新しい繋がり
「冬の祭りで能力を選定する?どういう事だ?」
「そのままの意味よ。毎年行われる祭りに乗じて民の魔力の選定を行う。冬の儀式だと言って行えばいいわ。その時儀式を行った者に少しずつ祝福を送るの。ほんの少しで構わない」
ロゼは目の前の資料を配りながらかけている眼鏡を指で持ち上げた。彼女は今他国から来た使者として変装している。頭にもカツラを被り別人になりすましていた。
「私が思うにこの地に刻むのは祝福の記憶であって魔力の強さは関係無いのだと思う。勿論魔力が削られるのだからいずれ枯渇する。でもだったら一回一回小出しにすれば良い」
「あくまでもこの国の記録が重要だと?」
「ええ。だってもし祝福だけが必要ならば、わざわざ人間に祝福を行う必要がどこにあるの?」
確かにそうだ。それは今まで
当たり前に行われていて疑問にも思わなかった事だったが確かに回りくどい方法である。
「後、ここで意見を纏めておきたいのだけれど」
皆、ロゼに注目する。この国の王はザクエラの筈なのに隅に追いやられている感が半端ない。
「王と祝福。一緒にしなきゃ駄目かしら?」
その場は静寂に包まれた。
レミュー家の当主が重い口を開いた。
「そうですね・・・・この国はずっと祝福が使える者を王に据えてきました。それが無くなるとなると、どうやって王を選定するか、という問題が出てきます」
新しい王が出来ると前の王は下城し政務には関わらず貴族と同じ位に下がり生涯を終える。
内部での争いを防ぐ為だ。
「そもそも、この国の成り立ちって貴方達、貴族から始まったのよね?ならバードル家がこのまま王位を継げば良いのではないの?」
ロゼは重大な事柄を何とでもない様に言った。ザクエラは慌てた。
「い、いえ!!王にはこの国を支えられる方になって貰わねば!確かに過去バードル家から王になった者もおりますがそれは祝福があったからです!」
ロゼは呆れた顔でベルグレドに視線を寄越した。
ベルグレドはロゼの意図を理解した。
「祝福を持っている事と王としての才能は別。今まで祝福が使えると言うだけで王になった者がいたのであればそこに拘る必要は無いと?」
「そうね。それに政務は王一人で行うものではない。特にこの国はこういう事情なのだから王がいなくともそれが滞る事が無いように官僚達や法が整備されてる。余程愚かな者が王にならなければ」
確かにそうだった。平民が王になる場合もあるのだ。それを教育し準備をして王にするのがバードル家の役目。その王を支えるのが官僚達の務めである。
「そうなるとバードル家がそのまま王族になるという事ですか?」
デュバルエ家の当主はこれに難色を示した。
言いたい事は分からないでもない。
「まぁアストラの件もありますからな」
それにザクエラはサッと顔色を変えた。
執務士官はそれを遮るよう進言した。
「今まで通りで良いのではありませんか?」
それにはロゼが驚いた。彼は笑って説明した。
「もしかしたら数人祝福を使える者が現れるやも知れません、だからその中からこの国を強く愛してくれる者に王を託せば良いのです。今まで通り」
皆これには誰も答えなかった。
****
ベルグレドは夕飯前、顔色を悪くしてロゼを探しているエルグレドを見つけた。声をかけようと思ったがその様子に何故か声がかけられなかった。
「エルディ?」
ロゼはエルグレドの事を愛称で呼んでいる。背後から声をかけられてエルグレドはびくりと身体を揺らしロゼを振り返った。その顔を見てロゼはエルグレドの両頬を手で挟んだ。
「どこに行ってたんだ」
恐らくほんの少し側を離れたロゼに、エルグレドは非難めいた声を出した。ロゼは笑って謝っている。
「ごめんなさい。少しブラドと話していたのよ。心配させちゃった?」
エルグレドはそんなロゼを抱き寄せた。
ロゼは抵抗せずに、したいようにさせている。
「俺から、あまり離れるな」
「ええ。離れないわ」
ベルグレドは二人とは反対側の廊下を歩き出した。
二人の話は聞いている。あまり長い間エルグレドをここに置いておくのは良くない気がする。きっとここにいるとエルグレドは辛い事を思い出す筈だ。彼をここから解放してあげたい。元々ここに縛られるべき人ではない。
今ならエルグレドの気持ちがベルグレドにも分かる。
彼にはきっとロゼだけなのだ。
ベルグレドは足早にその場から去って行った。
翌日その場には新しい客人が招かれていた。
「遠い所わざわざ足を運んで頂き感謝致します。私はザクエラ。この国の王を務めさせて頂いております」
「これはご丁寧にかたじけない。儂はノゼスタ、冒険者でありドワーフです。ロゼから話を受け我が国の王からも伝言を預かっておる。この国にアガスを売って欲しいという事でしたか?」
「はい。しかし今まであなた方とは一切交易を行って来ませんでしたので、こちら側もどう話を進めれば良いのか全く見当がつかず、仲介役としてロゼに入って頂きました」
外務士官の女性が柔らかい口調でノゼスタに話し掛ける。
ノゼスタは笑った。
「ええ。我が王も驚いておりましたな。して、どれほどの量が必要なのでしょう?」
皆緊張している。
ザクエラは言いにくそうに口を開いた。
「それが・・・・・この部屋が埋まるくらい、らしいのですが・・・・・」
ノゼスタはそれを聞いて考え込んだ。
皆、息を呑んでノゼスタを見ている。
「まあ、それくらいでしたら何とかなるでしょう。しかしそれだけの量となるとかなりの金額になりますぞ?」
「はい。金額もおおよそはロゼから提示されていましたので分かっております。ただロゼが言うにはお金だけではなく物を送ったらどうかと言う意見が出てまして・・・」
ノゼスタはロゼを見た。ロゼはニヤリと笑っている。
「我が国は穀物や果物の生産が盛んです。備蓄も多い。あなた方の住処は火山地帯なので採れる作物は種類が限られると聞いております。あと、この国の酒がそちらでは好まれて飲まれていると・・・・・」
ノゼスタは表情を崩さない様頷いた。
「そうですな。して、ご提案とは?」
「あなた方が望むこの国の生産品を提示された金額分、毎年あなた方の国に輸出します。勿論お金もお支払いしますが。その代わりまたアガスが必要になった時や不具合が起きた時ご協力頂きたいのです」
(ロゼの奴これが狙いだな?悪い奴め)
そう。ドワーフ国は外からの輸入が無ければ生活出来ない。主にラーズレイから報酬として与えられる品や嗜好品などで生活しているがやはりそれでは足らないのだ。
しかしガルドエルムにはドワーフ国が欲しい食品や嗜好品が山程あるのである。
「それはとても有り難いご提案ですな。一度国に帰り王に伝えて参ります。あと、こちらにアガスを移す準備もせねばなりませんな」
あまりに呆気なく話が進んだので執務士官は思わず聞いてしまった。
「我が国にアガスを譲ってあなた方は問題ないのですか?」
今まで独占的にラーズレイがアガスを所有していた。そこに何か盟約でもあるのではと心配したのだ。しかしそれにはロゼとノゼスタは笑った。
「いや?全く。一個人ならともかく国に売るのですから何か問題が起こればすぐ皆に知れ渡ります。そんな事を一国の王がなさるとも思えませんしな。それに我が王は細かい事は気になさらない。お互い潤えば良いのです」
単純明快。それがドワーフである。
「だから余計な策略などせず真っ向から要件を告げればいいのよ。その代わりそれ以上関わらない事ね。彼等は汚い行いをとても嫌う。一度嫌われたらその信頼を回復するのは難しいわよ。真直ぐで芯が強い種族なの。まぁお隣と物々交換するぐらいの気持ちで仲良くする事ね」
実際の交易がそんな単純なものではない事をロゼは知っているがわざとそんな風に言う。人事である。
「では、そちらの王の許可を頂きしだい準備に取り掛かります。先に少しばかりですがお約束の物を送らせていただきます。穀物と酒どちらが宜しいですか?」
「「酒で」」
ロゼとノゼスタの返事が重なった。
成る程。その国の王の人物像が、その場にいた者には何となく想像できたのであった。




