第七話 悪夢魔の呪い (その1)
「……で、どうする? これ?」
「まあ、今はまだ救急車を呼ばなくて良いけれどな。……椅子で殴っていたら、警察沙汰だからな」
と、俺の言葉に厳左右衛門が言う。
厳左右衛門の言いたい事も解るが、後悔はしていない。
「とにかく、話を聞くか」
と、俺はそう言うと情けなく腰を抜かしている赤沢を踏みつける。本当なら首根っこを掴み上げたいところだが、高校一年生の女子になった俺は腕力も背丈も大学生の男性を持ち上げられる力も身長も失ってしまった。
「一つ、聞きたいんだが……井原雅美さんは本当に、正吾さんの事が好きなのか? 恋愛感情の意味で?」
「はっ、なに? お嬢ちゃん。あんたも、まさかそこのデブが好きなの?
うわ、見る目無いねぇ。そっちより、俺のほうがよく」
げし!
俺は躊躇なく股間を蹴った。
牛乳を拭いて放置して腐らせた雑巾を破いたような不愉快な声が響く。
同じ男だったものとして、多少は罪悪感を感じるがこう言った男がモテるとなると、厳左右衛門じゃないが不愉快だ。こういう男は去勢するべきだ。と、俺は思う。
俺の親父も、女性問題でもしも妊娠させた。と、言う人間を二人以上作った場合は、去勢させる。と、言っていた。
こいつのような性格なら、まちがいなく去勢するべきだ。
「質問はイエスかノーか、はい。か、いいえ。か、とにかく端的に答えろ。
余計な答えを言ったと判断したら、潰す」
「なにをですか?」
俺の言葉にフルーがきょとんと尋ねる。
「男が男である証明だ」
「まあ、そんなものがあるんですね。しりませんでした」
俺の言葉に世間知らずのフルーが言えば、厳左右衛門が涙しながら、
「今のフルーちゃんの世間知らずっぷりが逆に癒される」
と、言っている。
「……ヨシキは、思っていたよりも狂暴だな」
「あいつは怒ると、狂暴で後先を考えないわよ。
それも考えて、父さん……師匠は、精神修行を重点を置いていたのよ。
だから、よっぽどの事が無い限り怒らないんだけれど……」
と、フィリと薫がそう呟いている。
余計なお世話だ。それに、先ほどまでよりは冷静だ。
これは、あくまで脅しだ。実際に実行するつもりはあまり無い。だが、赤沢は、俺が本気だと判断したらしい。慌てたようにわかった。わかった。と、壊れたオモチャみたいに同じ言葉を繰り返し始めた。
最初から素直に質問に答えていれば良いのだ。
「それじゃ、もう一度、質問をする。井原雅美さんは本当に、正吾さんの事が好きなのか? 恋愛感情の意味で?」
「イエス!」
「その根拠は?」
「イエス!」
「答えになってねえ」
躊躇無く、片足を振りあげようとしたら厳左右衛門に止められた。解せぬ。
とにかく、話に聞いてみると視ていれば、良くわかる。らしい。彼は、観察眼に長けており、それにより人の心理を見抜くのに長けていた。それは、幼い頃かららしく、幼い頃から人の心理を見抜き、人に喜ばれる対応を覚えた。
最初は、それで喜ばれていたがふとした好奇心から人を絶望のどん底に落としてみたい。と、言う衝動に駆られたらしい。
それは、あえて言うなら虫の羽根を千切ってみたり、花の花ビラを全て引きちぎる。組み立てた積み木を崩す、組み立てたパズルをバラバラにする。
そう言った子供なら誰でもある残虐性だった。
当時、五歳だった彼はそれを実行した。綺麗で優しかった幼稚園の先生。自分が将来、お嫁さんにしてあげると言っていた、彼女は別の人と結婚して幼稚園を辞める。それが、許せないと言う子供のような怒りもあったのだろう。
彼は、見事なまでに人の心理を読み取り彼女を絶望のどん底へと堕とした。ただ、たんにその幼稚園の先生の婚約者の心にあった迷い、それを指摘して大きくしてそして結婚を無しにした。先生の絶望は大きく、そして自殺した。
その後、婚約者も赤沢の仕業であった一時の迷いのような者であったことから、後悔したが幼稚園の先生を自殺させてしまった。と、言う罪の意識にさいなまれたと言う。
普通ならトラウマものの出来事だ。
それ以来、彼は表向きは人当たりの良いそれぞれに対する理想的な人物を演じ、そして要所によってその人の心を壊していた。
……トラウマなのかもしれない。
「なかには、死んだ奴も居たよなぁ。あはははははは」
と、笑い出す赤沢。……なんだか、様子がおかしい。と、俺は思う。
最初、正吾さんが殴った(とも言えないほど、弱々しい威力だった)時は、まだ仮面を取り繕うようなそんな余裕さえ会った。
だが、今は違う。俺に恐怖して? いや、確かに俺の外見は異様だが、それを補うほどの魅力が出て居るらしい。
つか、人の死までは言わなくてよいはずだ。さすがに、人を自殺とはいえある意味では、『殺した』と、言う発現につきまとっていた最低女たち(男が最低だとわかっていて近づく女は最低だと思う)も、ぎょっとしたように立ち去っていく。
さすがに、人をある意味では『殺した』人間となれば、近づくのを辞めたらしい。だが、この赤沢。本当に人の心理を見抜く目があるなら、そんな事をバカ正直に話すとは思えない。そう思っていたら、
「なのによぉ。なのに、なのに! 今さら、どうして何度も、何度も、何度も、夢を見るんだよ!? なあ」
と、突如としてそう叫んだ途端に信じられない力で起き上がり、俺を吹っ飛ばした。
「由紀!」
と、薫が俺を受け止める。……薫は女にしては、長身で逞しいので今の俺の体をすっと受け止める事が出来た。……なさけないぞ。俺。
「おい。あれは……」
「うーん。ありゃ、あいつも呪いの影響か?」
「そのようですね。お酒を飲んでいたのは、おそらく呪いによる影響を抑えようという無意識のものでしょう。お酒は清める効果もありますし、呪いの種類や類によっては、酒を飲んでいたりする一時だけ、呪いの効果を薄める事が出来ます。
まあ、現実逃避にも良いと言う話も聞いたことがあります」
と、フルーが杖を持った状態で言う。なるほど、あいつも呪いの影響は受けていたのか。
「どんな呪いだ」
「夢と言っていたので、悪夢系列の夢だと思われます。
目に見えた影響はありませんが、精神に影響が出やすいです」
元から精神に問題があるような気がするが……。と、フルーの言葉に俺は密かに思った。
そんな中で、赤沢の周辺がゆがみ始める。赤沢の体から大量の黒い粘液……ヘドロと使い古した油とゲロを混ぜ合わせて煮込んだような真っ黒な悪臭を放つそれが周囲に溢れ始める。途端に、逃げ出す人たち。
まあ、呪いの影響だと言う事は解るだろう。
黒い液体は浸食した場所から変な形へと歪めていく。
「どう言う状況だ」
「夢の浸食です。
おそらく、彼の夢を具現化しているのだと思います」
「どんな夢を見ているんだ!? こいつは!」
と、俺は怒鳴る。
臭いしねばねばしているし、黒いし汚い夢。もうちょっと、精神に優しい夢は見れないのか? と、怒鳴りたくなる。
まあ、精神に優しい悪夢はどんなんだ? と、聞かれても困るけれどな。
「気をつけてください。あの夢にとり……」
と、フルーがみなまでいうよりも早く、
「おお。我が愛しの恋人よ」
と、銀薔薇をばらまきながら現れるシャルフ。
「お待たせしました」
「待っていねえよ!」
ポストの上でかっこをつけるシャルフに怒鳴る。つか、ポストの上で恰好をつけてもバカみたいだぞ。と、思う中でシャルフがばらまく薔薇に巻きこまれた猫が足を滑らせて落ちる。そして、着地した猫はそのままヘドロに取り込まれると、
「うごにゃぁぁあああ!」
と、絶叫を上げて猫が黒い虎のような異形の化け物となった。
「なんだ。あれは?」
「大丈夫です。呪いの影響です。
生物が触れると夢魔になるんです。おそらく、悪夢魔の呪いです」
「こう言う状況は、大丈夫とは言わないよ。
で、あの猫は元に戻るのかな?」
と、厳左右衛門が叫ぶ。
そんな中で、赤沢の姿がさらに変わっていく。
黒い粘液に自らのまれていき、現れたのは背中に黒々とした蝙蝠のような羽根。ただし、粘液を纏っていてぼたぼたと、不気味な粘液を垂らしている。頭には二本の山羊のような角。真っ黒な筋骨隆々な姿は、絵本に出てくるような悪魔の王とも言うべき姿だ。
「あれは?」
「……変ですね」
と、俺の言葉にフルーが考えるように言う。その間にも真っ黒な粘液は周囲に広がっているので、俺たちは慌て放れる。幸いな事に粘液は粘度が高いためか進みは早く気をつけていれば、追いつかれることはない。
「悪夢魔の呪いは普通、眠っていたりするときですが……。
あの人は起きているし、なによりも精神に異常をきたしている。
そして、あの姿……。
また、あの性悪根性最低のクソバアアが術を弄くったんですわね」
「フルーちゃん。意外と、口が悪いね」
フルーの言葉に頬を引きつらせる厳左右衛門。
「で、呪いを解くには?」
「この場合、呪いの核である赤沢さんを叩くことですね」
「こんな事なら、あの時に蹴り飛ばしたときにハリセンで叩いておけば良かったよ」
フルーの言葉に俺は舌打ちしながらそう言った。
とは言え、嘆いたところで変わらない。
「なあ。フルーちゃんは魔法使いなんだろ。空を飛べないのか?」
と、厳左右衛門の言葉に俺は思い出す。
「そう言えば、フルー。お前は、空を飛べたよな」
「はい。大丈夫です。
二人乗りはしたことがありませんが、箒で空を飛べます」
「あー。うん。わかった。大丈夫なんだな」
いろいろと、尋ねたい事があるが少なくとも、墜落するとは言っていないらしい。
……俺と最初に出会った時に、墜落していたことはあえて考えないでおく。
「ですが、飛行用の箒がありません」
「意味がねえ!」
フルーの言葉に俺は叫ぶ。
飛べない豚はただの豚。と、言う言葉があるが、飛べない魔法使いは難なんだろうか? と、俺は思いながら赤沢を見る。
この異常な呪い。ひょっとしたら、九十九ある呪いのうちの一つかも知れない。依頼内容は、雅美さんの呪いを解くことであるが、だからといってこれを放置しておいて良い。と、言う訳では無い。
まあ、雅美さんの呪いを解く方法は大体、解ってきたような気がするが……。
このままだと、別の被害が出る。
それは、放置していて良い理由にはならない。あとで、金を赤沢から要求してやろうか? と、俺は思いながら俺は周囲を見渡す。
「あ、あれをつたってみたらどうですか?」
と、フルーが指さしたのは電線である。
電気が通る電線であり、電話の通路にもなる品だ。
その黒い糸は町中に広がっている。
確かに、あれを使えばあの泥沼は大丈夫だろう。粘液に触れての変化も無生物は、変化が遅いらしく高い所にある電線はまだ無事だが……。
「俺は猿じゃねえんだよ」
おちたらどうする? お前は、そう簡単に死なないかも知れないが俺は死ぬんだ。
どうせ、死ぬなら男として死にたい。
それに、電線の場合はなにかの間違いで感電する可能性もある。
「空を飛ぶための箒って、箒じゃないといけないの?
特別な箒である理由とかはある?」
と、薫が尋ねる。
「どう言う意味ですか?」
「空を飛ぶ魔女でも、別に箒が特別である必要は無いかも知れません。
必要ならデッキブラシでも大丈夫かも知れません」
そういえや、こいつもあれは好きだったな。と、ぼんやりと思う。幼稚園の頃は、ドングリを植えて傘を使って芽を出そうとしていた。と、師匠が言っていた。
「さあ。よくわかりません」
無責任なやつ……。と、フルーの言葉に思う中で、
「魔法使いの箒は、別に特別製ではない。まあ、初心者や下手な人間には専用があるが……。そもそも、箒なのは最も飛行に長けているからだ。
とにかく、これを使え」
そう言ってフィリが近くにあったある箒を放り投げる。
正確に言えば、お店に売られていた箒と言うよりも、巨大な熊手のようなものである。
「デッキブラシじゃないの?」
「何を拘っている?」
薫の言葉にフィリが言う。……有名アニメ映画シリーズを知らない者には解らぬ拘りだ。




