祝福
「知ってる?お城の中に、とても美しい教会が建っているらしいんだけど、今日は特別に私達にも開放されるらしいよ」
「俺貴族街にも入ったことねぇや!おい、行ってみようぜ!」
城下町の人々が次々に上に登ってくる列を、城で働く者達は様々な思いで上から見ていた。
教会の中では遅れてやって来たルシフェルと、その城に仕える魔導士達がアガスに触れる人々の列を誘導していた。
ある一人の子供がルシフェルに話しかけた。
「神官様。この綺麗な石は何?」
「これか?これはお前達に幸せを運んでくれる石だ。有難いから触っとけ。それでついでに願い事でも祈っておいたら叶うかも知れないぞ?」
「本当に?やった!」
子供は嬉しそうにアガスに手を触れる。
すると周りの石がキラキラと光だした。
皆ワァッと歓声を上げる。
ルシフェル達はその少年を凝視した。
(あれは!祝福!?)
「皆んなが明日も幸せに暮らせるよう守って下さい!」
少年の言葉と共に、その光はそのまま地面に吸い込まれていった。そしてその少年が離れ別の女性が同じ様に手を触れると今度は淡い桃色の光が現れた。
「私の家族と大切な人々が健やかに過ごせますように」
彼女が呟くと、その光も地面にそのまま吸い込まれていく。
次に並んでいた男性が触れると水晶は光らなかったが、その次の老人が触るとまた光を放った。ルシフェルはもうこの事態に笑うしかなかった。
「おいおい、こんな事ってあるかよ」
その光は次々とこの大地に吸い込まれていった。
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「そうか。アストラが・・・」
ベルグレドはあの後、駆けつけたロゼとエルグレドと共に祭典の地の地下に来ていた。
あの時はゆっくりと見ている余裕が無かったが、改めて見ると、そこは壁も地面も全て透き通っていて宝石の様に輝きを放つ美しい場所だった。
三人はその輝く地下洞窟を進んで行く。
「アトラティエ・・・そんな奴が隠れていたなんてね。近い内ご挨拶に伺わないと行けないわね」
ロゼはアストラの亡骸と共に戻ってきた。
アストラの妻はロゼ達を責める事はせず、ただ感謝を口にした。そんなアストラの家族に本当の事など言えなかった。
「ロゼ、あまり熱くなるな。慌てなくてもいずれ奴とは対峙する事になるだろう」
エルグレドに動揺は見られない。ベルグレドも兄と同意見である。彼はわざわざ自分から正体を明かし姿を消した。きっとまた現れる。ベルグレド達の使命を脅かす為に。
しばらく歩くと、ベルグレドは見覚えのある場所までたどり着いた。そこには大きな透明な柱が立っておりその柱は遥か上まで繋がっている。
「エレナはここで粉々に砕けちった。そしてエレナの作った翼は・・・・」
三人が目をやると、それはそこにあった。
硬く翼を閉じ結晶化したそれはまるでベルグレドを拒絶している様だった。
「オルファウス」
ベルグレドの呼びかけに彼は応え現れるとベルグレドにすり寄った。
「あそこにエレナはいるか?」
オルファウスはその問いに、こう答えた。
「エレナはもういません」
三人はオルファウスの次の言葉を待った。
しかしオルファウスはそれ以上の事を口にしなかった。
ベルグレドは自分の懐からあの日握りしめていた羽根を出し見つめた。ロゼはベルグレドに何か言おうとして、やはり口を閉じた。
ベルグレドは閉じられた翼に近づいてそっと触れた。
「俺は、お前に守られてばかりで、結局何も出来なかった」
彼女に自分が見合うとは到底思えなかった。
彼女に相応しくないのはベルグレドの方だった。
「お前は俺に運命の相手は他にいると言ったな。だけど俺はずっとお前に追いつきたかった。お前に、俺の運命の相手はエレナだと認めさせたかった」
あんなに冷たかったのに、今はその翼が暖かい。
オルファウスはベルグレドの傍に寄り添った。
ベルグレドはその翼を抱きしめた。
もう、彼女に会えない。その事実を受け入れなければならない。
「エレナ。どうか、次生まれ変わったら今度こそは幸せになれ」
「ベルグレド・・」
ロゼはエレナを連れ戻すと言ったが、エレナが望まぬのなら連れては行けない。ベルグレドの為にまた彼女を苦しめる事など出来ない。
「だから、お前を死ぬまで愛し続ける事だけは許して欲しい」
ベルグレドが小声で囁くと中心の柱から一筋の光が流れてきた。ロゼとエルグレドは天井を見上げる。
そこから次々と流れ星の様に光が降ってくる。
その数に、二人は驚いた。
「祝福?しかし・・・・これは・・」
何故か皆色が違う。
魔力の質は皆違う。その為人によって魔力の色や形も少しずつ違うのだ。つまり、複数の人間が祝福を使っている事になるのだが、それにしてもその数が多すぎる。
それを合図にベルグレドが抱きしめていた翼が音を立てて崩れ落ちていく。ベルグレドはそれを為す術なく見ていた。彼女の痕跡が無くなっていく。翼はそのまま崩れそこには何も残らない。そう思っていた。
「・・・え?」
しかし、その中から思わぬ物が現れた。始めベルグレドはそれが金の塊かと思った。
「え?何・・・それ?」
「これは・・・」
ロゼとエルグレドも少し狼狽えた。二人はそこにエレナが居ると思っていた。しかしそこにあったのは。
「奇跡の・・・卵?」
ベルグレドは息を飲んだ。傍にいたオルファウスがその卵をぐるりと包み込んだ。
[出ておいで。貴方を皆、待っています]
オルファウスが声をかけると、その卵はピシリと音を立てて割れた。それがエレナの最後を連想させてベルグレドは思わず胸を押さえた。天井からはもう数えきれない程の光が降り注いでいる。卵は金色の殻が割れ、その中身が三人の前に姿を現した。
「・・・・・・・・これ、は」
その卵の中には小さな子供がいた。何も身につけていないその身体は産まれたての赤子の様だ。しかしその髪の色と開いた瞳の色にベルグレドは見覚えがあった。
ベルグレドの唇は僅かに震えている。
「・・・・・ふぁああ」
その子供は1つ欠伸をすると目の前にいるベルグレドをジッと見た。その子供は6歳ぐらいの女の子だった。
しばらくベルグレドを見つめてからその子は嬉しそうに笑い彼の名を呼んだ。
「ベル?」
そこにエレナは確かに居なかった。しかし。消えたわけでも無かった。
その女の子はフラフラと立ち上がってベルグレドに抱きついた。ベルグレドはその少女を抱きとめた。
「私はエリィ。貴方の運命の相手なの」
ベルグレドは彼女を抱きしめながら・・笑った。
エリィと名乗った少女は小さな手でベルグレドの頭を撫でた。
「泣かないでベル。私がずっと側にいるよ?」
少女はよしよしと慰める様に小さな手を動かしている。その仕草にもベルグレドは見覚えがあった。会ったばかりの頃の彼女だ。
「ああ。もう、離れない」
天井から降る光は止まる事なく。祭りが終わる夕暮れ時までずっとこの地に刻み込まれていった。
宮廷でそれを初めて見たザクエラは、その光景に涙を浮かべて崩れ落ちそうになった。
「ザクエラ様!?」
慌てて支えるトラントに、ザクエラは震える声で呟いた。
「祝福が視える・・・この地の神がお返し下さった・・」
彼の目にはその祝福がしっかりと映された。そして、その数はガルドルムの街、全てを覆う程の数だった。
そう。ガルドルムの民、その大半が身体に祝福を宿していた。アガスにより眠っていた力が目覚めたのだ。
彼は泣いた。
どんな書物にも、この地を守るのはこの地に住む人間だと示されていた。言い換えれば、この地の人間になら誰にでもその資格が与えられるという事だ。それなのに、いつのまにかそれは神格化され選ばれた者しか使えないと思い込んだ。こんなにも長い間、神の采配に頼りきり自分達で打開策を考える事もせず、言われるまま過ごしてきた。
自分の国の事なのに知る努力をしなかった。
「なんて愚かだったんだ」
神に見限られ、人間族はやっとその事に気がついた。
彼等は怠惰だった。その事に。
その日から冬の祭典の日はガルドルムに無くてはならない行事となった。その日放たれる、いくつもの美しい光は、この国に生きる人々のささやかな楽しみになったのだ。




