001:少年、天才に会う
池田 累は初めて見る、そのスポーツに一瞬にして心を奪われた。
ボール1つで流れを変え、空気を支配し、見ている観客の心を揺さぶる。
それこそがバスケットボールである。
小学1年生の累は、父親に連れられて初めてプロバスケットボールの試合を見にやって来た。
別に父親も累もバスケをやっているわけじゃない。
たまたま知り合いからチケットが余ったからと、勿体無いので見に来たのだ。
父親はスポーツ経験が無く、子供にスポーツをやらせたいとも思ってはいなかった。
好きなモノが増えれば良い程度に考えていたのである。
そして父親の予想外にも累は、初めて見るバスケの試合にドハマリしてしまった。
「父ちゃん……僕、バスケやりたい」
「お? 累が、そういうなんて珍しいな!」
「うん! こんな風に、カッコよくなりたい」
この日、累の将来の夢がプロバスケ選手となった。
累も父親も行動力が、化け物みたいに早い。
プロの試合を見た次の日には、住んでいる山梨県南アルプス市の近くにあるミニバスのクラブチームに入った。
別に入ったチームは強くない。
何より家から近いというのが、父親の決め手になった。
累の母親は幼い時に亡くなっているので、父親と2人の姉と一緒に暮らしている。
その為、送り迎えに限界がある。
それでもバスケをやれるのなら、どこでも良かった。
チームの規模や強さが そこまででも無いのだろうが、それでも累は周りよりも成長速度が異様に早かった。
1年生でも3年生や4年生にも引けを取らない。
日に日にバスケにハマっていく累に、父親は庭にバスケットゴールを買ってあげた。
この日からクラブチームの練習だけではなく、休みの日や帰って来てからも自主練をするようになる。
それは父親が「もう休めば?」と心配になる程だ。
しかし累は「うん、もうちょっと」と言いながら、さらに1時間は続けていた。
見かねた小6の姉が「良い加減にしな」と止めに入る。
「お父さん。こんなに入れ込んでるみたいだけど、大丈夫なのかな? 体壊さないか心配だよ」
「そうだよなぁ、父さんも気になってるんだよ。でも本人は元気そうだし、ゲームとかをやってるわけじゃ無いからなぁ……止めようにも」
「はぁ、お父さんが甘やかすからじゃない?」
別に体に悪い事をしているわけじゃ無いので、父親が止めるのは忍びないと思っていた。
父親の対応に2人の姉は溜息を吐く。
そして母親の愛情を知らない累に、何かしてあげたいという気持ちから甘やかして来たんじゃないかと、姉たちに言われて父親は「うぅ……」とグゥの音も出ない。
家族の苦労も累は知らない。
とにかくバスケをやりたいという気持ちで毎日毎日、朝から晩までバスケ漬けの生活をしていた。
そして2年生になる頃には、上級生を差し置いて累が試合に出るようになったのである。
しかし順風満帆だったのは、ここまでだった。
3年生になった累は、レギュラーとしてチーム内で戦力の1人として見られていた。
チームが弱かったのもあって、毎年1回戦を突破するのが最高レベルである。
それでも累は孤軍奮闘の活躍をする。
チームは弱いが累は上手いと、周りのクラブチームからも一目を置かれる存在にまで上り詰める。
だが夏季大会で大きな岐路を迎えた。
1回戦の対戦相手は全国常連〈高田新田RED STARS》だ。
「累くん、向こうを見てみな。君と同い年で、1番と言われてる選手だよ」
「同い年で1番……」
チームの監督が累の肩をチョンチョンッと叩いて、レッドスターズの方を見るように言った。
向こうには累と同じ3年生で、世代No.1との呼び声高い選手がいると言うのだ。
名前は《伊門 蓮》。
3年生にして蓮は、レッドスターズのレギュラーだ。
自分と同い年で、世代No.1の選手が目の前にいるなんて累が気にならないわけがない。
アレが1番なのかとアップしているのをジッと見る。
さすがに見すぎたのか、視線に気がついた蓮はキッと目力強く累の事を睨むのである。
そしてレッドスターズとの試合が始まった。
全国常連という事だけあって、1人1人のレベルが凄まじく高いのである。
累は世代No.1の実力を知りたいと蓮とマッチアップ。
まずは自分の実力を見せてやるとボールを貰って、ゆっくりとドリブルを始める。
上半身を少し浮き上がらせてから、一気にリングに向かって鋭くドライブを仕掛けた。
そのドライブは3年生の域を超えている。
周りも「抜いた!」と思った。
しかし蓮はスライドステップで、累のドライブを真っ正面から止めたのである。
(完全に抜いたと思ったのに……さすがは1番)
累は完全に抜いたと思っていた。
その上でさらに上に行かれて止められてしまった。
何度も何度も仕掛けたが、その度に止められる。
逆に蓮の攻撃を累は止められず、何失点もしてしまう始末で、累の心をへし折りに来る。
しまいには監督が累を交代してしまった。
ベンチに戻って来た累は、ドサッと座ってボコボコにされてしまい項垂れるのである。
累が交代してからも蓮は活躍を続けた。
結果は火を見るよりも明らかで、トリプルスコア以上で大敗してしまった。
試合結果など累には関係ない。
蓮に手も足も出なかった事が、何よりも心が折れた。
試合終わり、監督はチームメンバーを集める。
ミーティングをする為だ。
「お前たちを誇りに思う! あのレッドスターズを相手に一歩も引かず、諦めずに頑張った!」
監督は選手たちを素晴らしかったと褒める。
格上相手に諦める事なく、最後まで走ってよくやったと結果よりも中身を褒めるのだ。
この言葉に累は引っかかる。
内容が大切というのは理解できる。
しかしあんな内容で素晴らしかったと褒めるのは絶対に違うと、拳をギュッと握って悔しがる。
他のメンバーは、あまりにも実力差があり過ぎて悔しいとかは感じていなかった。
ミーティングが終わって解散となる。
メンバーの表情は明るかったが、累だけが「これじゃあダメだ……」と暗い表情をしている。
すると累の前にレッドスターズの蓮が現れた。
蓮は太々しくポケットに手を突っ込んで、累にガンをつけているのである。
「確か、蓮……くん?」
「お前、あのチーム辞めろ」
「え? どういう事?」
「お前は今こそレベルが低いが、それなりにセンスがあるのは認めてやる。だけどな、今のチームにいたら腐るぞ? だからチームを辞めて上手くなる事だけを考えろ……チッ普段はこんな事を言わねぇんだけどな」
蓮は累にチームを辞めるように言って来た。
どうしてそんな事を言うのか、累にはわからなかった。
しかし蓮は累の素質を見抜いており、今のチームに残ったら才能が腐ってしまうと。
自分から言ったのに、その言葉に苛立っている。
普段ならこんな事を言わないのだろうが、どうにも才能が潰れるのを見たく無かったらしい。
それだけだと言って累の前から去っていった。
いきなりの事だったので累は驚いたが、さっきまでのモヤモヤが少し晴れたような気がした。
累は迎えにやって来た父親の車に乗る。
そして家に向かって発進した。
車が少し進んだところで、累は意を決して口を開く。
「父ちゃん、僕さ」
「うん、どうした?」
「今のチーム辞めるよ」
「そうか、今のチーム辞めるのか……ん? えぇ!?」
いきなりチームを辞めるという発言に、父親は運転中なのに後ろを振り向く。
しかし直ぐに前に向き直し、バックミラーをチラチラ確認しながら「どうして?」と聞いた。
「大敗したのが決め手なのか? もうバスケが嫌いになったのか?」
「ううん、バスケは嫌いになって無いよ。なんなら今日の事で、もっとバスケが上手くなりたいって思ったんだ」
「なら、どうしてチームを辞めるんだ?」
「このチームじゃあ、僕は強くなれないと思うんだ。このままだと蓮くんとの差が埋まらないくらい開いちゃう。だから僕は自分のやり方で練習したいんだ!」
累はバスケが嫌いになるどころか、もっと上手くなる必要がある事に気がついて奥深さに気がついた。
しかし今のチームにいたら、蓮が言うように自分がダメになってしまうと思ったのだ。
だから自分で練習を管理して、足りないところを自分なりに埋めたいと父親に話す。
「そうか、そういう事だったのか……父さんは、スポーツの事は何も分からないけど。今日までの累を見たら、頑張っているのは知ってるよ。累が後悔しないように、全力でやりなさい」
「父ちゃん! ありがとう!」
父親はスポーツの事に関しては全くもって分からない。
しかし1年生から3年生の今日まで、累が必死にバスケをやっていたのは知っている。
だから後悔しないようにやりなさいとだけ言って、チームを辞めるのを了承した。
この日から小学校を卒業するまでの3年間、毎日のように独自の練習を繰り返した。
そして累は中学生になった。
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