最終話-④
賑やかなお昼を終えた俺たちは、お弁当箱を片付けてのんびりとしていた。
「ふぃ〜、お腹いっぱいなのだよ〜」
「たくさん食べましたね。はい、お茶」
「わーいっ、ありがとっ」
水筒のコップにお茶を注ぎ、お姉さんに渡す。
俺もお茶を用意し、お姉さんと食後のひとときを楽しむことにする。
お姉さんの横で、二人でお茶をすすった。
「ふぁ、落ち着くのだね」
「そうですねぇ」
まるで老夫婦みたいな空気だ。
……いやまだ結婚してないけども。
でも……こうしたゆっくりと流れる時間も、幸せなんだなって思う。
頬を撫でる優しい風と小鳥のさえずりが、なおのこと心を穏やかにしてくれる。
「そういやさっ、タイヨウ君は高校卒業してから今は大学生さんなんだっけ?」
お姉さんは上目遣いで聞いてくる。
「そうですよ。なんとか進学できました」
「そっかぁ、お勉強大変だったでしょ? よく頑張ったねっ。よしよしっ」
小さな手で、俺の頭を撫でるお姉さん。
少し恥ずかしくなるけど、この手の感触が好きだ。
「もう、子供じゃないんですから……ありがとうございます」
妙にくすぐったいけど、とても心地いい。
お姉さんに聞かれた通り、俺は高校を卒業して大学へ進学をした。
まさか俺がこんな勉強をすることになるとは思わなかったけど、これも前にお姉さんに言われたことがきっかけだ。
……ただ、お姉さんのリハビリ期間と重なってしまい、お姉さんのために時間を作ることができなかった。
でもお姉さんは「お互い、頑張ろうね」とメッセージをくれていて、それがとても励みになったんだ。
それと。
『人間なんてね、いつか死んじゃうのだよ。だからできることも、やりたいことも今のうちにやらないと絶対に後悔する。タイヨウ君には、そうなってほしくないのだよ』
今思えば、あれはお姉さんの本心だったんだなって思う。
だからこそ、自分にとって一番辛いことでも俺に伝えてくれたんだなって。
……お姉さんには頭が上がらないぜ。
「そーいや、めっがーね君はさぞかし良い大学に行ったのかな? あの子お勉強好きそうだったし」
「ああ、トオルは――」
その時、ピコっと通知音が鳴る。
スマホを取り出し、確認すると……。
「……ははっ、早速頑張ってますよ。奴は」
そう言いながら、お姉さんにスマホを見せる。
「……ええっ!?」
画面には、どデカい校舎を背景に色んな国の人と肩を並べて写っている集合写真。
その場所は日本ではなく、どこかの国なのは間違いなかった。
そして、その中の一人にトオルが居た。
「めっがーね君、外国の大学行ったの!?」
「そうなんすよ。学びたいことが、そこで学べるからとかなんとかでね」
「すっ、すっげーのだよ……これからはグローバルめっがーね君と呼んであげよう」
「めっがーね君なのは変わらないのね……」
相変わらずお姉さんのネーミングには、独特のセンスを感じる。
それは置いといて。……やっぱアイツはすげえよ。
元々勉強好きではあったが、こんだけしっかり人生設計できているんだから。
「……俺は、まだまだだなぁ」
ぼそっと、口からこぼれてしまった。
「まだまだって?」
お姉さんは気になる様子で、俺の顔を覗き込む。
「いや……俺はあいつみたいに頭がバツグンに良いわけでもなくて、大学行ったのもやりてえことを探すためでさ……」
俺は天を仰いだ。こんなこと話しても面白くないのに、口が止まらなくなる。
せっかくのお姉さんのデートなのに、どうしてこんな話を……。
「頑張ったって思ってても、他にも頑張ってる奴はゴロゴロいてさ。俺なんかまだまだだなってさ……」
「……そーいうところは、まだまだ子供なのだねっ」
「子供って……おわっ!」
お姉さんの両手が、俺の顔をぱしっと掴む。
互いの息遣いがわかってしまう距離。お姉さんは強い眼差しで、俺を見る。
「誰がどうとか、どーでもいいのだよ。タイヨウ君の頑張りは、タイヨウ君だけのものなのだよ」
「……俺だけのもの……か」
「だ・か・ら、私はその頑張りを目いっぱい褒めるっ! 君はすごいのだよっ! ぎゅーっ!!」
そう言ってお姉さんは、全力で俺を抱きしめてくれた。
俺はしばらく頭が追い付かなかった。自分じゃ気づけないことを、この人は必ず教えてくれる。
……本当、この人はすげえよ。だから、好きになっちまったんだ。
「……ありがとう。お姉さん」
俺はぎゅっと、優しく抱きしめ返す。
「へへっ、素直さんなのだね」
「今ぐらいは……ね」
お姉さんの体温が、とても心地いい。
一人じゃ決してわからなかったこと。
お姉さんと出会えて、こうして感じることができたもの。
……全部、大切にして行かなくちゃな。
「そういや、お姉さんはどうなんだ?」
「んー?」
抱き合ったまま、お姉さんに問いかける。
お姉さんは病気を乗り越え、無事に退院した。
でも……その先を、どうやって生きていくのだろうか。と、気になったのだ。
「そーだねえっ……うんっ!」
お姉さんは、パッと顔を向けてこう言った。
「なーんにも決まってないっ!!」
満開の笑顔。今にも「てへへ」と聞こえてきそうな表情だ。
「なっ、なーんにもときましたか……」
「うんっ! だってやりたいことたくさんあるもんっ!」
お姉さんは瞳をキラキラさせている。
子供みたいに純粋で、迷いなんて少しもなかった。
「そんなにあるんですか?」
「もっちろん!」
お姉さんは俺の肩を掴んで、少しだけ距離を置く。
「可愛いお洋服買って、リハビリ中にたっくさん探した美味しいスイーツ屋さんにも行きたいし、動物園にも水族館にも遊園地にも行きたい! でも、それをするにはお金が必要だから、働きたいっ!」
それは、欲望づくしの詰め合わせセットだった。
でも……いいな。それ。
「ふふっ、お姉さんらしいや。でもそんなたくさんできるんですかい?」
「ふっふっ、なーに言ってるのだよ君は。できるに決まってるのだよっ」
「自信満々だな……なんでです?」
そう聞き返すと、今度はえっへんとポーズを決める。
「だって、今はタイヨウ君と一緒だからっ! 時間はたーっぷりあるのだから、未来の約束なんていくらでもできるのだからねっ!!」
そしてお姉さんは俺にぴしっと指をさす。
「だから、全部ぜーんぶ付き合ってもらうのだよっ♪」
眩しい笑顔が俺を焼くようだった。……もうお姉さんは、昔と違うんだね。
『この病気を治して、私には何が待ってるの? 失ったものは何も戻ってこない。どう生きたら良いのかなんて……わからないんだよ』
あの時、お姉さんはそう言ってたけど、今はもうたくさんの楽しい未来が待ってるんだ。
確かに、失ったものは戻ってこない。
けど、これから手に入れれば良いんだ。未来も、希望も。
そして、あの日の答えも。
「……お姉さん、ちょっと聞いてほしいことがある」
「どうしたのだねっ? そんなガチガチのアイスみたいな顔して」
そんな風に言われるほど、緊張してたのか? そりゃそうか。
「……今日さ、ここに来られて本当によかった」
「なぁに言ってるのだよ。私も、すっごく楽しみにしてたのだよ?」
「そうですよね、俺のためにおにぎり作ってくれて。涙出るかと思いましたもん」
「なははっ、泣いてくれて良いのだよ〜?」
「いえ……今は泣くわけにゃいかないんだ」
俺はお姉さんと一緒に、ゆっくり立ち上がる。
「えっ、えーっと……どうしたのだねっ? そんな真剣なおめめされると……照れちゃうのだけれど??」
「……こうやって一生懸命に俺のためにしてくれる、そんなお姉さんが好きだ」
「ちょっ!? 急にどう――」
見開かれたお姉さんの綺麗な瞳を見つめながら、でも俺はその言葉を遮るように。
「お願い。今は聞いてほしい」
俺はお姉さんの唇の前に、人差し指を添える。
すると目をまんまるにして「はぃ……」と小さく返事をした。
「病院で出会った時は、自分勝手で、気分屋で、変な人だなって思ってたんだ。でも俺の入院生活が辛くなくて、楽しかったのは全部お姉さんのおかげだ。……あんなに騒がしくて、笑いが止まらない時間は初めてだった」
「……変な人とはなんなのだねっ」
ぷくっと頬を膨らませて異議ありを主張するお姉さん。
でも今は却下します。
「だから、これからも一緒に笑い合いたいんだ」
俺は両手で、お姉さんの手を握りしめる。
「一緒に色んなところ行って、色んなものを見て、美味いもん沢山食べてさ。そうやって二人で積み重ねていきたい」
「二人で……」
そして、改めて強くお姉さんを見つめる。
「そう。俺と一緒に、未来を歩んでほしい。大好きです、お姉さん。あなたのことが世界で一番大好きだ」
「……ばっ、ううっ!!」
真正面からの告白に、お姉さんは目をぐるぐるさせていた。
お姉さんだって気持ちの整理とか、大変だと思う。
だけどこれは、俺の一世一代の告白だ。真剣に受け止めてもらわなきゃな。
「ほ、ほほほんと君はっ恥ずかしくないのだね!? せ、せせ世界で一番だなんて……今時そんな言い方しないのだよ……ぐぬぬっ……!!!!」
めちゃくちゃ動揺してる。ある意味レアだなこれ。
「俺は、本気だよお姉さん」
お姉さんの頬に手を添える。
「ひゃうっ!?」
「お姉さんの答えを……聞かせてほしい」
お姉さんもドキドキしているだろうが、俺もめっちゃドキドキしてる。
顔に出さないようにしているが、ヤバいぐらい心臓が跳ねている。弾けて飛んでしまいそうだ。
お姉さんは頭から煙をあげてうつむいてしまう。
すると――
「すぅー……はぁー」
大きく深呼吸を始めた。
みるみると顔から赤みは引いていって、先ほどまでの慌てふためく様子はなくなった。
どうやら落ち着きを取り戻したようだ。
「……なら、私も言わせてもらうのだよ」
お姉さんは頬にあった俺の手を取り、握りしめた。
「初めて出会っちゃった屋上さ。だーれも居ないと思ってたのに、勝手に屋上に来たのはびっくりしたのだからね?」
お姉さんが語り始めるのは、出会いの屋上の話。
全ては、そこから始まったんだっけな。
「いや……あれは、誰かの泣いてる声が聞こえてよ。いてもたってもいられなくて……」
「……そういうとこ。ほんとタイヨウ君らしい」
するとお姉さんは、俺の胸あたりに手を添える。
「私だって最初は騒がしくて、落ち着きがない子が来たなって思ったのだよ。でも、君と時間を共にして行くたびに、どんどんあったかい気持ちになっていったのだよ」
「あったかい気持ち?」
「そうなのだよ。お日様みたいに、あったかくて、優しくて、時には眩しかったこともあったけど……」
あれ……なんだすっごい、こっ恥ずかしくねえか。
「……なんか言葉で伝えられると、結構照れるっすねコレ……」
その雰囲気に耐えられなくなり、俺はお茶を濁し始める。
「いやいやいや、さっきからタイヨウ君がやってたことだからね!? 私だってめっちゃくちゃ恥ずかしかったのだよ!??」
「はは……なんかすんません」
「なーにがすんませんじゃ、このぉーっ!」
お姉さんは両手で俺の両頬をつまみ、横に引っ張った。
「ちょっ、やめへっ!!」
「……へへっ。君のおかげで、こうしてわちゃわちゃしていられるのだよ」
「ふぇ、そんなこと――」
お姉さんは、俺に顔を近づける。
すると――
「っ!!?」
艶やかな桃色の唇が、俺の唇と重なった。
なにが起こったかわからない。世界から、すべてが消え去ったみたいだ。
今は、お姉さんしか目に入らない。
一瞬遅れて、しっとりしたと柔らかい感触が唇に広がる。
それでも、お姉さんはまだ離れてくれなかった。
「――ぷはっ」
お姉さんの唇が、ゆっくりと離れる。
けれど、熱くて柔らかい感触だけは、まだ唇に残っていた。
「ちょっ……おねっ、おおお、おおおお姉さん!?」
呂律が回らねえ。喉から言葉が出てこねえ。なにも……考えられねえ。
だって……えっ?
俺、初めてのキスでそれを、お姉さんと……えっ!?
「……今日の仕返しも兼ねて、なのだよっ」
お姉さんは自分の口元に指を添える。
その際、唇を舐める仕草にとてもドキッとしてしまう。
「……君と出会えて、本当によかった。今ならちゃんと目を見て、きちんと言えるのだよ」
そしてお姉さんは、くしゃくしゃな笑顔を見せてこう言った。
「タイヨウ君、私は――」
それは、あの日聞けなかった言葉の続き。俺が待ち望んでいた答えだ。
「私も……世界で一番、君のことが」
ふっ、と風が吹き抜ける。
咲き誇る桜が舞い上がり、お姉さんの金色の髪をさらりと揺らした。
「――大好き」
最終話までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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