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大事な存在

「あとは……お前だ」


 血染めのユートはクルエルに矛先を向ける。ミオを助けるための最大の壁を取り外すため、椅子に座り恐怖に包まれたクルエルに、問答無用で近づく。


「ひっ……!」


 怯えた声を漏らすクルエルにもはや戦意の欠片もない。感情はただ一つ、死にたくないというものだった。


「死ね、魔王…………と言いたいところだが、殺すのは勘弁してやる」


 ユートはクルエルを殺しはしない。無論、慈悲などではない。合理的判断からの見逃しだ。

 もしここでユートがクルエルを殺しミオを救えば、その先の展開は誰にでも想像がつく。

 頭を失った魔族は混乱し、統制が取れない動きを見せるだろう。身内だけで混乱するだけなら問題ない。即座に首を刎ねよう。だが実際は身内だけの混乱だけでは済まないだろう。

 そもそも魔族はミオのような例外を除き、人間を見下す存在だ。統制が取れなくなった魔族が本能のままに行動をするとしたら、まず人間にその矛先を向けることは必至。

 人間は勇者や冒険者と戦力は整っている。戦略も何もない愚かな魔族の侵攻など、あまり苦も無く振り払うだろう。結局のところ、人間の圧勝で終わる戦争が起こるということだ。

 だが、いかに人間の圧勝とはいえ魔族の混乱の末に起こる戦争、それが綺麗に終わるはずもない。最悪の場合は何の罪もない人間が蹂躙され、数多の命が刈り取られることになる。

 それを避けるため、頭であるクルエルを殺すことは出来ない。

 殺しはしない……だが。


「なあ、口を開けろ」


「え……グアッ!」


 命令を理解する前に、ユートはクルエルの口を目いっぱいの力でこじ開ける。


「アガ……ガァ……!」


 苦しそうにもがいているが、ユートは気にせず淡々と作業に移る。

 クルエルの口の中に拳を入れ、閉じさせないようにする。そして空いたもう片方の手で、とある固形物を取り出す。

 それは透明に光る、ビー玉のような丸い物体だ。それをクルエルの口の中にぶち込む。


「グヒュ!」


 異物を入れられたクルエルは奇妙な声を上がる。

 ユートは苦しむ声を無視し、口に入れた物体を喉の奥の奥まで押し込む。

 それがクルエルの体内に完全に収まったのを確認し、突っ込んでいた手を元に戻す。

 体液で汚れたが、元々血にまみれた腕だ。そこまで気にせず体液を振り払う。


「ガハッ……! キサマ、何を入れた!?」


「魔石と呼ばれる石だ」


「魔石……?」


 聞きなれない単語にクルエルは首をかしげる。だがその名前から、魔力に関したものであるということは想像できる。魔力に関係し、自らに埋め込んだという事実、それを照らし合わせ、クルエルの中である仮説が立てられる。


「まさか……魔法具の類か?」


 飲まされた物体に魔力を込め、それを脅しの材料として扱われたのではないかと仮説を立てた。魔石という名前だ。所有者であるユートの魔力、もしくは体内に宿すクルエルの魔力に反応するものであると考える。

 ならば、どちらにせよヤバイ。ユートに生殺与奪を握られるのも、自身の魔力行使を不可能にさせられるのも、どちらも危険すぎる。

 魔王がそのような状況にあるなど、魔族の危機だ。


「今お前の体内に入れたのは、俺の魔力に反応して爆発する。どこにいようとだ」


 クルエルの仮説は、半ば当たっていた。ユートに生殺与奪を握られた状態、これにより一切の手出しは不可能になった。クルエルには自分の命を危機に晒してまで戦う度胸などない。

 強大な敵を相手にするときは、配下の魔族を用い戦略を持って叩き潰す。

 ゆえに、爆弾を埋め込まれたクルエルはなす術なく、ユートに逆らうことなどできない。


「今後ミオの前に姿を現すな。分かったな?」


「……くっ、分かった……!」


 苦悶に満ちた表情で了承した。自らに恐怖を与えた人間が許せない。何としてでもこの人間を殺してやりたい。そう言葉で聞こえてくるほどの形相を見せ、ユートを睨みつける。

 ユートはその目に真正面から受けて立ち、決して目を逸らすことをしない。魔王の睨みに一切ひるむことなく、敵意を放ち続ける。

 おそらくクルエルはこう思っているだろう。自分は絶対に殺されることはないと。

 最悪の爆弾を体に埋め込まれた。だが裏を返せば、ミオへの攻撃さえしなければ殺されることはないという安心感も生み出していた。

 ゆえに自身の命を握るユートに対して殺意を放つことが出来る。

 安全ゆえに放つことのできる、いわば演技に近い矮小な殺意だ。

 そんなものに怯えるユートではない。

 が、窮地に立たされているクルエルのまだギリギリ折れていない精神の支柱を放っておくことはしない。

 何故かはわからない。だがこの男がのうのうと生きていることに、不快感が募る。この不快感を断ち切るべく、いまだ虚勢を張るクルエルの殺意を折ることは、ユートにはもはや確定事項だった。


「クルエル」


「……なんだ?」


「最後に一つだけ言っておく」


「下らない説教など聞きたくない。さっさとミオを連れて、どこへなりとも行け」


「なら勝手に言わせてもらう、クルエル……」


 名を呼び、深く呼吸をするユート。肺の中の空気を一旦すべて排出し、直後に新鮮な空気を体内に送り込む。腹に力を込めて叫ぶと同時に。

 拳を振りぬく!


「痛みを知れ!」


 渾身の力を込めた拳を、クルエルの顔面にめり込ませた。


「ブグッ!」


 わけのわからない奇声をあげ、クルエルは玉座から飛び立ち、その身を宙に漂わせた。

 距離にして十メートルは確実に飛び、端の壁に体を直撃させる。


「ミオの受けた痛みは、そんなもんじゃないぞ」


 吹き飛んだクルエルに近づき、ユートは再び拳を振りかぶる。

 たかが人間の一撃、普通のパンチでは魔族の致命傷にはならないだろう。

 ミオの受けた苦痛、そのすべてを味わわせるために殴る。殴り続ける。

 馬乗りになり、その顔面を無慈悲に何発も殴る。


「も……やめて……くれ……!」


 心に巣くうわだかまりを取り除くため、何度も何度も、クルエルがやめてくれと叫んでも、何度も何度も殴り続ける。みっともなく涙を流し許しを乞おうとも、ユートの拳は止まらない。


「お前は、ミオが助けを乞うた時に許したのか?」


「ブハッ! たの……ゆる……」


 どれだけ殴っても発散されることのない謎の感情、それが取り除かれるまでユートは殴り続けるだろう。わざわざ下手な小細工をして生き残らせたのに、それを無に帰そうと自分からしている。頭ではこの行動が不合理なものであると理解している。だが止まれない。

 溢れ出る謎の感情は、ユートの行動を諫めてはくれない。


「お前のしたことだ!」


 無抵抗の存在を力の限り痛めつける。それはクルエルがミオにしたことと何も変わらない。

 ただ己の不満の捌け口にしているだけ。下卑た行いだ。

 それを知っていてなお、ユートの拳は止まらない。止まれない。

 もう何度殴ったかもわからくない。クルエルの顔がボコボコになり、原形をとどめていない形になり、意識すらとんでいる。

 あと数発殴ればクルエルの意識などという話ではない。その命を狩り取るだろう。

 そして死を与える最後の拳を振りかぶる。殺してしまうことは自覚し、これではいけないと考えている。だが止まることのできない腕で、拳で、最後の一振りをクルエルの顔に……


「もう……いいよ」


 振り下ろそうとしたユートの拳を、ミオがやさしく両手で包み込む。

 傷だらけの、だけど温もりに満ちたその手のひらの熱を感じ、ユートは振り下ろそうとした拳をゆっくりと下げる。

 どれだけ合理的に頭を働かそうとしても止まることのなかった拳は止まる。そして胸の中に巣くっていた謎の激情が薄まっていくことを、ユートは感じていた。


(……ああ、そうか。いつのまにか、ミオが大事になっていたのか)


 ミオに対して反省の色を微塵も見せないクルエルの態度が許せなかった。自分は問答無用でミオを傷つけたくせに、その苦痛が自らに降りかかるときにはみっともなく許しを乞うクルエルが許せなかった。クルエルのすべてが、許せなかったのだ。

 殺してはいけないと理解していても、こんな行動に何の意味がないと理解していても、止まることが出来なかった。ミオの受けた苦痛を考え、拳を振るい続けた。

 だからこそ、ミオのたった一言、それだけでユートは振り続けた拳を止めた。胸に抱いた負の感情を消した。

 他でもないミオがもういいと言ったのだ。ならば、ユートがこれ以上何かする理由はない。


「ミオ……帰るか?」


「……うん」


 ユートは傷ついたミオを抱きかかえ、自らが乗ってきたライドラの元まで歩く。

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