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改 悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
この世界のヒロインは

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18話:ヴォルク・シルベール

 ヴォルク・シルベール。

 彼は、乙女ゲーム『救済の聖女』にも、悪役令嬢リリアージュが主役の物語にも登場しない。どちらの正史においても、ストーリーが動き出すより前に、この世を去っているからだ。

 

 彼は公爵家嫡男として生まれ、幼い時からその才を発揮し、次期公爵としての期待を一身に背負っていた。

 12歳にして父と共に戦場に立ち、類稀なる魔法と剣技で武勲を立てる。だが、そのあまりに眩い才能が誰かのどす黒い嫉妬を買ったのか。

――15歳の時、彼は呪いを受けた。

 

 基礎4属性すべての祝福を受けていた魔力は忌まわしき「闇属性」へと転じ、澄んだ碧眼は呪いの証である「赤」へと変色した


 それは、聖女リリアージュですら解くことのできない強力な呪詛。余命は、持って3年と宣告された。


 魔物が操る「闇」は、生者を死へと追いやる属性だ。「不吉」「呪いが伝染する」という謂れのない誹謗中傷が彼を包み、かつての神童は社交界から追放された。

 


 家を出たヴォルクは、呪いを解く手段を求め、傭兵として各地を転々とした。

 どこへ行っても赤い目は忌避された。さらに闇属性の魔力を使用すれば、月のように輝いていた銀髪は不吉な「黒」に染まり、その異質さを際立たせる。

 「魔物に使う薬はない」と回復薬すら満足に与えられず、彼は常に死の最前線へと駆り出された。

 

 最前線で降り注ぐ魔物の攻撃。始めは避けていたが、自分が避ければ背後の仲間が死ぬ。

 

(……どうせ、3年以内に尽きる命だ)

 

 いつしか彼は、致命傷以外を避けなくなった。その戦いぶりと死をもたらす闇属性から、周囲は畏怖と蔑みを込めて、彼を『死神』と呼んだ。

 17歳。呪いの宣告から2年が過ぎ、彼の物語は1年以内に終演を迎える予定だった。


 *

 

 月の綺麗な夜だった。

 魔物が出ると噂の湖のほとりを巡回していたヴォルクは、不自然な水音に足を止めた。

(魔物か!? ……いや、あれは――人か!?)

 水面に広がる波紋の先に、今まさに沈んでいく影があった。

 周囲に人の気配などなかったはずだ。どこから現れたのかと怪しみながらも、彼は上着を脱ぎ捨て、迷わず冷たい湖へ飛び込んだ。


 引き上げたのは、美しい黒髪を持つ女性だった。


(黒髪……? 闇属性の持ち主か? だが、そんな禍々しい気配はしない……)

 

 ぐったりとした彼女を岸へ運び、回復魔法を試みる。だが、全く手応えない。魔力が浸透せず、弾かれるのだ。

 

「おい! しっかりしろ!!」

 

 ヴォルクは焦燥に駆られ、胸骨圧迫を開始した。

 (溺れた直後なら、まだ間に合うはずだ…!)

 胸骨圧迫を続けるヴォルクの頭の片隅に、もう一つの蘇生法がよぎる。その方法は呪われた自分が行うのは少し躊躇われた。


(……申し訳ないが、命には代えられないだろう。)

 顎を上げ、人工呼吸を施す。何回か心肺蘇生を繰り返した頃――彼女が激しく咳き込み、意識を取り戻した。


「おい! 聞こえるか!?」

「っ! ゲホっ、ゲホッ!」

「無理に話すな。大丈夫だ」

 

 安堵が胸をかすめる。一体なぜ、彼女はこんな真夜中に湖で溺れていたのか。


 落ち着くのを待っていた時、彼女が震える指先で、遠くに見える子爵家の屋敷を指差した。

(子爵家の者か? ……だが、今の貴族に黒髪の令嬢などいたか?)

 不思議に思っていると、彼女の手からふっと力が抜ける。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 すぐに呼吸を確認し、正常な呼吸に一安心する。


「とりあえず、あそこまで運ぶか……」

 

 ヴォルクは彼女を抱え、子爵家の屋敷へ歩き出した。


 *

 

 目と髪で怯えさせないよう、フードを深く被って屋敷の扉を叩いた。娘の無事を確認した子爵夫妻は、娘を助けた彼に深く感謝した。

 無事に役目を終えたヴォルクは、再び湖のほとりへと戻る。

 そこで、異変は起こった。

 

「なっ……!?」

 

 突然、自分の体が淡い光を放ち始めたのだ。

 その光はみるみるうちに輝度を増し、夜の闇を白日の如く照らし出す。

(呪いによる死か……? いや、それにしては……)

 熱い。だが、不快ではない。むしろ澱んでいた体中の魔力が、清流のように浄化されていく感覚。あまりの眩しさに、彼は強く目を閉じた。

 

 光が収まった時、ヴォルクを包んでいたのは、かつてないほどの清涼感だった。

 思考は冴え渡り、体は羽が生えたように軽い。そして何より。

(呪いの気配が……消えた……!?)

 胸の奥に巣食っていた、あのどす黒い重圧が綺麗さっぱり消滅していた。


 慌てて湖の水面を覗き込む。

 そこには、月明かりを透かして美しく輝く、元の「銀髪」と「碧眼」に戻った己の姿が映っていた。

 

(なぜ、今急に……。まさか、先ほどの彼女が……?)

 聖女リリアージュにも解けないと言われた強力な呪い。それを、あの無力のまま沈んでいた女性が解いたというのか。

 確かめるべく引き返そうとしたヴォルクは、愕然として足を止めた

 

(……俺は、彼女を助けた後、どうしたんだ?)

 たった数十分前のことだ。覚えているはずなのに、彼女の顔を思い浮かべようとすると、記憶に厚い靄がかかる。

 思い出せるのは、濡れた黒髪と、茶色い瞳の面影だけ。

 詳しい顔立ちも、声も、どこに送り届けたのかも――不自然なほど、記憶が削ぎ落とされていた。

 

(彼女は、一体誰だったんだ……)

 記憶の空白に消えた、名もなき恩人。

 封じられた記憶にいら立ちを感じながらも、ヴォルクは夜空を見上げた。呪いから解放し、光を与えてくれた彼女に、深い敬意を込めて。


 その後、呪いの解けた彼は貴族社会へと復帰し、学園の2年次から編入することとなる。

 しかし、解呪の理由が不明である以上、周囲からは再発を危惧され、何もかも元通りとはいかなかった。

 

 黒髪に茶色い瞳。僅かに残る記憶を頼りに、彼は今もあの日の恩人を探している。


(もし、再び会うことができたなら……)

 

 その時は、この命を賭して「騎士の誓い」を捧げたい。

 呪われていた自分の誓いなど、断られるかもしれない。だが、その時までに、彼女の隣に立つのに相応しい男でありたい。

 

 それだけを胸に、彼は今日も冷徹な仮面の下で研鑽を続けている。

 基礎4属性は、火・水・風・土です!

 平民で1〜2属性、貴族でも2〜3属性が一般的なので、4属性持ちはかなり恵まれています。

 闇属性と光属性は極めて少なく、聖属性は聖女のみが使えます。


 騎士の誓いとは、主君と定めた相手にのみ許される、絶対の忠誠です。

 受理されれば2度とその主へ刃を向けることすら叶わなくなるその誓約を捧げることこそ、騎士としての至高の誉れとされています。

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