19 特待生はつらいよ
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
明くる日の放課後。作業しながら昨日の愚痴を清水さんに聞いてもらっていると、バ会長がドアの音を大きく立てて現れ定位置についた。メイドさんにお茶を淹れさせている。
「バ会長、もしかして最近おとなしくなった…?」
そういえば、と私は思い出す。ここ、数日私の近くを通っても何も言わないし、清水さんともやりあってない。
ぴくり、と目尻を動かしたバ会長は何事もなかったかのようにお茶を飲んだ。
「あ、実はそうなんです。話し合いの結果、少しわかってくれて、私も会長のことが分かった来て、それでお互い歩み寄りましょうということに。だから、外部生に対してひどいことを言うことも少なくなったんですよ。私も内部生に対して偏見があったのでそこを改めることにしました。内部生も苦労してるって気づいたので。」
清水さんは何かを思い出したようで少し顔を赤らめた。
私が知らぬ間に何かが進展したようである。俺様会長の弱みを知ったり、俺様会長にピンチを助けられたり、何かのはずみで抱きしめられたりしたのかしら。
「バ会長も成長することがあるんだね」
私がしみじみ言うと、バ会長はズコッと器用に椅子の上でこけた。コメディアンの才能がある。将来は俺様お坊ちゃま系ピン芸人を目指すと良いかもしれない。年末の番組で一流芸能人に残留できる可能性もある。
「その、バ会長というのをやめろ!この俺様が譲歩してやってるんだぞ!お前もなんとかしろ!」
バ会長が私の方を指さしている。めっ。人を指さすんじゃありません!
「じゃあ、別のあだ名考えないと…、何が良いかな」
「あだ名などつけなくてもいいだろう!普通に会長と呼べ!」
「うーん、ピンとこないなぁ」
ピン芸人だけに。…スベッたかも。
「なぜだ!?俺は会長だろうが!」
「いや、だって、あんまり仕事しないし」
「してるだろうが!」
「例えば?」
「あ、あいさつとか!」
「裏方の仕事も何とかやってもらいたいんやけどねぇ」
これを言ったのは私ではない。似非関西弁腹黒副会長である。彼にも思うところがあったのだろう。何せバ会長が仕事をしないせいで一番割を食っているのは副会長なのだから仕方がない。お疲れ様です。
「お前!い、いや、すまん」
会長は副会長に素直に謝った。こんなに素直に言うこと聞くなら副会長にはもっと早く注意してもらいたかった。確か長い付き合いなんだよね?
うーん、それにしても新しいあだ名か…。
「駄犬bot」
私がぼそっとつぶやくと副会長が少し目を見開き、ふっと吹き出した。ツボにはまったらしい。ずいぶん浅いツボだ。そんなんで関西でやっていけてるのか?
「駄犬とは言ったことないだろう!違うのにしろ!」
そういえば、私がバ会長のことを駄犬だと言ったのだったかしら。バ会長がいつも言ってくるのは野良犬の方か。わんわん。
「じゃあ、特に思いつかないな。そんなにバ会長のこと知らないし」
苗字は覚えているものの名前はうろ覚えだ。その程度の薄い関係性である。
「普通に呼べと言っているだろうが!」
バ会長は肩で息をしている。
こんなにもバ会長が私と会話したのは初めてではなかろうか。一年の初めからすれ違うだけでわかりやすく見下してきて口を開けば侮蔑の言葉ばかりで話しどころではなかった。生徒会に入ってからも野良犬だとかなんだかんだと言ってきただけで、会話という会話はしていない。
「清水さん、なんかいい案ない?」
「いい案って言われても…会長が会長なのは事実ですし、たまには黒川先輩が折れてもいいんじゃないですか」
ダメだ。清水さんはバ会長にほだされている……っ!これが恋の力か?
バ会長が、そうだそうだと言っている。
何も思いつかない。女子たちの間ではあだ名をつけられていたような気がする。何だっけ。黒薔薇王子だったっけ?見た目は合っているが実情が合わない。彼女たちもこの情けなさっぷりを知れば夢が壊れるのではなかろうか。
「しょうがない。声に出すときは会長って言ってあげるよ」
良さげなあだ名が思いつかなかったので折れてあげることにした。
バ会長が拳を天に突きあげて勝利のポーズをしている。隣に控えているメイドさんは静かに涙を流している。彼女も雇い主の息子がバカ呼ばわりされて辛かったのだろうか。それは申し訳ないことをした。
「はいはい。話がまとまったところでお仕事再開と行きましょか~」
副会長ののんびりした関西弁が聞こえた。そうだ。さっさと仕事を済ませて、寮に帰って勉強をしなければ。あと数週間で期末テスト。私の優雅な生活のためには、なんとしても一位を死守しなければならない。
この高校の特待制度は常に好成績を維持しなければならない。スポーツ特待はこの制度は適用されないが、私を含むいわゆる勉強特待生は各試験で二回連続で学年六位以内に入ることができなければ、特待資格をはく奪される。一度ダメでも次の試験で挽回できれば問題ないが、挽回した例は今のところ聞いたことはない。
そして好成績を取ると特待生は様々な特典が利用できる。一人部屋もその中の一つだ。
一位を取ると、一人部屋の他に学食無料・購買無料・学園内の施設利用無料、さらには金一封までもらえる。つまり、一位を取れば学園内ではお金を使わずにどころか、お金をもらって生活できる。私にぴったりの素晴らしい制度だ。
ちなみにもう一つの特待、スポーツ特待は不祥事を起こす他、選手生命が立たれるような大きなケガさえなければ良い成績を残さなくとも、特待生で居続けることが出来る。その代わり特典は一切ない。
さあ、気合を入れなおして、今後の学園生活のため、一位を絶対死守するぞ!
私はさっさと生徒会の仕事を終わらせ、今日は珍しく清水さんと寮に帰った。
生徒会のこととかクラスのことだとかとりとめのない話をしていた私たちだったが、清水さんが急にこんなことを言い出した。
「黒川先輩って余裕そうですよね」
「え?急にどうした?」
脈絡がないのでわからず、私は素直に疑問を口にした。いつもヘラヘラしてるからかな。
「勉強ですよ。部活が二つに生徒会まで、それに長期休暇はアルバイトもしているんですよね。弱音を吐くようで申し訳ないんですけど、前回は何とか一位になれましたけど、期末は自信なくて……。黒川先輩はどうやって勉強しているんですか?それとも勉強なんてしなくても余裕で一位をとっているんですか?」
彼女の言葉を聞き終わるや否や、私は全力で首を振った。
「余裕じゃない、余裕じゃない。」
私が毎日勉強していること、休み時間には先生にわからない箇所を尋ねていること、など当たり前のことを話すと清水さんは目を丸くした。そこまで驚くようなことでもないと思います。
「私、黒川先輩は天才肌だと思ってました。一度、授業を受けたらすべてを理解する感じというか」
「そうだったら、良かったんだけどね。これでも努力しててさ。この学園にいられなくなったら困るから絶対成績を落とすわけにはいかないもの。」
私はここでやることがある。そのためにも成績は維持しなければならない。絶対に三位以上には入らなければならないのだ。
「すみません。いつもふざけているので勉強も余裕なのかと思っていました。聞くところによると内部生に対して色々と対応しているみたいなので」
あれまあ。対応とは…、言葉を考えたものだ。まあ一応節度を保って暴力をふるっているつもりなので、対応というのもあながち間違いではないか…?
「そんなぁー。二年になってからは騒ぎを起こしたことないんだけどね。一年の時はまあ、勉強の時間作るの大変だったな」
私はしみじみと一年前のことを回想した。入学当初は見下し発言や陰口程度だったのに、ある時から実害のあるものに変わってしまった。十中八九、先輩の問題に首を突っ込んだせいだと思うけれど。トイレに行ったら水を浴びせかけられたり、机や教科書に落書きされたり、着替えようと思ったらジャージが汚物にまみれていたり、いつのまにか髪の毛が切られていたり、人気のない場所で男子数人に囲まれて身の毛がよだつことを要求されたり、エトセトラエトセトラ。救いがあるとすれば、私以外の外部生はそういった被害には遭わなかったことだろう。おそらくあそこまで内部生が増長したのは、クズパイセンというボス猿の存在が大きかったのだろうと思う。
「はあ」
アイツほんとに碌なことしねえなと私がため息をつくと清水さんが私に謝罪した。
「…すみません、確かに私、偏見で人の話をうのみにしていました。これからは気をつけます」
「いや、清水さんに対してじゃないから気にしないで。ただ、一年の時を思い出して。なんというか…誰かに褒めてもらいたいくらいだよ。」
クズパイセン、というかクズパイセンの親のせいでクズ派閥は本当に多かった。病院送りにすればしばらくの間は平穏を取り戻せるが、表沙汰になると流石に私は退学だし、一時しのぎでしかない。一度頭を下げてみたが外部生に言われてやめるはずもなく…。だから、いじめや暴力の証拠などで脅し…交渉に使える材料を用意し少しずつ派閥の人数を削っていくのに時間がかかってしまった。クズパイセンの悪行の証拠もたっぷり用意できたし、防犯カメラの死角も九頭家をつぶしたい勢力も把握したし、さあ、とっちめてやりますかとクズパイセンを探していたところ、あの事件が起こっていた。本当はもっとクレバーなやり方をするつもりだったのについカッとなってやってしまった。色々下準備は済ませた後だったので、退学にはされないと確信していたというのもある。でもまさか一年にまで伝わるとは思ってもみなかった。
「あの、確かに、やり方はどうかと思いますけど、内部生が外部生をいじめなくなったのは黒川先輩のおかげだと聞きました。だから、頑張ってくれてありがとうございました」
「し、清水さん!」
私は思わず清水さんに抱き着いた。この子、なんて良い子なのかしら。初対面の時に、ヒステリックっぽいって思ってごめんね。主人公っぽい子たちって皆優しい。よっ、主人公!
「ちょっと、先輩。もうわかりましたから。」
清水さんは私の背中をポンポンたたく。おそらく離せということだろう。私はその要求に従い清水さんを腕の中から解放した。
「おい」
そのとき、後ろから声がした。振り返るとそこにはささたんがいた。
「お、ささたん。どうしたの?こんな女子寮の真ん前で」
「バイトの件に決まってるだろ‼」
何でささたんちょっと怒ってるの?どうしたの。今度はささたんがヒステリック?
彼はキッとこちらを睨んでくる。
「ああ!履歴書?ちょっと待ってて。実はもう書いてあるんだ。今日部屋に忘れちゃってさ。今持ってくるから」
私は清水さんにまた明日とあいさつをして先に女子寮に入った。
履歴書を持って外に出るとささたんが相変わらずイライラした感じで私を待っていた。清水さんはもういない。自分の部屋に帰ったんだろう。
そんなに履歴書遅かったかな。昨日の今日だよ?
「はい。履歴書。よろしくお願いします」
「ふん」
ささたんは受け取ると鼻をならした。まだ、不機嫌である。ささたんは私に対してはあたりが強いのが標準だが、ここまで初めからイライラマックス状態なのは初めてだ。
ささたんが話しかけてきたタイミングと少女漫画脳を働かせるとささたんが、私もしくは清水さんに嫉妬しているという展開になるのかもしれないが嫉妬する理由もないだろう。ささたんは清水さんとの接点がないのは先ほどの清水さんの表情から明らかだった。
「なんか嫌なことでもあった?」
「は?」
「だってMAX不機嫌じゃん」
「ちっ」
はい!本日の舌打ち、いただきました~!舌打ちしてもかわいさが減らないのすごいよな。
「あーら、かわいいかわいい」
私は思いのままにささたんの頭をなで繰り回した。ささたんの頭一度触ってみたかったんだよなぁ。お、見た目通り、ふわふわだ!髪質までかわいい!さすが!
「や、やめろ!やめろって!くそ。バイトの話なしにするぞ、馬鹿!」
いきなり撫でられ驚いたのか、少し呆けていたささたんはやっと私の手をはたき、いつものように毛を逆立てた猫のように怒った。フシャ―という威嚇が聞こえてきそうだ。おほほ、品の良い猫ちゃんですこと…!
「そんなぁ!殺生な!」
申し訳ありませんでした、と頭を下げると少し怒りが落ち着いたらしい。ささたんが、ふぅ、と小さく息を吐くのが聞こえる。
「まあ、履歴書は受け取った。じゃあな」
そう声をかけられ顔を上げる。彼はすでに踵を返していたがささたんが女子寮に背を向けるほんの一瞬、夕日のせいか少し赤くなったささたんの顔が見えた気がした。




