63話:光に惹かれる者たちと、巡礼の旅立ち
「リリア!長旅お疲れ様〜!」
馬車から降り立ったリリアに手を振ると、彼女は天使のような微笑みを浮かべ、小さく手を振り返してくれた。相変わらず指先まで洗練された美しさだ。
兄のアルベルト様のエスコートで公爵夫妻の前へ進み出たリリアは、流麗な仕草で一礼する。
「お出迎えいただき感謝いたします、シルベール公爵閣下、夫人。このたびこの地に巡礼に参りました」
「よくおいでくだされた、ローゼンラーク嬢」
公爵閣下の応対は、至極丁寧でありながらも、どこか線引きされたような静かな距離感があった。
挨拶を終えたセレナ様がこちらに向き直る。
「ヴィリアリナちゃん、その格好で寒くはないかしら?しっかり暖かくしていくのよ」
「はい!予備の防寒具もいただいたので、バッチリです!」
セレナ様が私の帽子の紐を、顎の下で優しく結び直してくれる。耳まですっぽり覆うポンポン付きの帽子は少し幼いデザインだったけれど、セレナ様が「これが可愛いわ!」と選んでくれたお気に入りだ。
続いて公爵閣下もセレナ様の隣から一歩前に出た。
「積荷の魔力回復薬も追加してある。巡礼の供には息子達を付け、ヴォルクに公爵代理としての権限を持たせる。何かあったら頼ってくれ」
「はい!ありがとうございます!」
「巡礼が終わったらもう一度ここに寄るのよね?食べたいものを考えておくのよ?」
「はいっ!美味しいご飯を楽しみに頑張ってきます!」
ここでの絶品料理をモチベーションに、私は気合を入れ直す。
その輪から少し離れたところで、このやりとりを、リリアとアルベルト様がどこか圧倒されたような表情で見つめていた。
ちょうどその時、黒い軍服風の正装に身を包んだヴォルク様が近づいてきた。
胸には騎士団長を示す狼の紋章、腰には公爵代理の証である懐中時計が鈍く光っている。出発の準備が整ったようだ。
「聖女様、参りましょう」
洗練された動作で差し出された手を取り、馬車へ向かう。
「いってきます!!」
私は公爵夫妻に大きく手を振って、リリアと同じ馬車に乗り込んだ。
*
前方にはアルベルト様とジーク様の馬車、後方にはヴォルク様と騎士団の馬車。周囲を騎馬騎士が固める万全の陣形の中、中央の馬車で私はリリアと2人きりになった。
「リリア!なんだか久しぶりな感じがするね!」
「ええ、そうね。……シルベール公爵邸での滞在は、快適だったかしら?」
一瞬、セレナ夫人にかけられていたあの呪いのことが頭をよぎる。
(でも、あの呪いの件は公にされてないってジーク様も言ってたし……。真っ先に連絡がいくはずのリリアが知らないなら、私からは言わない方がいいかも……)
私は少しだけ思考を巡らせ、普段通りのテンションで口を開いた。
「うん!ご飯がおいしくて本当に最高!!シルベール領の食文化って、すごく『日本』っぽいよね!やっぱりお米とお味噌汁は落ち着くよ〜。リリアは何か食べたい前世の料理とかない?帰りに伝えたら作ってもらえると思うよ!」
「せっかくだけど、私は前世の記憶はあまり残っていなくて……」
「あ……そっか……。ごめんね……」
「いいのよ、気にしないで。代わりにといってはなんだけど、アリナちゃんのお気に入りの料理を教えてくれないかしら?」
「じゃあ……私のイチオシをたっぷり紹介するね!」
申し訳なさで眉を寄せた私に、リリアは柔らかく微笑んで話を聞いてくれた。
*
屈託のない笑顔で身を乗り出し、嬉しそうにお気に入りの料理を語り始めるヴィリアリナ。
その眩しい姿を前に、リリアージュは膝の上で静かに両手を握りしめていた。
(……呪いについて何も言わない。きっとアリナちゃんにとっては、造作もなく解けてしまう程度の代物だったんだわ……)
その身に宿した圧倒的な魔力量に、学年の誰よりも高いレベル。聖書から魔王復活の未来を読み解き、その討伐のために惜しみなく鍛錬を重ねる彼女の実力は、歴代の聖女と比べても群を抜いている。
そして脳裏をよぎるのは、先ほどのシルベール公爵夫妻とのやりとりだ。
(……こうやって、きっとみんな彼女の虜になっていくんだわ……)
身内以外には冷淡で知られるシルベール公爵家が、彼女には実の娘に向けるような甘い眼差しを注いでいた。あの氷のようなヴォルク様でさえ、彼女の前では空気が和らぐ。
(そうよ……だってこんな魅力的なんだもの。好きにならないはずがないわ)
はちみつを溶かしたように神秘的で甘い金色の瞳に、裏表のない真っ直ぐな心。腹の探り合いや足の引っ張り合いが常である貴族社会において、彼女のその無邪気な明るさは、どれほど得難い救いになるだろうか。
(彼女の魅力を知ってしまったら、きっとアレン様も……)
今はあまり関わりのない二人。しかし、もしアレン様がこの圧倒的な光に触れてしまったら。——きっと彼も、吸い寄せられるように惹かれてしまう。
歴史上、聖女が同時代に二人現れた時、彼女たちは必ず対立する運命を辿ってきた。だが、今のリリアージュには、ヴィリアリナを嫌いになれる要素が一つもなかった。
(もっと自分のことばかりの子だったら……憎めるような人だったら良かったのに……)
初めてできた友人であり、唯一対等な関係を築けるはずの『もう一人の聖女』。
彼女への純粋な好意と、胸を焼くような劣等感の間で、リリアージュの心は激しく揺れ動く。
「——ねぇ、リリア?大丈夫?具合悪い?」
「いいえ、大丈夫よ。アリナちゃんが話してくれるお料理はどれもおいしそうね」
胸の奥のドロドロとした焦燥感を完璧な淑女の笑顔の裏に隠し、リリアージュは優しく相槌を打つ。
そうして会話を交わすうちに、馬車は最初の巡礼地へと到着するのだった。




