2話:無風の入学式
「わぁ!!」
学園というにはあまりにも豪華な学び舎に息をのむ。
(すごい…!ゲームのまんまだ!!)
美しく整えられた白亜の校舎。とうとう迎えた入学の日、画面越しに見ていた光景が目の前に広がっている。
「あら、ここに来るのは初めてかしら? キョロキョロするのはよしてちょうだい。私まで田舎者と思われたら嫌だわ。……全く、なぜ貴女のような分家の子と一緒に……」
横から飛んできた嫌味な声の主は、ビアンカ。ヴィリアリナの生家・イースチィア家の本家筋の侯爵令嬢だ。昨晩、王都にある彼女の屋敷に泊めてもらったのだが、「学園で真実の愛を探すの!」という彼女の野望を一晩中聞かされたせいで、私は猛烈に寝不足だった。
(貴族社会では『瞳の美しさ』がステータスらしいけど……)
翡翠色の瞳を持つビアンカは、この世界では美少女の部類に入るらしい。対する私は日本人を彷彿とさせる茶色い瞳。もっとも、周りを見渡せば美形ばかりなので、私には新しい美醜の基準がよく分からない。
「学園では話しかけないで欲しいわ。貴女と同レベルだなんて思われたくないもの」
「承知しました」
おとなしく頷くと、彼女は「ふんっ!」と鼻を鳴らして式会場の方へ向かっていった。
王都に屋敷があるビアンカは通学だが、私は寮生となる。
まずは荷物を預けようと、重いトランクを抱えて学生寮へと向かった。
*
たどり着いた学生寮は、ホテルと見紛うばかりの豪華さだった。割り当てられた自分の部屋の鍵を開けると、そこには既に先客がいた。
「あ! こんにちは! 今日からよろしくね!」
クリッとした大きな目が印象的な、小動物のように愛らしい少女。彼女が私のルームメイトのようだ。
「こちらこそ、よろしくね!私はヴィリアリナ・イースティア」
「私はカティラレン・ソルフィーノ! 良かったらカレンって呼んで! ヴィリアリナちゃんは……そうね、アリナちゃんって呼んでもいい?」
「もちろん! カレン、これからよろしく!」
快活な彼女のペースに、私の心も少し解れる。
(良かった、ルームメイトがビアンカみたいなタイプじゃなくて……)
カーン、カーン。
遠くで重厚な鐘の音が響く。
「大変、もうこんな時間!? 入学式が始まっちゃう! 行こ、アリナちゃん!」
「うん!」
これから始まる学園生活への期待を胸に、私たちは新入生がひしめく大講堂へと駆け出した。
*
「新入生代表挨拶。1組、アレン・ランカスター殿下」
壇上に響く司会の声。その名を聞いた瞬間、会場全員背筋がシャンと伸びた。
(攻略対象だ……!)
壇上に上がったのは、黄金の髪をなびかせ、圧倒的な美貌を放つ美青年。この国の第二王子にして、『救済の聖女』のメインヒーロー。そして、攻略すれば「レベル+20」のスキルをパーティーに付与できる、魔王討伐の運命を握る男だ。
「諸君、入学おめでとう。この学び舎では身分に関わらず高め合おう。学園においては、私も1人の学生として君たちと向き合うつもりだ」
眩いオーラを放つアレン王子の言葉に、彼の話を聞き逃すまいと静まっていた会場から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「わあぁ……! 王子様だ……! 本物だぁ、かっこいい……!」
隣でカレンが頬を染めて沸き立っている。確かに、画面越しに見ていたドット絵やイラストよりも、実物は数万倍破壊力があった。
だが、私が見ているのは彼の美しさではない。
(ええと、アレン王子のレベルは初期設定で45。1年生の間に発生する固定イベントと攻略度を上げるための選択肢は……)
当時の友人との会話から、かつて適当に読み飛ばしていた攻略イベント部分の記憶を必死に掘り起こす。
(こんなことになるなら、恥ずかしがらずにしっかり読んで、メモの1つでも取っておけば良かった……!)
周囲がうっとりと溜息を漏らす中、私は一人、世界を救うための「獲物」を定める鷹のような眼差しで、王子を凝視し続けた。
*
気合十分で乗り出した王子攻略――だったのだが。
入学して1週間。私の「王子攻略計画」は、開始早々に暗礁に乗り上げていた。
(会えない……。影も形も見えないんですけど……!)
学園という場であっても、王子はやはり雲の上の存在だった。学生といえど公務で席を外す日が多く、さらに彼とお近づきになりたい男女の壁が厚すぎて、私のような端っこの子爵令嬢が近づく隙など一分もない。
何より致命的だったのは、クラスの分け方だ。
1年生のクラスは爵位で分けられていた。
1組は王子をはじめとする王族、公爵家、侯爵家。今年は15人だ。
私とカレンは子爵家のため、3組に振り分けられていた。
(2年生からは成績順でクラス替えがあるけど、1年間も無駄にできない……)
ゲームではどうやって出会っていたのか。確かヴィリアリナは、入学時には「聖女」としての特殊能力が認められ、生徒会に招き入れられていた。
だが、今の私は「入学まで聖女の力を隠せ」という女神の忠告を忠実に守っている。周囲からは「珍しい光属性持ち」程度にしか思われていないし、そもそも私自身、聖女の力の引き出し方がイマイチ分かっていないのだ。
(この学園で光属性の適性があるのは、私と公爵令嬢のリリアージュ様だけ。でも、あちらも聖女で、しかも王子の婚約者……)
リリアージュは王子の婚約者で、ゲーム内では所謂『悪役令嬢』だった。しかし、現状特に問題を起こした話もなく、わざわざ学園側が「聖女でない光属性持ち」を重用する理由もない。
(どうにかして、私が『聖女』であることを、不自然じゃない形でアピールしないと……)
学園のカフェテラスで、私は冷めたお茶をすすりながら溜息をついた。
魔王復活まで、あと3年。
自力のレベリングは順調で、現在のレベルは49。
しかし、どれだけ私が強くなっても、王子の協力がなければ、パーティメンバー全員でレベル80の壁を越えることはできない。
「アリナちゃん、また難しい顔してる! せっかくのタルトがもったいないよ?」
「……ごめんね、カレン。ちょっと、今後の進路(攻略ルート)について考えていたの」
「進路?今から??……あ!みて! 1組の方たちが移動してる!」
カレンが指差す先。校舎を移動する一団の中心に、あの黄金の髪が見えた。
アレン王子だ。
彼は取り巻きに囲まれながら、こちらを一瞥もくれずに去っていく。
(……まずは認知だけでもしてもらわないと)
どうにか聖女だということを証明すること。攻略の土俵に立つべく、私は考えを巡らせた。
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