第3話【シュンとサキと恋愛相談】
そんなツッコミを頭の中で叫び散らしながら、この何とも言えないクラスの空気を何とかして欲しいものだが、サキはパッチリと見開いた瞳でキラキラとした――そう、まるで会社同士の取引を成功させたんじゃねぇか? と言いたくなってしまうほどやりきった顔をしている。
周りの男どもは教卓の上で仁王立ちしているサキのスカートを見るために少しでも態勢を低くしようと、自分の席に座って顎を机に付けるという意味の分からない体勢になってるし、女子は「サキちゃん可愛い!」とか「名探偵になるの?」とか「サキちゃん頭いいから合ってると思うよ!」とか、そんな心にも無い声援が教室中を駆け回る。
(マジかよ……名探偵とかリアルでいるのかよ。なりたい職業ランキングがあるなら何位ぐらいだ? ――せいぜいカバディ選手と同等か、近絶滅種ぐらいの人口レベルの話してるぞ。アニメや映画みたいな名探偵の事言ってるわけじゃ無いよな? 浮気調査とかするのか?)
そんなことを考えながら、この学校にも衝撃的な女子はいるもんだなと納得した所で、自分も席に素知らぬ顔で座りながら、少しだけスカートに視線を向ける。
ピンク色の可愛らしいリボンのついた下着は確かに魅力的だが、股や肩、そして表情や声のトーンを分析しながら、これは『本気で言っている』と俺だけが気付いた。気付いたところで何かが変わるわけでは無いが、緊張していたサキという少女に賞賛ぐらいは送っておくとしよう。
――パチパチ。
その後、Aクラスの担任である【岡本】に連行されたサキは職員室で大目玉を食らう事は目に見えていた。岡本には冗談が通じない。――生徒が教師の机の上で遊んでいた。そのことに対して鬼の形相をしていた気がする。
死にゆく報われない英雄に敬礼。
問題を抱えている生徒は必ずいるだろうが、それをサキに相談しようという人間はいないだろう。ましてや事件に巻き込まれた人間がいるとも思えない。相談するなら警察かカウンセラーにでも通っている。
程なくして20分ほど遅れて授業は開始された。1限目が担任の岡本による現代社会の授業だと気づいたのは、先生がなかなか来ない状況と教室に張り出されている時間割を確認してからだ。
シュンは授業が始まって速攻で仕事の疲れを癒すためにスヤスヤと眠りにつき、授業が終わる最後の最後でどこまで範囲を進めたのか確認しながら、教科書にマーカーペンでテストに出るだろう単語に線を引いて授業が終わる。
そんなことを繰り返しながら気付いた時には昼休み。学食に行く金持ちや持参した弁当を食べる集団グループ、それにスマホをいじりながら一人で食べている少数派も含めてまちまちだ。シュンはホームルームが始まる前に名も知らない親切な人Aさんから受け取った弁当を感謝の気持ちで頂く。
そんな光景を目の前にいる小中高と同じ学校へ通い続けた古株ともいえる悪友は、羨ましそうに口を開いた。
「いいなぁ~シュンが霧崎さんから貰った弁当食べてる」
「やらんぞ? これは俺の生命線だ。――食べ物の価値が分からん奴に恵んでやる食い物のストックは妹以外に無い(あぁ、親切な人Aさんは霧崎って苗字何だ……覚えとこう)」
「まるで獣だね。後、シスコンだよ?」
「ガルルルル! シスコンじゃない……大切なだけだ」
「それをシスコンって言うと思うんだけど……?」
「黙秘権を行使する」
一つの机を囲んで正面にいる【戸島ユウキ】は呆れた表情を浮かべ、学食から購入した弁当を食べながらシュンと会話を進める。ユウキは大人しそうな見た目をしているが、ばれない程度に染められた茶髪や不敵な笑い方……所々で説明じみた喋り方をする悪友だ。
「そういえば今日のホームルームはすごかったね」
ユウキからそう言われ、そろそろ記憶から消え始めていたサキの事を思い出す。堂々とした宣言の後から姿を見ていない。廊下ですれ違う事も無ければ、そもそもどこのクラスかも分からない。(あぁ、Cクラスって言ってたわ……)
「あぁ、パンツだったな」
「そうそう! まさにあれはパンツだったんだよ」
「どんな奴なんだよ?」
「知りたい?」
「まぁ」
「えっとねぇ、川村サキ――【川村家】って言う名家のご令嬢様だね。この学校じゃ1番って言っていいぐらいの有名人だよ」
「は? いや、中世の貴族話をしてるわけじゃ無いんだが……」
「合ってるよ。――サキさんは大金持ちのお嬢様だよ」
「マジ?」
「マジのマジ」
「いや、何でこの学校にいるんだよ?」
「本当にシュンは無知だね。学校名を忘れちゃったの?」
「はい? 川村高等学校だろ……え? 嘘でしょ!?」
「そういう事」
学校名が川村サキの苗字と同じであり、それと同時に目を見開いた。まさかこの学校にそこまでの大金持ちがいるとは思えず、シュンは多少なりとも接触を試みるのもありなんじゃないかと思い始めていた。
ただの夢物語だが上手い具合に付き合えば、働かずとも美味しい物がたくさん食べられるかもしれないと期待した俺を誰が責められよう? 金に釣られる女を嫌悪している自分ではあるが、いざこんな状況に直面すると気持ちを共有できるかもしれない。
※つまりただのクズです。
しかしそれは思わぬ形で2日後――まるで閃光のごとく進む小さな事件に巻き込まれる形で、サキという少女とセカンドコンタクトを取ることになる。
■□■□
【4月22日(月曜日)/12時20分】
昼休みの時間、狙い通りと言わんばかりの笑みで特別教室が並ぶ東棟校舎の廊下をスキップ交じりに歩く女子生徒が1人。言わずもがな川村サキである。
サキはホームルームが終わると同時に長ったらしい説教をするAクラス担任の高本先生をつまらなさそうに眺めながら、(その話何度目?)と言いたそうな表情を向けていた。それを周りの学年主任や教頭がソワソワとした表情で高本先生を見つめている。周りの先生は学校の経営者である父に恐れを抱いているのだろう。娘である自分に対してもしっかりと叱ってくれる高本先生は嫌いじゃない。
(まぁ、ちょっと話長くて、同じ事しか言わないから眠くなるけど)
程なくして鼻息を荒くしながら職員室から出ていった高本先生を見ながら、ひとり残されたサキは教室に残ることなく保健室へと向かった。読みかけのミステリー小説を片手に気付いた時には昼休み。どんな時でもブレザーポケットの中に入っているビスケット代わりのシャーロックホームズ本。残念ながら叩いても増える事は無い。
「やっば、もう昼休み!? ほとんど小説で終わっちゃってるじゃない!」
1限だけ20分も過ぎてるからサボってしまおうと思った自分自身を殴りたい。気付けば2限・3限・4限もサボっているではないか。ミステリーが絡むと我を忘れてしまう欠点を直したいものだ。
そして慌てて昼休み中の『Cクラス』に戻ってみれば、机の中には小さな一通の手紙。ノートの端っこを使って丸文字で書かれた文章に目をパチクリと開いた。
『昼休みに相談したいことがあります。美術室に来てください』何て書かれた手紙があれば、現在の状況も少しは理解していただけるだろう。
そしてスキップ交じりにオリンピックレベルのスプリントを廊下で話している生徒たちに見せつけながら、たどり着いた美術室前にはサキが知らない女子生徒が1人、立っていた。
サキはその女子生徒の両手を掴んで、激しく上下に揺らしながら「あなたね! 事件? それとも悩み? 一体何があったのか教えなさい!!」などと大声を出しながら興奮しきった表情を向ける。
川村サキ――ミステリーが大好きな少女ではあるが、今まで事件という事件に遭遇したことは無く、それどころか相談すら受けたことは無い。中学時代も今回の様に宣伝はしているのだが、誰も彼女を頼ろうとはしなかった。
そんな私に初めての依頼者が来たのだ。興奮するなと言う方が無理な話。
それがどんなに小さな出来事でも今は構わない。いつかは殺人事件や迷宮入りした事件を解決して、名探偵になるのが私の夢だ。
そのためならどんなことでもする。サキには必要だった。――それは名探偵になるためのチケット。普通に生きていては絶対に手に入れられない。事件に遭遇する人間は生まれながらにしてそのチケットを持っており、私にはそれが無い。
生まれた時からスタートラインにすら立てない自分が、悔しかった。
別に人が死ぬことを望んでいる訳じゃ無い。誰かが死んで、その真実すら分からずに歴史を刻んでいくというのはあまりに可哀そうではないか。そこに何故私は関わることが出来ないのだろうと思うだけだ……私ならどんな人間よりもその人のために動いてあげられる自信があるのに……っと。
それが役に立つかどうかは別として。
「そのぉ、実は好きな男子がいるんです」
そんなサキが初めて手に入れた事件――それは恋愛相談である。
正面に立っている少女はホームルームの時間、シュンにお弁当を作った『親切な人Aさん』改め霧崎さんであるのだが、今の段階でそれをサキは知らない。そして運命の歯車はカタカタと音を立てながら磁石で引き寄せ合う様に、ゆっくりと出会いの幕を開けていく。
「恋愛相談ね! 任せて。――ついでに、誰が好きなのか聞いていい?」
「そのぉ、Aクラスの鷺乃シュンって人……です」
「その人と、付き合いたいのね?」
「は……はぃ!」
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