うつもりなのかい。

 あん時ゃ、本気でそう信じて病院から出たあとも諦めてじっと動かずにいたんだ。

 ところが、いつまでたってもそんな素振りはないじゃないか。

 日に何度か、良く解らないけど随分腹持ちの良い食べ物も食わせてもらってさ。


 もう一度病院に連れていかれた時も、こっちはもうほとんど諦めてたもんで、じぃ~っとしてたんだ。

 白い服を着たニンゲンの手が伸びてきて、体中あちこち触られてさ。最後に首の固いやつを外されてね。

 あぁもういい加減これでいよいよか、なんて事を考えてたんだよ。


 そしたら、あたしを連れて来たニンゲンが言ったんだ。

 「良かったわねぇ、これでもう安心だよ。」


 その日からあたしの生活は一変しちまった。

 ニンゲン・・・今じゃバァさんなんて呼んでるけどね、いや悪口じゃないんだよ。本人が自分でそう呼んでるんだから。

 まぁ、そのバァさんと一緒に生活をするようになるんだ。


 一番変わったのは食べ物だねぇ。

 今までネズミやらモグラやらトリやらムシやら獲ってたんだけどね、ここに居たらその必要がないんだよ。

 毎日毎日、朝と夜にバァさんがくれるんだ。


 カリカリって言うけったいな食べ物だったけどね。

 あの時のたまらない香りがするのと比べたら数段劣るけどさ、これはこれで旨いんだ。

 

 「ねこまんま食べさせてるって言ったら、センセイに怒られちゃったからねぇ。カリカリで我慢してね。」

 バァさんが言うねこまんまってのが何の事か解んないけどさ。

 狩りもせず腹がふくれるんだから、こっちはこのカリカリって言うのがもらえるだけでも十分ありがたいんだよ。


 そうそう、もらえるのはカリカリだけじゃなかったね。

 バァさんのごはんだよ~っていう声が聞こえた後にね、袋のカサカサって言う音が聞こえたらカリカリ。

 声の後にね、パカッていう音がしたらカンヅメって言うのがもらえてさ。これがまた旨いのなんの。

  

 もらっている身でね、贅沢なんて言うもんじゃないのは重々承知してるんだけどね。

 でもさ、カリカリよりも旨いものがあるって解ったら、そりゃ旨い方が食べたいじゃないか。


 だからさ。ある日、もらったカリカリを食べずにいたんだよ。

 カリカリを食べないでいたら、カンヅメがもらえるんじゃないかと思ってねぇ。

 朝も夜も、その次の朝も、食べたいのをぐっとこらえてさ。


 ところが、世の中ってのはやっぱりそんなに甘くないね。

 次の日の夕方にはまたあの病院って所に連れていかれたよ。


 白い服を着たニンゲンにさ、それはもう不躾にあちこち触られてね。

 「食欲がないとの事でしたが、特に異常はなさそうですね。」

 白い服のニンゲンとバァさんが、なんだか長い事色々と話しててさ。

 またあの固いやつ着けられるのかと思ったけどそんな事もなくてね。


 ただ、帰ってから、カンヅメでもカリカリでもない、オヤツって言うのをもらったよ。

 このオヤツって言うのも旨いんだよね。

 ちょっと歯ごたえがあるんだけどね、噛めば噛むほど味が出てきてさ。

 こう、口の中の遠くの方でトリの味がして、ちょっと懐かしい感じもするんだ。

  

 それから、食べ物がちょっと変わったんだよ。

 朝はカリカリ、昼寝から起きたらオヤツ、夜はカリカリかカンヅメかって言う生活になったんだ。

 カンヅメはそうだね、カリカリの日が3回続いたらその次はだいたいカンヅメだね。

 そうと解ればさ、こっちは言う事ないよ。

 もらっている身でね、贅沢なんて言うもんじゃないのは重々承知してるからね。   


 しかし、ニンゲンってのはなんでも食う生き物なんだね。

 葉っぱをそのまま食べてるかと思えば、ニクを焼いて食べてる時もあれば、サカナの皮を剥いで切り分けて食べてる時もある。

 ある時は、まっ黒になったバッタを食べてるのを見て、ちょっと懐かしかったもんさ。

 あの色はともかく、あたしもバッタは好きだよ。触感がたまらないからね。

 でも、その割にネズミやなんかは食べないんだね。不思議なもんだよ。

 

-----

 

 その日はさ、バァさんに言わせると、ニヒャクトオカって言う日らしいんだ。

 家の外はもう雨も風もそりゃぁ酷くてね。

 あたしも日課の散歩は諦めて朝寝を決め込んでたんだ。


 風が窓を揺らすガタガタガタって音を子守歌代わりにまどろんでたら、巣立っていった子達が夢に出てきてねぇ。

 あぁ、あの子たちは元気にしてるんかねぇ、なんて事をぼんやり考えてたんだ。

 そうしたらね、どこからともなく、あのたまらなく良い香りが漂ってきたんだよ。

 

 夢ってのは良いもんだね。

 あたしゃあの香りを嗅ぐだけで、なんだか幸せな気分になれるんだよ。


 「・・・ゃん、カーちゃ~ん!おいでぇ~!」

 バァさんが呼ぶ声で夢から覚めちまったんだけどね。


 この”カーちゃん”ってのはあたしのナマエらしいよ。

 なんでもあの子達の”おかあさん”だからカーちゃんって言うんだけどね。

 そんなこと言ったら世の中”カーちゃん”だらけじゃないか。


 まぁ、ともかくバァさんにカーちゃんって呼ばれて目が覚めたんだ。

 もうちょっとあの匂いを嗅いで居たかったからね、少しの間抵抗してたんだけどさ、気が付いたらお目々パッチリだよ。

 起きちまったもんは仕方ないから、バァさんのところまでトコトコ歩いて行ったんだ。


 でもさ・・・おかしいんだよ。

 夢の中の匂いが、目が覚めても続いてるのさ。

 妙な事もあるもんだねぇなんて思いながらバァさんの所へ行ったらさ、バァさんが朝飯こさえてたんだよ。


 「今日はカーちゃんが我が家へ来た記念日だからね。特製ごはんだよ。」

 そう言いながらコトンと置かれた器からね、そう、あのこの世の物とは思えない良い香りが漂ってきたんだ!


 そのあともバァさんがなんかのたまってたけどね。

 何を言ってたのかねぇ。声は耳に入って来たけど、反対側の耳からキレイに抜けちまったよ。

 それくらい、あたしゃがっついてたんだね。

 あっという間に食い尽くしちまった。


 「あらあら、まぁこの子は!」

 あの時のバァさんの顔、なんだか嬉しそうだったね。


-----


 それから毎年、ニヒャクトオカがやってくるとバァさんはこの世の物とは思えない食べ物をくれたんだ。

 その日がいつ来るかってのは、あたしにゃ正確には解らないんだけどね。

 でも、いよいよその日が近くなると、バァさんはどこからかカツブシとニボシってのを持って来て、床の下の箱に隠すんだ。

 それを見たらね、もうワクワクしてね、毎日早起きするんだよ。


 その年も同じだったね。

 でも、今年はあの食べ物がどんなものかこの目で確かめてやろうと思ってさ。

 バァさんが起きる前から寝入る頃まで片時もそばを離れずに居てやったんだ。

 

 「この子ったらまぁ珍しい。そんなに甘えたいの。」

 違うんだよバァさん。そんなんじゃないんだ。

 あたしゃ、ただあの食べ物がどこから来るのか知りたいのさ。

 

 だって、そうだろう?

 どこからどんな風に来るのか解れば、バァさんに頼らなくてもあたしがバァさんの分まで獲ってこれるからね。

 そりゃ若い時分と比べたら幾分衰えたけどね、あたしとバァさんの分くらいなんとかなるさね。

  

 そうは思うんだけどさ。どうもあたしの言葉はバァさんには難しいみたいでね。

 もっとも、バァさんの言葉もあたしにはちんぷんかんぷんな事も多いから、お互い様かね。


 ともかくも、昨日もその前もハズレだったから、今朝あたり怪しいんじゃないかと睨んでるよ。

 だからね、昨日はあたしは自分の寝床じゃなくって、バァさんの頭の横に陣取って寝たんだ。


 いよいよバァさんが起きてさ。

 ごそごそと身支度初めてね。

 オダイドコロへ向かって行ったんだ。

 

 オダイドコロはね、普段バァさんが居るところとはちょっと離れててさ。

 ここへ来たばっかりの時は探検がてら良く行ったもんだけど、水はぴちゃぴちゃはねてきて冷たいし、なんだかあっついしぶきが飛んでることもあってね。

 そんな事もあって普段から近寄らないんだけどね、何よりもここはバァさんの縄張りみたいでさ。

 入るとすごい剣幕で怒るんだよ。

 こう見えてもね、あたしゃそういう事には気を遣うからね。

 だから普段はカリカリの時もカンヅメの時もオダイドコロの入口の所でじっと待つんだ。 


 でもね、この時は心持ちがいつもと違うからね。

 朝からビターっと離れないで、ずぅっとくっついていってね。

 何をするのも見えるように、レイゾウコってやつの上に登ってじっくりバァさんを観察したんだよ。

 もしかしたら怒られるかもしれないって思ったけどね、身構えてた割に、何にも言われなかったんだ。


 「よっこらせっと・・・」

 先ず、バァさんは床の扉を開けてさ。中からカツブシとニボシってのを出すんだ。

 カツブシってのはあれだね、なんだか朽ちた木を薄く削ったような、木の屑みたいなのが入ってるんだね。

 ニボシは似たようなのを見た事あるよ。神社で世話になった時に池ん中にこんまい魚が沢山居たからね。

 でもおかしいよ、ニボシはみんなカラッカラに干からびたみたいになってて、ピクリとも動かないじゃないか。


 「どっこいしょっと・・・」

 続いて、バァさんは鍋を二つ出して水を張るんだ。

 しかし、あの水道ってのはすごいもんだね。

 なんだってあんな所から水が勢いよく出るんだろうね。

 おや、そこにニボシを入れるのかい。

 もしかして、そうしといたら乾いたニボシも動き始めるのかね。

 

 「うんとこしょっと・・・」

 ほらね、やっぱり近くで見てなくて正解だったよ。

 カチカチカチカチって音がしたと思ったらさ、あの熱いやつがボワッとしたよ。

 寒いときにさ、温かい風が出る四角い箱あるだろう?

 あれの奥の方でユラユラしてるのが、ここじゃむき出しなんだ。危ないったらありゃしないよ、まったく。

 ・・・おや、鍋の水が踊り始めたよ。

 さっきまでピクリともしなかったニボシ達も元気に泳いでるねぇ。

 でも、あの水はもう熱いんじゃないのかい。

 だって離れてるここにまで、なんだかもわっとしたのが来てるくらいだからね。

 そう言えば思い出したよ。池の魚たちも冬はじっとしてたのが多かったねぇ。

 

 「どれどれ・・・」

 おや、火が消えたね。

 ニボシ達は可哀想に、なんだかまた元気が無くなっちまったよ。

 ・・・おい!バァさん!何を血迷ってるんだい!?

 その紙っぺらみたいなの鍋に突っ込むのかい!? 

 いやぁ、信じられない事するねぇ・・・。

 そうかい、ニンゲンってのはその木の屑も食っちまうのかい。

 まぁ、あたしもお腹がグルグルしてる時にゃ、林に生えてる下草くらいは食べるけどね、似たようなもんなのかね。 


 「ヨイショっと」

 バァさんが鍋を持ち上げて動いたと思ったら、これはたまらない!

 熱くて白い煙がこっちまで来たよ!これは一旦下に降りるかね。

 

 ・・・!!

 おや、これ、この香り!

 そうだよ、これだよ、これ。

 あぁたまらないねぇ。なんだろうね、この香りは。

 

 「あらあら、もう我慢できないのかい?ほら、お裾分けだよ。」

 下に降りて上を見上げてたあたしに、バァさんがそう言うんだ。

 なんだろうって思ってたらね、バァさんの手にはニボシさ。


 条件反射って言うのかい?

 気が付いたらニボシは口の中にいたんだよ。

 さっきまで動いてたのに、なんだか可哀想な事しちまったかねぇ。

 でも、水の中から出ちまってピクリともしてなかったしね。いや、それにしても旨いもんだね、ニボシは。


 「ほらほら、そっちに夢中になってないで、出来たわよ~」

 あん時のあたしゃ、ついうっかりしちまったんだね。

 木の屑を突っ込んだところまでは覚えてんだけど、気が付いたらバァさんが皿抱えてあたしを呼んでるんだよ。


 「はい、ねこまんま。」

 ははぁ・・・なるほどね、コトンと目の前に置かれたコレを“ねこまんま”って言うのかい。

 しかし、なんだねぇ。

 改めてこうしてじっくり見てみると、匂いもさることながら、見た目もこの世の食べ物とは思えないねぇ。


 いつもとは違う綺麗な紋様の入った器にさ、黄金色に透き通ったおつゆが入っててね。

 その中には白いツブツブ───そう言えば、バァさんは"コメ"って呼んでたね───が沢山入ってさ。

 上には干からびてんだか溺れちまったんだか解んないけど・・・まぁどっちにしてもピクリとも動かないニボシがたっぷり。

 木葛みたいなカツブシがちょこっと混じってるけど、取り損ねたのかね。まぁこれくらいは御愛嬌ってもんだ。


 あら、あたしとした事がいやだよぉ、肝心なところ見てなかったじゃないか。

 バァさん、このコメっていう食べ物は何処で獲れるんだい?


 「うふふふふ・・・毎度毎度ふにゃふにゃ言いながら食べてるわね。カーちゃんは本当にねこまんまが好きねぇ。」

 言葉が通じないってのは不便だね、何度聞いてもバァさんは『そうかい』とか『美味しいかい』って言うばっかりで、コメの出どころは教えてくれないんだよ。

 こりゃ・・・もしかしたらとっておきの獲物だから、そう易々とは教えてくれないのかもしれないね。


-----

 

 この家に世話になってから、何回のニヒャクトオカが過ぎたかね。

 平々凡々ってのは、ちょっぴり退屈だけど良いもんだ。

 

 日がな一日、縁側や屋根の上で日向ぼっこしたりさ。

 家の周りをぐるっと散歩したりね。

 食べ物には困ってなかったけどね、狩りの腕が衰えちゃ困るってのは、きっとバァさんも解ってるんだ。

 バァさんが妙ちくりんな形をした物を振り回してくれるんで、練習には困らないんだよ。まぁでも、練習するのは気が向いた時だけだけどね。


 それにね、たまにだけどさ、巣立っていったあの子達も順繰りに顔を見せに来るんだよ。

 バァさんに見つかるとなんだかんだとうるさいんだけどね、あたしの可愛い子ども達にもオヤツをくれるもんだから、そん時ゃあたしゃ黙ってるんだ。


 しかしさ。

 長生きなんかするもんじゃないね。

 年を取るとさ、時折悲しい知らせも聞くんだ。

 イヤだねぇ。神様ってのは意地が悪いにも程があるよ。

 どうして、親であるあたしが、あたしが産んだ子どもが死んじまったって話を聞かされなきゃならないんだい。


 全部で10匹いたはずなんだけどね。

 1匹減り、また1匹減り。

 とうとう、ニンゲンの家にお世話になってる子と最後に産んだ子だけになっちまった。

 そんでもさ、どの子も車に轢かれたとか、ニンゲンに殺されたとかじゃなくてね。

 山ん中で自然と息を引き取ったって聞いて、その度になんだかホッとしたような気分にもなるんだよ。

 

 居なくなっちまうのは、あたしの子だけじゃないんだよ。

 この間なんか、バァさんが突然いなくなっちまってね。

 代わりにバァさんがそのまま若くなったようなニンゲンが居てさ。

 あたしゃ驚いてねぇ。何が何だか解らないまま、自分の寝床にじっとしてたんだ。

 

 そりゃ、バァさんがどうなったか心配したんだ。

 あたしもそれなりに年老いたけど、まだまだ狩りは出来るからさ、食べ物の心配はなかったんだけどね。

 もっとも、若くなったバァさんがカリカリと水だけ、毎日いつもの所に準備してくれたからね、腹が減って困るって事はなかったんだけどさ。

 もう何年も一緒に居るバァさんが、狩りを覚えないまんま死んじまったんじゃあまりにも不憫じゃないか。


 バァさんは、どれくらいの期間居なかったんだろうねぇ。

 ある日、いつもみたいに昼寝してたらさ、遠くからあたしを呼ぶ声が聞こえるんだよ。

 バァさんの声でさ、カーちゃん、カーちゃんってね。

 声のする方へ行ったら、居るんだよ!バァさんが!

 いやぁ、てっきりうちの子達みたいに死んじまってるのかと思ってたから嬉しくってねぇ。

 

 なんだか、ちょっぴり小さくなっちまったみたいだし、動きもだいぶ鈍くなっちまったようでね。

 今夜はあたしが何か精のつくものごちそうしてやんなきゃなって張り切ってさ。

 夜な夜な部屋から出てね、そりゃもう必死に狩ったよ。

 バッタにトリにネズミにね。久しぶりの狩りにしては上出来さ。


 バァさんの部屋に行ってね。

 獲った獲物をバァさんの頭の近くに並べてさ。

 あたしも張り切りすぎちまってくたびれちまったからさ、その日はそのまんま一緒に寝たんだ。


 「あーーーーんたったら!んもうっっっ!!!」

 あくる日、バァさんは朝から元気いっぱいだよ。

 どうだい、やっぱ獲りたては滋味深いだろう?

 いや、聞くまでもないかね、だって朝からそんなに元気なんだからさ。


-----


 それからはいつも通りの毎日さ。

 バァさんはなんだか歩きにくそうにしてたけどね。

 「私がこうなっちゃ、カーちゃんとも遊んであげられなくて、なんだかごめんねぇ。」

 いいんだよ、狩りの練習なんて自分一人でもできるからさ。

 

 一緒にさ。

 こうやって縁側でのんびりと風に吹かれるのが気持ち良いんだよ。

 そろそろ虫が出てくる季節だね、バァさんの分も獲ってきてやろうか。


 セミの鳴き声に飽きたらさ、バァさんもあたしの冷たいマットの上で休むかい。

 それとも、風の出る機械の前でムギチャでも飲むのかい。

 

 ニヒャクトオカが過ぎたらさ、少しずつ冷えてくるからね。

 バァさんも冬毛にしないといけないから、沢山食べないとね。


 元々寒いのは苦手だけどね。

 バァさんに世話になるようになってからはもう本当にダメでねぇ。

 コタツって言う温かい箱は、まるで天国だよ。

 バァさんはいつも脚しか入れないけどさ、ほら、こうやって、たまには頭から突っ込んでごらんよ。

 

 気が付いたら外の雪はなくなったねぇ。

 でもまだ寒いからね、この温かい箱はまだ片付けないでおくれよ。


 そう言えば、最後に産んだ子もパタッと来なくなっちまったね。

 どこかで、元気でやってるんかねぇ。 

 あたしもさ、最近は段々と歩くのが億劫になっちまってさ。

 呼ぶ声が聞こえても、もしかしたらあたしの方が顔出せないかもしれないねぇ。


 なんだろうね。

 今年の夏はイヤに静かでなんだか寒いんだよ。

 セミの鳴き声も聞こえないしね。


 なんだか、カリカリを食べるのも大変でね。

 いつかみたいに2,3日残す日が続いたんだ。

 もらっている身でね、贅沢なんて言うもんじゃないのは重々承知してるしさ、またあの白い服のニンゲンの所に連れていかれるのも嫌だったんだけどね。

 でもさ、食えないもんは仕方ないじゃないか。

 

 今日か・・・明日か・・・なんて思ってたんだけど、今回は連れていかれる気配もなくてね。

 その代わり、食べ物が毎日カンヅメになったんだよ。

 イヤだよぉ、バァさん。あたしゃそんなつもりじゃなくってさ。

 ただね、ちょっぴりカリカリが食べにくいんだ。


 そろそろまた、ニヒャクトオカかねぇ。

 今年こそはコメの出どころを見つけてやりたいんだけどもね。

 もう、小用に立つのも一苦労でさ。

 それにね、だんだんと景色もぼんやりとしてきてるんだ。

 

 あぁ・・・誰かがあたしを撫でてるね。

 誰かって事はないねぇ、この手はバァさんの手だよ。

 額から首を撫でてさ。のどのあたりをコロコロォって触るんだ。

 古傷になってる脚もね、バァさんが触ってくれるとほわっと温かくてね。


 あたしゃ大好きだよ、こうやってバァさんにそっと撫でられるのがさ。

   

 そうかい。

 いよいよかい。


 どこからか、あのたまらなく良い香りが漂ってきたねぇ。

 ほうら。

 やっぱり、死ぬ時ってのは、こうやって怖さが和らぐようになってるんだね。

  

 死ぬのは怖いねぇ。

 でも、このまま死んじまうのもなんだかシャクだね。


 せっかくだからね、もう一口くらい食べてやりたいもんさね。

 バァさんが作ってくれた、ねこまんまってのをさ。

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