20 自覚するツンデレ
※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。
数日が経ち、夏休みイベントの準備・終業式の確認という仕事が終わり、ついにテスト期間がやってきた。勉強特待生たちの生死をかけた…言い過ぎた、退学をかけた戦いの幕が切って落とされたのだ!
この期間の外部生は誰も彼もがすさまじい形相で勉強に打ち込んでいる。彼らの背後にはメラメラと揺れる炎が見えそうである。体育や選択授業、総合の時間など試験がない科目―テストはあるにはあるのだが授業中に行うため、中間や期末の点数には合算されない。―では堂々と内職をし始める。教師もテスト期間中は特待生の内職をとがめたりはしない。私もまた、美術の授業で堂々と内職していた。
「おい、真面目にやれ」
この期間の特待生にこんなことを言える人物はそうそういない。そう、美少年画家のささたんである。
「真面目にやってるよ」
「そうじゃない。真面目に授業を受けろと言っているんだ」
今日の美術は版画だ。版画と言ってもまだ下絵の段階。テスト期間中で特待生は内職することをわかりきっているので、お題も好きなものを描きましょうという非常にアバウトなものだった。
私はささたんに適当に描いた猫の絵を渡した。
「もう描いた」
絵を見たささたんは眉間にしわを寄せる。
「適当に描くな!」
ささたんが怒っている。適当に描いた割にはなかなか味わいのある顔に仕上がっていると思うけど。
「ごめんごめん。でも今勉強に忙しいの!テストでいい点とらなきゃ、退学まっしぐらだからさ」
「テストが大事なのはわかるが授業中は授業に集中しろよ」
「そんなこと言われてもねえ。このテストに人生かかってますからねえ」
私はささたんから猫の絵を受け取った。切実な話。この学園に残れるかどうかは私の人生を左右する大きな問題だ。
「でも―――」
私は彼の方を見ないまま、ささたんの言葉を遮って言った。
「あのさぁ、ささたん」
「な、なんだよ」
声のトーンが変わったことに気づいたのか、ささたんの声に勢いがなくなる。
私はささたんにウィンクした。漫画やアニメならキラッと目じりから星がこぼれるだろう。
「お口、チャック」
私はシーと人差し指をささたんの唇に当てた。リップつけてんのかな、プルプルじゃん。などど、セクハラじみたことをする。
ささたんはきっと私の手を払いのけて怒り、もう話しかけてこなくなるはずだ。
「やめろ!もういい!」
プンプン怒って話しかけてこなくなるのは予想通りだが、一つ予想とは違ったことがある。
「え…」
ささたんが赤面したのだ。怒って赤くなったのではない。赤くなった後で隠すように手で顔を覆い、私から顔を背けて「う、うるさい!」だ。
どうしちゃったの、ささたん。いつも通りツンツンしてよ。何で急に照れ顔に?私何かフラグ立てましたっけ?何かこう、意識するようなことあった?
いやいや、今は勉強に集中しないと。
私はぱちんと両頬を叩き気合を入れなおし、テスト勉強に打ち込むことにした。
放課後。旧校舎の美術室で今日のことを思い出し、頭を抱えた。
「どうしたんすか?」
美術部の後輩が声をかけてくる。俺は黒川叶と違って畏怖されていないので、同じ部活の仲間にはそれなりに話しかけられる。部活の連中とは話が合うし、親しみを持って、あるいは敬意を持って話しかけられるというのはそう悪い気はしなかった。
「今日、ちょっとな」
俺ははあ、と小さく息を吐いた。
「ちょっと…?なんかやらかしちゃったとか?」
ふと目を向けると、食い下がる後輩の目線は手元のスケッチブックに向いていて石膏像のデッサンをしているらしかった。会話にはさほど意識が向いていないらしく適当に話している。
「あ、わかりました。テスト期間なのに部活やってるのバレちゃったとかすか?」
「いや、それは大丈夫だ」
今はテスト期間。期間中の部活動は原則禁止されている。俺はこの旧校舎の美術室を勝手にアトリエとして使用し、部活動日以外、テスト期間中や休日などはここで絵を描いているのだった。部員にそれが知られてからは、絵を描きたい部員たちが時々ふらっと現れては満足すると帰っていく。
「よかった~」
それきり会話が途切れる。後輩は納得いっていないような顔をしてスケッチブックを逆さまにし、絵のバランスを見ているようだ。
俺も無心で筆を走らせた。このスケッチブックは俺の日記のようなもので、ただただその時に思いついた線を書いていく。形になることもあるし、ならないこともある。色を塗ることもあるし塗らないことも。このスケッチブックは誰に見せるものでもない。コンセプト、テーマ、売れる絵、売れない絵、周囲の期待するもの、俺らしさ。そんな全てから解放された自由がそこにはあった。
「じゃ、お先に」
後輩の一声に、んーと適当に相槌を打って時計を見た。17時30分。俺もテスト勉強しないとな。
立ち上がり鞄にしまおうとスケッチブックに目を落とした。
「げ」
黒川叶だ。俺は黒川叶の絵を描いていた。ほぼ無意識的に。絵の中の黒川は俺に向かって微笑んでいる。いつものヘラヘラした胡散臭い顔ではなく、稀にしか見ない優しそうな顔だ。
「ああ」
俺はスケッチブックを素早くしまうと、足早に寮に帰った。顔が熱い。
知っていた。
気づいていた。
いつから?自覚したのはタワーに出かけた時。あの時、俺は黒川が危険な目に合ってほしくないと思ったんだ。黒川がいない世界を想像して怖くなった。自分を大切にしない黒川に腹が立った。
でも、本当はずっと前からだったのかもしれない。それこそ、出会ったときから。
どうして?そんなの理由はない。いつの間にかそうなってしまっていたんだ。いつも笑っているのに時々寂しそうな顔をするところとか、がさつそうに見えてよく見ると所作が綺麗なところとか、アイスが好きで新商品が出ると子供のように喜ぶところとか、挙げていくときっと数えきれないほどあった。
自室に入り、勉強部屋にいるルームメイトへの挨拶もそこそこに寝室でベッドに突っ伏した。
「大丈夫か?具合悪いなら寮母さんに言ってこようか?」
「だいじょうぶ」
枕に顔をうずめたまま返事をする。
「――――!」
ルームメイトに聞こえないように叫んだ。なんだって、よりにもよって、あんな女を。自分のセンスが信じられなくなりそうだ。いや、容姿はみんなに騒がれるほど良いのだから、美的センスは間違っていないのか?でも、問題なのは好きなのは容姿だけじゃないってところだ。
あんな女。あんな女。ああ、神よ。創造主たる神よ。なんという試練をお与えになるのですか。俺に普通の恋愛はさせてもらえないのでしょうか。神よ。黒川が俺を好きになる可能性が見えないのですかどういうことですか?
「なあ、笹田ぁー。おまえの星座って何―?」
「は?さそり座だけど」
意味の分からない質問に我を取り戻し、何なんだとルームメイトのいる勉強部屋を除くと、そいつはファッション誌を眺めていた。
「さそり座。さそり座。あ、あった」
「え?なに?」
「星座占いだよ。ほら、ここ。さそり座」
ルームメイトはひょいと雑誌をこちらに見せた。指さすところを見てみるとそこにはさそり座の運勢が書いてあった。ばかばかしいと思いながらも自然に目線は恋愛運の項目を捉えた。
その恋、破滅的。危険な香りのするあの人を好きになっていませんか?このままいくと自分も相手も幸せにはなれません。憧れは憧れのまま、とどめておくといいかも。
う。うわーー!このくそ。くそ!
破り捨てたくなる衝動を抑え、ふらりとやはり寝室に戻りベッドに倒れこんだ。子供のように足をジタバタさせて感情を発散させる。
「え?そんなに悪かった?ま、飯でも食って元気出せよ。今日は肉だって」
そんな励ましに俺は片手をあげて答えた。
そんなに黒川を好きになるのはダメなことか?確かにアイツは破滅的ではあるが…。好きな気持ちを留められるなら、悩んでないんだよ!!
今思えば、この時の俺ははっきり言って浮かれていたんだと思う。恋という強烈な感情の波に流されて、黒川叶とどうすればうまくいくかに気を取られていた。もしも、この時、黒川叶というただの女子高生がなぜ破滅的に生きているのかまで、考えられていたのなら…。いいや、それでも。結果は変わらなかったかもしれない。ただ、もうすこし寄り添うことが出来ていたらと考えずにはいられないのだ。俺は目の前にいる黒川を見て、ぐるぐるともしもの話を考えていた。




