同じ髪の少女
その日の帰り道。
珍しくエリィが街で買い物をしたいとゴネたのでベルグレドは彼女と街に降りた。
確か、まだルシフェルもこの街にいたはずだ。ついでに顔を見せようとあの隠れ処に向かう途中その路地裏で突然ベルグレドは何者かに襲いかかられた。
「ベル!」
「オルファウス!!エリィを守れ!」
剣で斬りかかられ、すかさずその剣を受け止めたベルグレドはその剣を受けるのが精一杯だった。
「誰だ、お前。何が目的だ」
その人物は、自分と同じ金髪を持つ小柄な女性だった。
体は小さいのに見合わない大剣を扱っている。そして恐らく彼女はベルグレドより強い。
「やめてファイ。パメラをあんな姿にしたのはベルじゃないよ?それに、こんな事してもパメラは元に戻らないよ?」
ベルグレドはその名に聞き覚えがあった。確かロゼの従姉妹でベルグレドと同じ神の御子の筈だ。
エリィの言葉にファイはエリィを見た。
その顔には怒りが見られた。
「お前か?余計な事をしやがって!あの女は私が殺すはずだった。あんな姿になってしまったら私が殺す意味がない!」
「ファイ・・・・」
エリィは悲しそうにファイを見た。その時路地の奥から慌てて見知った男が駆けつけて来た。
「こら!!お前こんな所で何やってる!?何でいきなり喧嘩売ってんだ阿保!!」
ルシフェルの姿を見てファイはその剣を納める。しかし目はベルグレド達を睨んだままだ。
「パメラを追い詰めた奴がどんな奴かと思ったら、こんな弱え奴だなんて拍子抜けだ。胸くそ悪りぃ」
あまりの口の悪さにベルグレドは目眩がした。
彼女の後ろで、ずっと近くにいたであろう妖精達が姿を隠している。ベルグレドは剣を納めオルファウスに守られていたエリィを抱き上げるとオルファウスの頭を撫でた。
ファイはオルファウスに目を向けてすぐに目を逸らした。
エリィはギュッとベルグレドの首に巻きついている。ベルグレドは溜息をついた。
「で?俺達に何か用か?」
ファイの行動を責める事なく淡々と聞いてきたベルグレドにファイは僅かに眼を開いた。
(この女、やはり思った程、頭が悪い訳ではなさそうだな)
ベルグレドは瞬時に彼女が本気で攻撃してきたのではないと気が付いた。ベルグレドがどんな人物であるか試したのだろう。
「あの女にかけられた誓約を解け。お前だろう?あの女の身体にそれを刻みつけやがったのは。あれでは殺せない」
ベルグレドはあの時の出来事を思い返した。
それはもしかしたらエレナの身体を彼女が貫いた時の事だろうか?それしか思い当たらない。
「何故殺せないんだ?弱っているんだろう?」
ファイは鬱陶しそうに舌打ちした。そして渋々口にだした。
「あのまま殺したら、あいつの魂が砕けてしまう」
魂が砕けるとはどういう意味だろう。
エリィはベルグレドに巻きついたまま何も言わない。
ルシフェルもファイが言いたい事が分からない様子だ。
「あいつの魂をイントレンスに返してやりたい。あいつの愛する男の下に」
ベルグレドはファイの言葉に少々混乱した。
彼女はパメラに騙されて故郷を滅ぼされロゼと共に村を出た筈だ。
ロゼからは彼女がパメラを殺す為、追っていると聞いていた。ロゼはそんなファイを探している筈だ。
しかしロゼ達はファイと会えず旅立った。ベルグレドは推測を口にした。
「お前。パメラを救う為にずっと追っていたのか?」
「違う。あの女を殺す為だ。あの女の人生を終わらせる為だ」
ファイは救うというベルグレドの言葉を否定した。だが彼女がしたい事。それはそういう事だった。
ファイはずっと記憶のないロゼから逃げるように別行動していると聞いている。恐らくそれをロゼに知られたく無かったのだ。
「エリィ。パメラの身体は今、どうなっているか分かるか?」
ベルグレドは優しく彼女の頭を撫でてエリィに問いかけてみた。エリィは少しだけ顔をずらしてベルグレドに眼を向けた。
「呪いの多用でパメラの身体はボロボロだった。ガルドルムの聖域を壊そうとしたパメラは彼から全ての聖魔力を奪われたの。それを返さないとパメラの魂の形は戻らない」
エリィの言葉に三人は眉を顰めた。
魔力を失って魂の形が変化など、するのだろうか?
「ファイ。例えパメラを元に戻しても彼女の魂はバルドの下には行かない。だって、彼の魂はイントレンスに戻らない」
ベルグレドはバルドの最期、その身体に殆ど聖の力が宿っていなかった事を思い出した。ザクエラがそう言っていたのだ。
「魔人とは聖と魔、両方を兼ね備えた者。黒魔力しか持たない者はもう魔人とは呼べないの」
ファイの顔は明らかに歪んだ。そして眼を伏せた。
エリィはベルグレドに渡されていたあの白い羽根を取り出すとファイに差し出した。
「これはファイにあげる。使い方は私にも分からないけどエレナが残していったものなの。ファイにあげる」
ファイはそれを受け取ると黙ってそれを懐にしまった。
そしてベルグレドに目線を合わせる。
ロゼと同じ瞳の色を見つめ、長い溜息をついた。
「何だか分からないが。これは大きな貸しだからな?ロゼにもこの事だけは黙っててやる。それでいいんだろ?」
無いとは思うが、ここで口封じのため殺されてもかなわない。ベルグレドは見逃してあげる事にした。
ルシフェルは申し訳無さそうな顔をしている。彼はロゼやファイの保護者のような立ち位置だ。
ファイは暫し考えベルグレドに自分が身につけていた、ある物を渡した。
「何だ?これ」
「担保だ。お前に借りを返すまで持っていろ。お前が、思ったより頭のいい奴で助かったわ」
それは美しい金の腕輪だった。ベルグレドはファイに眼で問いかけた。ファイはそれには笑って答えなかった。
「悪かったな!私はファイだ。お前の名は?」
ここで今更自己紹介か!?と突っ込みたい所だったが話が長引きそうなのでベルグレドは素直に名乗った。
「ベルグレド・ファイズだ。この子はエリィ。俺の事知ってたんじゃないのか?」
「ロゼから少し話は聞いていた。それに逃げたパメラからも・・・ロゼが出て行くのを待ってたら遅くなっちまったんだよ」
ファイはうんざりした顔をした。待つのは苦手らしい。
ルシフェルもうんざりした顔をした。
「お前を探していた俺の労力を返せ馬鹿野郎。近くにいたなら一度くらい顔を出せば良かったものを・・・・」
「やだね!何であいつらがイチャイチャしてんのをわざわざ見に行かなきゃなんねぇーんだよ鬱陶しい!!」
ファイは心底嫌そうな顔をした。それはもしや兄の事だろうか?
「お前。いい加減、姉離れしろよ。ロゼもそうだが何でお互い恋人が出来るのを嫌がるかな?応援はする癖に」
なんか何処かで聞いたことがある話だ。
身に覚えがありすぎる。
エリィはいつのまにかウトウトしている。力を使ったのか疲れたらしい。
目の前で言い合っている二人をウンザリ見つめながらベルグレドは新たな面倒ごとに頭を痛めるのであった。
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「一緒に寝たい?」
その夜。今まで別々の寝室で寝ていたエリィがベルグレドの部屋に枕を持ってやって来た。
侍女が後ろで困った顔をしている。
エリィはふくれっ面でそこに立っていた。きっと散々止められたに違いない。ベルグレドはちょっと考えてから侍女に問いかけた。
「そんな顔をする程、心配か?」
侍女は首を振ると頭を下げて部屋から出て行った。
ベルグレドは、エリィを抱き上げると、そのまま一緒に横になる。まだ、エリィの頬は膨らんでいる。面白い。
ベルグレドはその頬をつっついた。
「大きくなるまでだからな?」
ベルグレドが笑いながら、それでもオルファウスも呼んで近くで眠らせた。エリィが安心するように。ベルグレドとオルファウスに囲まれてエリィはやっと満足そうに眼を閉じた。