バードル家の闇
冬の祭典当日。それは告げられた。
「アストラが脱走した?」
今まで大人しく屋敷で過ごしていたアストラが居なくなったのだ。ザクエラの顔は真っ青である。
皆、流石にザクエラに同情の眼差しを向けた。
「皆に伝え警備を強化します。祭典は予定通り行って下さい。万が一彼がザクエラ様に危害を加えようとしたら捉えて牢屋へ。構いませんね?」
ベルグレドは他の貴族達や官僚達に了承を得て指示を出す。城下町はすでに祭りが始まっているのだ。
「トラント様、後をお任せしてもよろしいでしょうか?」
ベルグレドはデュバルエ家の当主を呼び止めた。
彼は眉を上げて意外そうな顔でベルグレドを見た。
「私に任せていいのか?君が仕切っていたのでは?」
悪戯気に返したトラントにベルグレドは至って真面目な顔で声をひそめ、呟いた。
「ゼイル様の居場所を掴みました」
ピクリと彼の肩が動く。
ベルグレドは頷いた。
「ロゼの仲間が見つけたようです。彼等は我々が守ります。気兼ねなく動いて下さい」
ベルグレドがそう言うとトラントは深い溜息をついた。
そして口の端を上げた。
それを確認し、ベルグレドは部屋を出た。
アガスの使い方はラーズレイのギルド商会に依頼し、祝福の判別のみに特化した方法ならという条件付きで限られた者にのみ伝授された。アガスを宮廷内の敷地の教会に設置して限られた祭典のみ一般人も入れるよう整備した。
後は祝福を持つ者を探すのみだ。
「ベルグレド。行くのか?」
エルグレドがベルグレドの後をついて来る。
ベルグレドは思わずロゼを探した。
「ロゼも合流する。心配ない」
ベルグレドはそんなエルグレドをじっと見た。
彼はそれに気づいて足を止めた。
「ずっと兄さんに謝りたかった」
ベルグレドの言葉に彼は首を傾げた。
「貴方をあの家で孤立させてしまったことを」
ベルグレドは兄が大好きだった。
しかしベルグレドがエルグレドに懐けば懐く程、母親のエルグレドへの対応は冷たくなっていった。父はそんなエルグレドを放置した。
どう接していいのか分からなかったのかも知れない。
ベルグレドはそれに気づき、エルグレドと距離を取る事で均衡を保とうとした。両親が亡くなった後もその距離は縮まらなかった。その頃にはどう接していいか分からなかった。
「貴方には、誰よりも幸せになって欲しい」
ベルグレドはきっと恥ずかしくて言えないであろう言葉を今言った。今しか言えないと思ったから。
「孤独ではなかったぞ。お前が居たからな」
エルグレドは微かに笑ってベルグレドの頭をわしゃわしゃと撫でた。ベルグレドは下を向いたまま顔を上げられなかった。
「お前が、俺を必要としてくれたから耐えられた」
あの孤独な屋敷の中でベルグレドやクライス、使用人達にエルグレドは確かに愛され守られていた。
エルグレドもそれは分かっていた。
それでも自分を見てくれる者が欲しかった。
ただ一人の相手が。
「永遠の別れじゃない。またいつでも会える」
エルグレドの言葉にベルグレドは唇を噛み締めた。
森の中をアストラは歩いていた。向かうのは彼の所だ。
彼が歩いて行く途中見覚えのある赤い色が目に入って来た。アストラは足を止めてそちらを睨み付けた。
「初めまして?こんな所で何をなさっているのです?」
そこには彼が憎んだ人物の一人がいた
。彼をアストラから奪った人間の一人である。
「リュカを何処にやった?」
アストラの目は、すでに元の彼のそれではなかった。
ロゼの背後には銀髪の男と小柄なコルボ族の女が待機している。
「彼は貴方が殺した。もうこの世にいないわ」
「嘘をつくな。お前がリュカを逃したのだろう?遺体は見つかっていない」
ロゼは溜息をついた。
恐らく彼もパメラの手がかかっている。ロゼは問いかけた。
「何故、そこまで彼に執着を?死んだ後まで」
アストラは悲し気に微笑んだ。
「最初から分かっていた。どんなに姿が似ていようと彼は私の弟で叶う事など無いと。彼は彼女では無いと」
彼女。
それは恐らくリュカが継いだあの姿の元の人物だ。
ロゼは眉を顰めた。
「私は、いい兄であろうとした。彼も最初は私を慕ってくれていた。純粋に。それが私には辛かった」
ジワリと彼の足下から黒い霧が立ち上がる。
ルシフェルは一歩前に出たがロゼはそれを止めた。
「リュカが初めて私の気持ちに気付いた時のあの顔を、私は一生忘れない。あれは、最高だった」
ミイルの顔は引きつっている。
ロゼはそれにも顔色を変える事無く言い放った。
「でも、リュカが愛したのは貴方ではないわ」
そして、悪意を持って吐き捨てた。
「ざまぁみろ。頭のイカれた変態野郎」
ルシフェルとミイルはロゼの暴言に驚いた。
リュカは生まれてからずっと、この兄のせいでまともな人生を歩む事が出来なかった。ロゼは理不尽に振り回されたリュカの代わりに彼に絶望を与える事にした。
「リュカはもう貴方の手が届かない場所に行った。最後に愛する人に見送られて。でも、貴方が望んだのだからしょうがないわよね?」
「嘘だ」
「屋敷から遺体が見つからなかったから?彼の身体をあそこに残すわけないでしょ?貴方に奪われたら何に使われるか分からないじゃない」
ロゼの侮蔑を込めた暴言にもアストラは反応しなかった。
ルシフェルは詠唱を終えると剣を引き抜いた。
アストラに向かって振りかぶると剣先から閃光が放たれ彼の肩を貫いた様に見えた。しかしその光は彼の前で弾かれた。
「・・・・ロゼ」
アストラは呟いた。
ロゼはアストラのその様子に違和感を覚えた。何だろう?
「リュカを・・・守って・・くれ」
彼がそう言った刹那ロゼはアストラに向かって駆け出した。二人は慌てて追いかける。
「おい!!」
「アストラ!!」
ロゼは舌打ちした。
(違った、アストラじゃない!!)
「やっと。解放される」
アストラが笑った瞬間、彼の首が光の刃によって切り裂かれた。ロゼは力尽きた彼の身体に触れ唇を噛み締めた。
「ど、どういう事だ?」
「恐らく、強い暗示か呪いだわ。やられた!アストラは自分で死ぬことも出来ず、ずっと誰かに操られていたのよ」
確かに美しいリュカに対して惹かれるものはあったかもしれない。しかしここまで異常な想いは普通ではない。
「何の為に?こんな事して得をするのは・・・・」
ロゼは立ち上がった。そして首を振った。
「ザクエラではない。そう見せかけ三人を消してしまおうとした者がいる」
とんだ狂人である。こんな途方も無い計画を実行するなど。
「成る程ね。ルシフェル、私久しぶりに腹わたが煮えくり返っているわ。最悪の気分よ」
アストラはずっとリュカを守ろうとしていた。自分から。
リュカやエレナさえ予知出来なかった人物。
「この国を沈める原因を作ったもう一人の人物。バードル家元当主よ」
****
ベルグレドとエルグレドがその場に着くと見慣れない男が立っていた。しかし二人はそれが誰か分かった。
「ジュド様?」
それはバードル家元当主である。彼は二人の側まで歩いて来る。
「君達は余計な事をしてくれた」
ハッとして二人は剣の柄を握った。
「後少しで全てが終わったはずだったのに」
二人の足元に光の蔦が絡みついた。エルグレドは溜息をついた。
「ジュド様。おやめ下さい」
「君の父は愚かな男だった。助けを請われ自分の立場を深く考えず言われるままに王になった。アレが無ければもっと早くに終わりを迎えられた筈なのに」
「何故その様な事を?」
「知っているか?バードル家はその重責故、簡単に死ぬ事が許されない。どんなに苦しくとも自ら死ぬ事が出来ぬ様生まれた瞬間に制約を掛けられる。その最初の掟を作った女にリュカはソックリなのだ」
ジュドは表情を変えぬまま剣を抜いた。
「私はジュドではない」
二人はジュドの言葉の真意が読めなかった。ジュドでは無いとはどういう意味なのか、前王は一体何をしでかしたのだ。
「私の本当の名はアトラティエ。ジュドが連れてきた王候補であり王が殺したとされる者」
光の魔法陣が彼の足下から浮き上がってくる。
二人は同時に魔術を放出させた。
「ジュドは私の身代わりになり殺された。そして私の愛する人も。その時のジュドの妻が放った言葉を私は忘れない。私にジュドの代わりになれと無理矢理制約をかけたのだ。彼は私の生き別れた兄だった」
魔法陣がドンドン広がっていく。アトラティエはこのままここを破壊するつもりらしかった。しかしエルグレドもベルグレドも慌てなかった。落ち着いて足下の蔦を壊して行く。
「この国の人間は皆、狂っている。そうは思わないか?」
「そうだな」
エルグレドは彼の言葉を否定しなかった。
エルグレドもまた、この国に振り回された当事者だった。
しかし、賛同はしなかった。
「だが、そこでどう生きるかは自分次第だ。俺は、貴方とは違う。この世界の人々に生きて欲しいと思っている」
ベルグレドはエルグレドと同時に剣を地面へ振り下ろした
ベルグレドの放った氷の螺旋に絡まる様にエルグレドの黒い炎が巻きつきその先端が扇状に広がった。
アトラティエはそれをひらりと避けるとその背中から光の翼を創り出した。
「今は分からずともいずれ気がつく。あの時滅びておけば良かったと。私の誤算はザクエラだった。あの者にここまでの行動力があるなどと思わなかったからな」
「ジュド様!」
ベルグレドが彼を呼ぶと彼は自分の顔に手をかざした。すると見たこともない美しい顔の男性がそこにいた。その顔はリュカにソックリだった。
二人はやっとリュカだけが上の二人と違う理由を理解した。
「流石に三人相手は分が悪い。今日は大人しく引き下がるとしよう。せいぜい足掻いてみるがいい。この世界に呪われた子供達よ」
彼はそう言い放つと眩い光と共にその姿を消してしまった。背後から駆け寄ってくる足音だけがその場に響きわたっていた。




