Episode25 悪魔の所業
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お兄様は、わたくしの全てです。わたくしが悲しい時も、嬉しい時も、ずっと傍に居てくれました。
お母様がお父様に殺されたあの時も、わたくしを全力で守ってくださいました。
「……何、してんだよ」
「シノの力は世界を救うために必要なのだ。その力を私に移植し、世界を混沌から、魔物という存在から解き放つのだ」
「お母様!お母様!」
お母様はわたくしを庇い、お父様に殺されてしまいました。お母様は死ぬ直前、わたくしに元気に生きて欲しいと、逞しく生きて欲しいと仰いました。
その時、わたくしはお母様の分まで生きようと思いました。
「シノ、急いで逃げるぞ!」
「は、はい」
お兄様はその時、初めてお父様を殴ったそうです。今になって思うと、あれはわたくしのせいなんだと悲しくなります。
わたくしをお姫様のように抱きかかえてお兄様は地獄から救い出してくれました。それはまるで絵物語に登場する王子様のようでした。
その後に連れられた場所はお世辞にも綺麗とは言えぬ場所で、家齧鼠も蔓延っていました。
ですが、そこで出会ったディルベット様やミミアちゃん、メルナちゃんに、その他大勢の方々はとても優しく、力強く生きてきた人達でした。
「迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
頭を下げるわたくし達を快く受け入れてくれて、豪勢な部屋まで仕立ててくれて、心の底から皆様のことが好きになったんです。
わたくしは恵まれているのだと、お母様がお恵みくださったのだと、涙が溢れるほど感謝の念で胸がいっぱいでした。
それなのに……お父様は、あれは……わたくしの大好きな人達を、大切な人達を、人の命を踏みにじりました。
……ぶちころしてやる……つぎのいのちをさずかったときもつぎのいのちをさずかったときも……なんどなんどうまれかわろうと
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──ぶっころしてやる
シノの眼の色が真っ赤に染る。男はそれに気付く様子もなく、シノに触れようと手を伸ばした。
しかし、扉が破壊される音に手を止められた。
「こんな小綺麗にしてまで自室を主張したいのか?金持ちの思考は全くわからんな」
「自慢したいだけなのよ、お金だけ持ってる頭でっかちは」
「……ガルガン」
会話を交わすバランとアトリアを背にアルデは床に倒れるガルガンに目を向ける。
「まだ仲間がいたとは。ジルダン達は一体何をしているのだ」
アルデはゆっくりと歩みを進め、床に倒れ込むガルガンの横にしゃがみ込み、手を置いた。
「……妹を守るために、まだ立ち上がろうとしているのか」
手に伝わる小さな脈動がガルガンの折れぬ意志を物語っている。しかし、もう立つことも出来ない。生きることすら限られている。その動かぬ体でガルガンは未だ息をしていた。
「バラン、少し良いか?」
「目の前に敵がいるってのに呑気だな」
「……頼むバラン」
「アルデは優しいな」
バランはガルガンの背に剣を突き立て、ゆっくりと突き刺した。
「じゃあなガルガン」
そう言葉を口にした瞬間だった。ガルガンがバランに顔を向け、声の出ない口であることを伝えた。
「……仕方ねぇな」
ガルガンは小さく笑みを浮かべたあと、体が灰へと変わり、床に緩やかに落ちた。
剣を灰の中から退け、バランは男に向き直った。
「なんだ?待ってたのか?この街のヤツらはオヤサしいんだな」
バランの言葉に男は頬を持ち上げ、顎を上に向けて口を開いた。
「当たり前だろう。私の偉業は世界をも救うことになるのだ。それに比べればその男の死などちっぽけなものだ」
鼻を高くしてペラペラと述べる男にバランは呆れため息を零し、剣を男に向けた。
「何言ってんだ?ちっぽけな死はお前も同じだぜ」
その言葉を聞いた途端、男は顔を赤くして怒りを表し、掌に刻まれた魔法陣をバランに向けた。
「私の偉業を知らしめるためだけに生まれてきた貴様如きにそのようなことを言われる筋合いは無い。私は偉業を成し遂げ、貴様を殺し、この世界の救世主となるのだ」
自身の凄さを自慢するかのように語る男にバランは鼻で笑い、剣を肩にかける。そして目の端でシノ?のことを見た。
「熱く語ってるところ申し訳ないが、周りの音聞こえねぇのか?調子こいて息巻くのは結構だが、そんなんじゃ救世主なんて到底無理だな」
眉を顰め、男は首を傾げた。周りの音に意識を傾け、バランの言葉の真相を確かめようとした。そして徐々に徐々に男の耳はある音を拾い始めた。鉄が歪み、軋む音が。
──何の音だ……
初めは何の音なのか検討もつかない男だったが、次第に思い当たる節が出てきた。男は冷や汗を垂らしながらゆっくり後ろを振り返る。そして目の前に映り込んだのは、明らかに子供とは思えない身長と体付きをした裸のシノ?だった。
「な──」
言葉を発しようとした途端、男の体は後方に吹き飛ばされ、壁に激突する。シノ?は長い髪を耳にかけ、笑みを浮かべた。
「体が思ったように動くなんて何時ぶりかな。まるで産まれたての小鹿がしっかりと地に足をつけ自立し歩けたような感じだ」
長い舌が口から垂れ、顎に当たる。その舌先は二股に分かれ、左右別々に動いている。その舌をゆっくりと口の中へ仕舞い、自分の胸を鷲掴みにして股に手を入れた。
「はぁ……♡漸くできる……♡何千年この時を待ち望んでいたか……♡」
「……え、なに、あれ」
眉を顰め、シノ?に指を差しアトリアに問いかけるバラン。それを見て聞かないでと言わんばかりに目を逸らすアトリア。
シノ?は指を差すバランに気づき、手を胸と股から退けて大きく広げた。
「あれ?汗臭いクソジジイだけだと思ったのに、食べがいがありそうな男がいるなんて──」
「!?」
シノ?の言葉が終わるか否かの瞬間、バランの距離が離れていたはずなのに、瞬きする間もなく距離は目と鼻の先にまで縮まり、バランはシノ?に力強く抱き締められた。
「あぁ♡細いのに所々筋肉のついた正に男の体♡すぅー……はぁ♡雌を誘惑するツンとした雄の香り……♡さいこう♡」
「なんだお前、気持ちわりぃな。なに息荒立ててんだよ」
「──!」
「……なんだよ?」
バランの言葉に目を丸くして顔を見るシノ?。それにバランは首を傾げ、何をされているのか分からないという顔をする。
暫くバランの顔を眺めたシノ?は笑みを浮かべ、バランの頬に手を伸ばした。
「私にそんな態度を取ったのは君で三人目だ。益々《ますます》興味が湧いてきたよ。君を貪ったら一体どれ程の快楽が襲ってくるのか……想像しただけで果ててしまいそうだ♡」
「取り敢えず離してくれないか?暑い」
「くそ……なぜ、こんなときに……」
シノ?とバランが言葉を交わしている間に男はフラフラになりながらゆっくりと二人に近づき、頬から垂れる血を拭う。
それを見て呆れてため息を零し、シノ?はバランの前に立った。
「今から私と彼で熱い熱ーい夜を……いや、夜だけじゃ終わらないねっとりとした交わりを──」
「んな事するわけねぇだろ。ふざけんなら邪魔すんなよ、今からこの街ぶっ壊すのに邪魔だ」
剣を床に突き立て、バランはシノ?の肩を掴んで横に払う。シノ?は力強く掴まれた肩を触り、頬を赤らめて舌を口から垂らした。
「力も私の好み♡」
「……変な奴は置いといて。終わりにするか、お前の野望も人生も、この街も」
「ふざけたことを抜かすな……そんなことさせる訳にはいかない。力は得られなかったが、貴様を殺せば私の偉業も達せられる。そしてヘカーチの仇を取る」
男の言葉にバランは首を傾げ、目を閉じ、考えた。
「仇?」
「そうだ。貴様が最初に壊した街の王。貴様に恥を晒された私の親友のことだ」
バランは更に首を傾げ、深く考え込んだ。それから唸りを口にし、男に目を向けた。
「そんな奴いたか?」
何の悪びれもない顔をするバランに男は眉を寄せ、掌をバランに向けた。
「貴様ー!」
響き渡る男の声にバランは嫌な顔をして耳を塞ぎ、ため息をこぼした。
「うるせ」
「貴様だけは殺す!」
「やってみればいいんじゃないか?」
そう言いながらバランは男の腹を蹴り、男の膝を地につかせる。それから足を男の頭に乗せ、床に押し付けた。剣を男の肩に突き刺し、笑みを浮かべる。男は肩に走る鋭い痛みに唸った。
「ほら、早く殺れよ。もう少しぐらい頑張れるだろ?なぁ、さっさと立てよ」
バランは男の肩から剣を引き抜き、次は立ち上がろうと地についている左手に突き刺す。
「うぐっ!」
「まだ右手が残ってるぞ?ほら、立ち上がれよ」
そう言われ、右手に力を入れる男だったが、バランに剣で肘ごと貫かれ、少し浮いていた頭が床に叩きつけられた。
「ぐぅぅっ!」
「さて、名残惜しいだろうが別れの時だ。この街の奴らに遺言でも残すか?首晒してやるからよ、キヒヒ」
「く……そがっ!」
バランは剣を振り上げ、悪魔のような笑みを浮かべた。そして振り上げられた剣は何の躊躇いもなく、勢い良く振り下ろされた。




