第5話【女子高と勘違いと事件?】
15分ほど歩き続けたシュンがたどり着いた場所は勝浦女子高等学校である。正直に言ってしまえば5年前に出来た川村高等学校の方が校舎は綺麗だが、歴史を感じさせる柔道場や弓道場。茶室なども校舎とは別で建てられており、その高校の伝統を感じる。
川村高等学校と勝浦女子高等学校の違いを説明すれば、共学か女子高か、ブレザー制服かセーラー服か、そして大きな違いがあるとすれば、その偏差値の高さと長年の経験によって試行錯誤された学校の校則ぐらいだろう。
新設校と言っていい川村高等学校に有名人や一流大学に進んだ人間はおらず、入学希望者を集めるために用いられる手っ取り早い手段として、新設備や制服のデザイン、入学のしやすさを売りにしている。(まぁ、偏差値が低めで合格人数が多いだけなんだけど)
高卒でもない限り、高校の知名度が就職活動に影響しない事を無意識に理解しているさかしい受験生にとって、青春を謳歌する高校の選択なんて親の介入でも無い限り『制服のデザイン』と『友人』で決めてしまうものだ。
そういう意味で言えば、人の怠惰をより理解しているのは川村高等学校と言えるだろう。新設校が故に校則もまだまだ穴だらけで、自由な学校生活が送れる事だけは今のところ保証できる。
シュンは正門前に設置されているバス停のベンチに座りながら、フェンス越しで部活動に勤しんでいる女子生徒を遠目で眺めていた。視線の先に映るのは、下投げでそこそこ早い投球を投げるソフトボール部やPK戦を楽しんでいるサッカー部の様子だ。
バス停に人はいない。シュンが来る少し前にバスは出発しており、帰宅部と呼ぶべき女子生徒達はすでに下校を済ませていた。下校ラッシュが過ぎ去った後のようで、正門前の道路は人通りが少ない。
そしてシュンが視線を正門の方へ向ける。
(あ、やっぱりいた)
正門の前でポツリと立っていた女子生徒がシュンに気付き、手を振りながらこちらへと向かってくる。美少女かと問われれば別にそういう訳でも無い。可愛さの定義など人それぞれだが、個人的な意見を述べるならタイプじゃない。
そんなタイプじゃないと思われている少女生徒はシュンの前まで可愛らしく歩み寄って来ると、満面の笑みを浮かべながら口を開いた。
「今日は来てくれたんだね! シュン君」
「あ、シズエ。久しぶり! 暇だから来ちゃったよ」
(やっぱ、名前で呼ぶと40代ぐらいの婆さんを想像しちまうな。今時シズエって、昭和か!)※全国のシズエさんに謝ってください。それと40代はまだまだ若いです。
おかっぱヘアをしたシズエは、少し外国の血が混じっているんじゃないか? と言いたくなるようなハーフっぽさを感じさせ、一部の男子が見ればドストレートな魅力を持っているのだが、シュンの好みからは逸脱していた。
「嬉しい。でも、そろそろスマホを買った方が良いと思うな! 毎回、会えるか会えないか分からないと大変だもん」
「そうだね。連絡手段として便利だし、買おうかなぁ」
勿論、嘘である。そんな金は無い。女性が喜びそうな言葉をそれらしく並べているだけだ。頭の中がお花畑な女子は「君と連絡を取りたいから、君のためにスマートフォンを買おうかな?」と聞こえている。脳内ルーターが完全に壊れているのだろう。
「うん! なるべく早く買ってね! 1番最初にシュンと連絡先を交換したいから、他の人と交換しちゃダメだよ?」
「分かったよ」(いやいや、独占欲強すぎるだろ。俺は物じゃねーぞ?)
などと考えながらシズエを家まで送る。遠回しに会話を進めながら、何とか弁当を作ってもらう予定だけ立てて今すぐにでもこの場から立ち去りたい。家にいる妹の事を考えながら、シュンの腕に可愛らしく抱き付くシズエを片目に、真顔で空を見上げた。
(あぁ、金持ちになりたい。そうすれば、俺は何倍も幸せになれるのに)
「私、シュン君と一緒に帰れて幸せだよ?」
「あぁ、俺もだよ」
その背中はまるで、売れないホストが面倒な客に気に入られて、でも大金を出してくれるからその客のために一生懸命笑顔を振りまいている様な、そんな気分になった。
そしてシュンとシズエがイチャイチャしている様にしか見えない光景を、10メートル後方から段ボールを片手にサキは見ていた。目を見開き、驚愕しながら慌てている。とりあえず写真を一枚撮影してその場からそそくさと退散した。
「嘘でしょ! 彼女がいるのぉぉお!?」
鷺乃シュンには彼女がいる。川村サキが霧崎ツユハに依頼されたのは恋愛相談なのだが、この時点で詰んでしまった。依頼は失敗――ツユハとシュンが恋人同士になる事は現状あり得ない。
(えっとぉ、ツユハに『シュンには彼女がいたから付き合うのは無理だと思うよ?』って、言えって事? いやいやいやいや、正直言いたくないよ! 何で彼女いるの!?)
「え、私――どうしよう?」
などと、サキは一人で追い込まれていた。勝浦女子高等学校のフェンス前で腰を下ろしながら、シュンとシズエの写真を眺めている。そのまま空を見上げながらポツリと口を開いた。
「はぁ。初めての依頼が、いきなり失敗なの!?」
黒い髪を『貞子』のように乱しながらうずくまっているサキは、まるでホストに金を貢ぎ過ぎて生活が苦しくなった挙句、それを旦那に打ち明けられない主婦の様な気持ちになっていた。
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【4月23日(火曜日)/18時50分】
霧崎ツユハは朝起きると同時にリビングへと向かった。玄関に立っている兄は着慣れないスーツを着て、無言で家から出ていく。普段なら「行ってくるよ、ツユハ」などと優しい言葉をくれるのだが、それはもう期待できないらしい。
ツユハは鋭く細められた真っ黒な瞳を兄へと向ける。それは死んだ魚の様に荒んでいて、人でも殺しそうなほど冷たい表情をしていた。
(ごめんなさい。私は兄の様にはなれません)
そしてリビングのクローゼットからハンマーを取り出して2階へと上がって行く。そのまま自分の部屋に入って行いき、机の上に置かれているスマートフォンを何度も何度も叩き割る。息を荒くしながらそのスマートフォンを見つめて、そして笑った。
母親が心配そうに1階から声をかけてくるが「大丈夫だよ。ちょっと部屋の掃除をしてるだけだから」などと言いながら、ズタズタになったスマートフォンをゴミ箱に捨てる。そしてブレザー制服を着た。
部屋に設置されているベッドの上に座りながら靴下を履いており、その下に隠されているコートに手を伸ばした。そのコートは少し薄めの生地で出来ており、今ぐらいの季節に丁度いい上着と言えるだろう。
そのコートの裾には『血痕』が付着していた。
理解しているのは、私だけ。
私は、鷺乃シュンを愛している。
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