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エレナの最期

アガスと指導者の目処が立ち冬の祭の用意が進む中、ベルグレドは山積みされた本に囲まれ考え込んでいるロゼに声をかけた。


「兄さんは?」


「・・・・ラーズレイの使者をノゼスタと迎えに。彼女に何かあったら大変だもの。万全の体制で臨まないと」


表面上従っているがロゼやザクエラを良く思っていない者はいる。ただ流石にこの状況で手は出して来ない。下手をすれば皆海に沈んでしまうのだから。


「ロゼから離れて大丈夫なのか?無理矢理行かせただろ?」


ロゼは本から目を上げるとベルグレドを見た。

その目は何か言いたそうである。

ベルグレドは咄嗟に口にした。


「謝るなよ?」


ロゼの瞳が揺らいだのがベルグレドにはわかった。

彼女が言いたい事をベルグレドは分かっていた。


「お前のせいじゃない。兄さんが自分で選択した。自分の意思で。それが兄さんの幸せなんだ」


ロゼは口には出さなかったが自分のせいで彼が普通の体でなくなったことを気に病んでいた。

そしてこの国から、ベルグレドから兄を取り上げた事も。


「一度しか言わない。ロゼ、お前は希望だ。ロゼがここに現れた時、きっと皆んな感じていた。兄さんも俺もエレナもお前と関わる人間は皆、お前に何かを感じとった。それが何故かは分からない、だが思った通り捻れたこの国からお前は兄さんを救い上げた。俺はお前に感謝している」


まだ笑わないロゼにベルグレドは口の端を上げた。


「俺は兄さんが幸せなら何だっていいんだ。どんな方法だろうと構わない」


ロゼは黙って顔を伏せた。

そしてポツリと意外な事を口にした。


「私で、良かったのかしら?」


多分、今この瞬間彼女は普通の16歳の女の子だった。

ベルグレドはとても驚いた。恐らくこれは素の彼女だ。

いつもの自信があり堂々と発言する頭の切れる人物はここにはいない。ただ、愛する者を想い不安になる恋する女性。ベルグレドは笑わなかった。


「殺してまで手に入れたかった者の愛を疑うな」


ロゼの手は微かにその言葉に反応した。

そして、僅かに笑った。


「ごめんなさい。変なこと言って。エレナがいる場所への入り方を今探っていたの」


ロゼはうんざりした顔で本を机に置いた。


「どうやって地下の空間まで飛んだのかが分からないの。恐らくそこが祝福を刻む場所のはず。呼ばれないと行けないならお手上げだわ」


入り口が無いのだ。

祭典を行うあの場所に何度も行ってみたが何も手掛かりがない。エレナを救うなら一度あの場所に行かなければいけない。ベルグレドは眉を顰めた。


[こわいかおー。わらってー?]


[そおだよ、しあわせがにげちゃうよ?]


大人しくしていた妖精達が騒ぎ出した。ベルグレドはガクリと頭を下げる。


「緊張感がない・・・・まった・・く・・・」


ベルグレドは気がついた。妖精はあそこに入らなかった。

だが()()がいた。


「オルファウス」


ベルグレドがその名を呼ぶとその狼は現れた。

ロゼは息を飲んだ。その美しい狼に眼を奪われる。


[お呼びになりましたか?]


「エレナの所へ行く方法を知っているか?」


二人は息を飲んでオルファウスの返答を待った。オルファウスは真っ直ぐと主人を見据えた。


[はい。私がご案内出来ます。それが私の役目の一つ]


二人は同時に天井を見上げた。答えは、こんなにも近い場所にあった。


「そうか。だからあの時に開いたんだな?俺の側にいたオルファウスが門を開くとエレナは知っていたんだな?」


[はい。それがこの地の神との約束でもありました。彼女はこの地の神が誓約を破棄したと知った日からずっとあの場所へ欠かさず通い祈り続けました。最初は聞き入れなかったあの方もエレナの長年の献身的な御心に、やがて怒りを納め彼女の願いを聞き入れました。彼女には人間族の血が流れております。それ故に許されたのです」


「ここの神は人間族以外が嫌いなの?」


そもそも何故そこまで人間族に拘るのだろう?王の血は続かない。一世代くらい人間以外が王でも問題無いと思うのだが。


[遠い昔の誓約を私の口からは申し上げられません。ただ一つ言えること。それは、人間族は他の種族とは違う生き物なのです]


二人は顔を見合わせた。そしてファレンの民と言う言葉を思い出した。


「我々人間はファレンの民ではない?」


それが具体的にどういう事かは分からない。しかし人間族だけこの大陸で異質なのだとは理解した。


[そうです。この地は貴方達の為の土地。それ以外の者が統治する事は許されません。それはこの地に封印された創世神ファレンの兄、ガルドルム神との約束事です]


「「な!?」」


新事実を告げられ二人は眼を剥いた。

つまりこの地は5つの宝玉が封印したとされる神がいるのだ。ロゼ達の根源である。


「ちょっ、ちょっと待って?じゃあ私達は自分達が封印していた者に守られていたって事?」


[私からはこれ以上は申し上げられません。確かな事は、ここがファレンの作った世界だということだけです]


新たな謎が出来てしまった。しかし。


「・・・とりあえず。細かい事は置いておきましょう。今はエレナの救出が最優先だから」


「そうだな。だがエレナをあそこから引き離しても大丈夫なのか?エレナを取り返した瞬間海に沈んでしまったら元も子もないが?」


二人はオルファウスを見た。これは答えられない事だろうか。オルファウスはしばし沈黙してから答えてくれた。


[問題ありません。彼女が許されたのは足らない祝福を彼女がこの地に刻む事。そしてあの場に留まる事です。そこから出ないという約束事は交わしておりません、しかし]


オルファウスはベルグレドをジッと見つめている。ベルグレドは彼が何を言いたいのかを考え答えを出した。


「エレナがそれを望んでいないんだな?」


美しい狼は黙って眼を閉じた。



****




[ここの入り口を見つけたようだ。お前を迎えに来る]


彼の言葉が流れて来る。ここは安らかで暖かい。

それなのにまた外に出すなんて嫌だ。怖い。


[お前が望むのなら、ずっとここにいるがいい。お前の力が尽きるまでお前と共にいてやろう]


なんて心地よい響き。こんな心穏やかに過ごせる日々をエレナはずっと待ち望んでいた。誰の悪意も受けず責務も背負わなくていい。生きているだけで罪悪感を感じるあの地獄のような毎日からやっと解放されたのだ。それなのに・・・。


[お前のしたい様にするがいい]


出来るならあのまだ何も知らなかった子供の頃に戻りたい。ただ優しい母と不器用な父と過ごした穏やかな日々。偽りの家族。そしてエレナの愛しい少年。


[それが望みか?]


わからない。自分が。

ただ最後に言われた彼の言葉が彼女の心から離れなかった。エレナ以外の相手と結ばれる筈の彼がエレナに向けた愛の言葉が。


[人間は面白いな。私にはお前たちが全く理解出来ないが、私にはお前達を生み出した責任がある。最後までそれを見守っていよう。この地が無くなる、その日まで]


エレナの意識は段々と消えようとしていた。

もうエレナ・アグレイナという女性は終わりを告げるのだ。


(ベルグレド様)


その瞬間。エレナの頭の中に1つの映像が浮かび上がった。

それはエレナが想像もしていないようなものであった。


ベルグレドは確かに運命の相手と呼ばれる者と並んでいた。

彼の周りにはロゼやエルグレド、まだ知らない仲間達もいた。


そして、エレナはベルグレドの傍にいる女性を見て胸が熱くなった。


(そう。そうだったのですね)


彼女は笑った。もう姿は無かったが確かにエレナは満面の笑みで笑ったのだ。


そして、そのままエレナの意識は消え去った。

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