Episode23 苦痛の隣は恋する乙女
「脚いってぇな……これまじで邪魔だな」
床に座り込み、目を瞑っているアルデを背にエクベルは生唾を飲み込んだ。
──なんだ、どういうことだ……あいつは、バランは強くないって、警戒しなくていいって……聞いたのに……
エクベルの真眼に映るバラン。それはあまりにも禍々しく、まるで嘗てこの地を統べた魔王のようだった。
──なんだよ……これ……
一歩、また一歩と足が下がる、足が竦む、足が固まる。次第に一歩も動けなくなり、止めどなく汗を零した。
「逃げるのか?そんなに後退りして……少しだけ面白そうな予感したんだけどな」
ため息を零し、エクベルに歩みを進める。息を荒くし、周囲を見渡したエクベル。そこで目に映ったのは床に座り込んでいるアルデだった。
「うっ……」
エクベルはアルデの首を掴み、持ち上げてバランに見せつけた。その時、バランの後ろでアトリアが小さく口を開いた。しかし、すぐに口を閉じ、少し眉を顰めた。
「いいのか?それ以上近づいたらこいつが死ぬぞ!」
バランに脅しをかけるが、足が止まる気配は一向にない。ズカズカと歩みは進み、着実にエクベルとの距離を縮める。
「く、来るな!それ以上来るなら──」
首を絞める手に力を入れるエクベル。それに応えるかのようにアルデの顔が苦しさを増していく。しかし、バランは変わらず足を進める。
「なんで止まらない……仲間が惜しくないのか!」
その言葉すらバランを止めることはなく、気づけばエクベルとバランの距離は剣一本分になっていた。
そこでバランは漸く足を止め、ため息をこぼした。
「仲間が惜しくないかって?お前何か勘違いしてるぞ」
バランは剣を持ち上げ、エクベルの鼻先に突き立てた。
「誰だって自分のもん取られたら近づいてぶっ飛ばすだろ?それと同じだぜ」
更に距離を詰め、バランとエクベルの距離が目と鼻の先にまで縮まる。
バランは不敵な笑みを浮かべ、エクベルの首を掴み、握る力を強める。
「あぐ……がっ……!」
掴んでいる手が緩み、アルデが床に落ちる。アルデの頭が勢いよく床に打ち付けそうになるのをバランが足で防ぎ、頭を打たずに済む。
それを横目に確認し、バランはエクベルを壁に叩きつけ、首を掴んでいる手を壁へと押し付け、更に首を絞める。
「ぐぎっげぁ……!」
足がバタバタと暴れ、顔がどんどんと赤く染っていく。バランは笑みを浮かべたままエクベルを何度も何度も壁に叩きつける。
「や……べ、で……ぐだ……」
「ふひひひははははは!」
ドン!ドン!と鈍い音が響き、エクベルから血が壁に打ち付けられる度に飛び散る。
壁に次々とヒビが走り、ボロボロと崩れる。
「だ……ず……」
口から泡を吹き、目が一気に裏返る。その瞬間壁が崩れ、外の風がエクベルの背中を撫でた。歪み、血で爛れた背中を。
「あ?なんだよ、もうちょっと楽しみたかったのに、壁壊れちまった。仕方ないか」
バランはそうため息をこぼし、エクベルの首を絞めている手の力を一気に強める。骨が軋む音が鳴り始め、エクベルはより一層暴れ出した。
「──!──!!」
「魔法使ってれば勝ち目があったな」
バランがそう吐き捨てる。エクベルの目が赤く染まり、血の涙を零す。そして遂には骨がへし折れる音が耳を劈いた。
先程まで暴れていた手と足が力無く弛み、エクベルの死を物語る。
エクベルの首を絞めていた手を離し、バランは背を向ける。
エクベルは風の抵抗を受けながら地面に自由落下し、ベチャッと音を立て、地面に激突した。
床に倒れるアルデの体を持ち上げ、バランは口を開いた。
「おい、そろそろ起きろ」
バランがそう言うと、ゆっくりとアルデが目を開く。それから穏やかな笑みを浮かべ、アルデは小さくため息を吐いた。
「全く、少しくらい休ませて欲しいんだがな」
「甘えてんなよ、友人も頑張ってんだろ?」
バランの言葉に頷きを返し、体を起こす。それから血で滲む布を足から取り、立ち上がる。
「それもそうだな」
「あ、ちょっと待って」
階段を登ろうと歩みを進めるアルデを止め、アトリアがアルデの傷を負った足に手を当てる。
「凍てつけ」
その言葉と共にアルデの傷口が氷で塞がれる。アルデは関心したように足を振る。
「痛みがかなり和らいでいる。助かった、ありがとう……それと、汝は誰だ?」
「あ、えっと、アトリアって、言います」
頬を少し赤らめ、人差し指通しを弱々しく合わせながら目を泳がせるアトリア。それを横目に首を傾げるバランと特に何も反応を返さないアルデ。
「アトリアというのか、良い名前だな。動きやすくしてくれてありがとう、アトリア」
「は、はい……♡」
アルデの目を見て嬉しそうに笑みを浮かべるアトリア。それを横目に未だバランは首を傾げていた。
「……なぁ、アトリアはなんで顔を赤──」
質問をしようとした瞬間、アトリアがバランの口を塞ぎ、冷や汗と共に笑みを浮かべる。
それに首を傾げつつ、アルデは立ち上がり、階段の方へと足を進めた。
「先に進もう、ガルガンが待ってる」
こちらに背を向け、少し距離が離れたことを確認してからアトリアはバランの口から手を離し、バランの肩を掴んで振って小声で声を荒らげた。
「ちょっと!やめてよ変に思われたらどうするのよ!」
「どういうことだよ、何がだよ」
「私があの人に一目惚れしてるなんてバレて嫌な顔なんてされたらもう……生きていけない!」
「はぁ?一目惚れ?」
バランはアルデに目を向ける。そこであの時のことを思い出し、バランはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ほーん?そうかそうか、確かにあいつ美人だからなぁ、一目惚れねぇ」
「ちょっ、何よ、なにか文句でもあるの?」
「いや、これは親代わりのおっさんに報告した方が良さそうだなって」
「ちょ馬鹿やめてやめなさい凍らせるわよ殺すわよ!?」
「揺らすな揺らすな分かったからやめろ落ち着け」
バランの肩から手を離し、アトリアは少し言いにくそうな顔をしながらバランに質問をした。
「ねぇ、バラン……?」
「なんだ?」
恐る恐る質問しようとするアトリアだが、まだ少しもじもじしている。それを見兼ねてバランはため息をつき、立ち上がる。
「何もねぇなら行くぞ、アルデが待ってる」
「え、あ……待って!」
バランの手を掴み、歩みを引き止める。それからゆっくりと立ち上がり、震えながら口を開いた。
「バランは、その……あの人のこと、どう、思ってるの?」
「アルデのこと?」
「そう……さっき、その……『自分のもの』って言ってたから」
「あー……」
その言葉に顎を触りながら少し唸り、それから首を横に振って口を開いた。
「別になんとも。綺麗な顔立ちしてる味方ってだけだ」
「へ、へぇ、そうなんだ……確かにバランって恋したことなさそう」
バランを見つめながらそう口にするアトリア。バランは首を横に振り、歩みを進め始めた。
「したことはあるよ、一回だけ」
「へぇ、告白した?」
「いや、してない」
「しないの?」
暫し静寂を噛み締めるバラン。それから寂しそうな声を漏らし、バランはアトリアに顔を向けた。
「もう出来ないんだよ、死んじまったからな」
「……そうなんだ」
アルデの後を追いながらバランは少しだけ昔のことを思い出していた。
……
…………
………………
「バラン!早く行かないと置いて行かれるよ!」
「待ってよフェルア!そんなに引っ張らないでよ!」
フェルアに強く手を引かれるがままなバラン。その先にはファルバとシグマが立っていた。
「遅いぞバラン、フェルア。イチャイチャでもしてたか?」
「ちょっと!何言ってんのもう!そんなのないから!ね!バランね!」
「え、うん、そうだね」
ファルバとシグマと楽しそうに話すフェルアを見ながらバランはため息を吐いた。
──そんなのない、か……
寂しそうに笑みを浮かべるバランを見てフェルアは手を引いて笑顔を向けた。
「何下向いてんのバラン、ほら行くよ!」
「うん」
手を引いてくれるフェルアの手を見て、バランは少し微笑んだ。
──こんな僕にも優しくしてくれて、フェルアは優しいな……可能性なんてないだろうけど、こうして手を引いてくれるだけで、僕はもう……
………………
…………
……
バランは一瞬足を止めるが、すぐに歩みを進める。その時のバランの顔はとても寂しそうで、アトリアも苦い顔を浮かべた。
「……変な事聞いちゃってごめん」
「大丈夫だ」
そう口にするバランだが、相変わらず顔は悲しく、足も先程よりも少しだけ重々しくなっていく。
それを横目に確認しながら申し訳ないという顔を浮かべるアトリアと、それに全く気づかずガルガンへと向かうアルデだった。
その一方、外では相変わらず姉弟の二人がバラン達を監視していた。
「姉さん、そろそろ動かない?足が棒になってきた」
「まだやって、もうちょっともうちょっと」
そう言いながら家の屋根の金属をカンカンと軽快に駆けながらバラン達を観察する。
そんな姉を見て弟はため息を零さずにはいられなかった。




