第八話 悪夢魔の呪い (その2)
普通の箒ではなくても、デッキブラシじゃなくても魔法使いは空を飛べる。と、言う事を俺は異世界で知った。
いや、別に知りたいわけでもなければ教わりたかったわけではないのだが……。
それを言った所で、何かが変わるわけでは無いので黙っておく。
と、言うか……。
「おい。フルー。本当に大丈夫か?
なんだか、すごくふらふらしているんだが」
空飛ぶ箒に乗ったのは初めてだが、ものすごく不安定だ。
と、言うか冷静に考えてみれば自転車の二人乗りと言うのもかなり気をつける必要がある。よく昔のカップルの絵で自転車の二人乗りと言う絵があるが、実際に二人乗りと言うのは、ものすごいバランス感覚が必要だ。
下手をすれば、転倒して大怪我をする。
その自転車ですらちゃんと座るための椅子がちゃんとあるのだ。
その椅子が当然と言えば、当然だが熊手にはない。熊手じゃなくても、デッキブラシや箒にも無い。当たり前と言えば、当たり前だ。本来、それらは乗るための物ではない。
それにまたがるというのは、……尻が痛い。
子供の頃に鉄棒にまたがったことがある。あれも、長時間またがったら少し、痛くなっていたがあれと同じだ。
実際に、地に足が着いていない分だけもっと痛い。
あれだ。三角木馬。
あれのように痛い。
もちろん、三角木馬に乗った事なんて一度として無いが……。
しかも、あっちにふらふら、こっちにふらふら……。
自転車より不安定で、心臓に悪い。
「大丈夫です。二人乗りは初めてなだけです」
「お前の大丈夫ほど大丈夫じゃない事は無いぞ!」
フルーの言葉に俺は叫ぶように怒鳴る。
こいつが、大丈夫です。と、言って本当に大丈夫だと感じられたことは、短い付き合いであるがあまり無い。
と、言うか無いような気すらする。
「大丈夫です。落下したところでそのハリセンを使えば呪いにかかる事はありません。
この高さならせいぜい、骨が折れるぐらいです。
間違っても死ぬ事はないでしょう」
「そりゃ、この程度の高さならたしかに死ぬ事はないだろうが……」
フルーの言葉に俺は呻く。
この程度なら、確かに死ぬ事は無いだろうが……。それでも、万が一と言う可能性はある。頭をぶつければ、下手すれば死ぬ可能性があるのだが……。
とは言え、その程度ならば受け身を執る事が出来れば大丈夫だろう。
俺はそう思いながら、ふらふらと行く。
まっすぐ進む事もできずに、どうにかしている中だった。
突如として真っ黒な液体から何かが現れた。
どことなく蝙蝠のような外見をしている中で、それらが襲い掛かって来る。
「フルー。避けろ」
「大丈夫です。自分でもどう言うふうに動くか解らないので命中する可能性は低いです」
「それ、大丈夫じゃねえだろ」
と、俺はハリセンを手にする。
どうやら、自力でどうにかするしかないらしい。
襲い掛かって来るそれらを、時に俺はハリセンで弾き飛ばす。呪いによって生まれた存在のせいか、ハリセンであっさりと霧散する敵。
呪いに関してはチートな能力を持っているらしい。俺の呪いも解いてくれたら、嬉しいのだがそれはしてくれないらしい。ついでに、フルーが言った言葉もある意味では正解だった。フルー自体が、どう言うふうに動くのか解らないので、相手も動きが読めないらしい。要するに、格闘技の試合で熟練のプロだと、相手の動きを先読みが出来る。
だが、素人が無茶苦茶に動いているとどう動くか解らない。だから、先読みが出来ない。素人のまぐれ勝ちと言うのはそう言うものだ。
もちろん、それはまぐれであって必ず勝てると言う訳では無いが……。
それでも、そう言う手段があるのは事実がある。
どうにか、近づいたところで無魔と化した赤沢がこちらを見る。
そして、襲い掛かるが、俺はその瞬間に箒の上から飛び上がる。
女となったので、筋力は落ちたがその分だけ体重も軽くなったしバランス感覚も高くなっている。毎日、道場でこの体に慣れていたのも手伝いうまくいって箒からジャンプに成功する。そのまま、蹴りを入れる。
人体で攻撃と言えば、パンチと思うが実はキックの方が有効だ。そもそも、人間の肉体は基本的に足の方が頑丈なのだ。
なにしろ、足は人間が移動する上で必要なのだから体重を支えるように体を鍛えている。もちろん、それでも女になった時点で筋力は落ちている。
けれど、その落ちた筋力は重力による落下の勢いで跳ね上がっている。
だが、それでも呪われて異形とかした無魔は俺の蹴りを受け止めた。
ふてきに無魔が笑みを浮かべるが、
「甘い」
と、俺が言うと同時にその勢いを持ったまま、ハリセンで頭を思いっきり叩いた。
叩かれた頭と共に呪いの核が跳んでいくと、同時に黒い粘液が消える。
「今だ。フルー」
「はい」
俺が叫ぶと同時に俺は落下しかけるが、それを薫とフィリが受け止める。
「まったく。あんた、今は女の体なのに」
「無茶をしすぎだ」
「悪い」
二人に抱き留められ、女の体であることを改めて実感しながら自分が情けなくなる。
そう思う中で、フルーの魔法で呪いの核が消えた。
その瞬間に周囲の呪いによる変化が消える。
そして、倒れて居る赤沢。
そして、そこに落下したフルー。どうやら、魔法と箒の運転が限界を来たらしい。起き上がろうとしていた最中に、落ちてきて当たり所が悪かったらしく昏倒する赤沢。
「ああ。すみません。大丈夫……ですね。
頭から血も出ていませんに脳みそも出て居ません」
「出て居たら、救急車を呼ばないといけないなぁ」
フルーの言葉に俺は呟く。
まあ、性格にかなり問題があるので俺としても本気で心配しているわけではない。呪いによる影響だけではないだろうので……。
それを考えると、昏倒していようが気絶していようが八割方は自業自得だ。
そこに、
「だ、大丈夫ですか?」
と、正吾さんが話しかけてきた。
「ええ。まあ、一つとりあえずこれで大体の事が解りました。それじゃ、行きましょう」
と、俺は正吾さんに向かってそう言った。
一応、赤沢さんは騒ぎを聞きつけてやってきた警察に渡しておいた。
やっていたことは、結婚詐欺と言うような犯罪ではないのだがとりあえず、説教はしておいて欲しい。赤沢は気を失っていたというか眠っていた。
不眠症状態だったので、呪いが解けたことで不眠症は解除されたらしい。
ぐっすりと眠っている。
「まあ、副作用は残ると思いますが」
「どんな副作用なんだ?」
フルーの言葉に俺はそう尋ねる。
たしか、薫の場合は頭に角が生えたままのはずだ。
「わかりませんが……。
とにかく、九十九の呪いを解呪すればその副作用からも逃れるはずです」
と、フルーは言う。
まあ、赤沢がどんな副作用に苦しもうがあまり責任ではないだろう。
と、俺は密かに失礼な事を言う。
そこに、
「無事でよかったよ。マイスイートハニー。
恋人の僕のピンチをこんなに必死になって助けてくれて嬉しいよ」
「いつ、誰が、マイスイートハニーになって誰の恋人になったんだよ?」
にゅっ! と、突如として現れたシャルフ。
「ふっ! 冷たいね。君を助けようとした恋人に」
「お前は、俺の恋人じゃないし……。
そもそも、お前のやったことはせいぜい噛ませ犬だ」
「カマセイヌとはなんですか?」
俺の言葉にフルーが言う。
「当て馬だ。当て馬」
「アテウマとは?」
「後で説明してやる」
フルーの質問に答えるのが面倒になり俺はそう答える。
「つか、今までなにをしていたんだよ?」
「ふっ。危うく呪いに巻きこまれるところだったのを必死で対応していたのさ」
「自分の身を守っていただけじゃねえか」
シャルフの言葉に俺は呆れながら言う。
「大変だな。ヨシキも」
「ああ。大変だよ」
野郎に口説かれても俺はちっとも楽しくない。
まあ、楽しかったらそれは男としてはいろいろとヤバいような気がする。
「ですが、呪いを解く方法は解ったんですか?」
「あー。とりあえず、彼女が眠った精神的理由は解った。
ひとえに、恋の悩みだ」
そこまで、言って原因でもある正吾さんを見る。元凶と言うか悪意がある相手は、赤沢だが正吾さんにもうちょっと自分に自信があったら、こんな事にならなかった。
「あのさ。本当に、雅美さんが正吾さんを好きかどうかは知らない。
だが、正吾さん。あなたは、雅美さんの事が好きだ。
きちんと、それを伝えろ。
それで、何かが変わるはずだ」
「えっ! ええ~」
俺の言葉に正吾さんが悲鳴を上げる。
……あんたは、ここまで来ていてまさか言わないでよい。と、思っていたのか?
と、正吾さんの反応に俺は逆に驚いた。
「あのな。諸悪の根源は、赤沢のやつだろうな。
けれど、根本の問題としてはあんたが自分の気持ちを素直に雅美さんに伝えていなかった。と、言う事でもあるんだよ!」
俺はそう言って正吾さんを見る。
正吾さんは目を伏せる。
「あのな。世の中に欠点のない人間なんて居ないんだよ。
俺の弟なんか、顔は良いけれどナンパでついでに付き合っている女はヤンデレだ。
兄貴なんか、女癖が悪くて刀傷沙汰を引き起こした。
二人とも外見だけは良い」
外見だけは良いし、性格も悪人では無いが女癖は悪かった。
厳左右衛門は女が好きでそれを一切、隠そうとしないバカだ。
俺にだって大なり小なり、程度の差はあるが欠点や問題点がある。
「良いか。完璧な人間なんて居ないんだ。
完璧な人間なんていたら、それは人間に見えるだけの違う存在だ。
外見なんて努力次第で、どうにでもなるんだよ」
女は化粧で化けると言う。事実、兄貴が付き合っていた女性の一人は、雨がふって顔を拭いたらそこに居たのは、別人だった。
化粧していたときは、瞳は大きく唇はふっくらとして色白の美人であった。だが、化粧が落ちたときには色黒で肌は化粧のしすぎで荒れており、眉毛もなく目はごまのように小さく、唇は血色の悪い薄紫色だ。
ついでに、豊満に見えた胸はパットであった。
女は化粧でいくらでも化ける事が出来る。そもそも、髪型や化粧に髪型で一見すると、解らないのだ。いつだったか、友人(男性)が入院、手術をしたときに髪の毛を丸坊主にする事になったことがあった。その時、実は俺はその友人が最初、友人だとは解らなかった。と、言う当人には言えないエピソードがある。
外見なんてお金をかければ、いくらでも変わる。それこそ、最終的には整形なんて手段すらあるほどだ。外見はいくらでもどうにも出来る。
だが、内面は違う。お金をかけようが、努力しようが変わらないものは変わらない。変わったとしても、それはものすごく大変なのだ。
「あんたに必要なのは、見た目の良い外見じゃない。
必要なのは、自分に自信を持つことだ。
自分を信じろというやつだ。そんなに自分が信じられなくてもな。
自分に気合いを入れて、とりあえず思いを伝えろ。
惚れた女も助けられない男に惚れるようなバカな女なのか? 雅美さんは?」
「卑怯な言い方だな」
と、俺の言葉に厳左右衛門が言う。
確かに卑怯な言い方だ。
正吾さんを攻めるだけなら、正吾さんは受け入れただろう。
だが、正吾さんにとって大切な人である雅美さんまで攻める貶す言い方だ。
ただし、俺の持論の一つである。
惚れた相手が下らないのは、その人の責任でもある。だ。
「……わかった。伝えるよ」
僕の言葉とその真意も伝わったのだろう。正吾さんは頷く。
正吾さんはやはり良い人だ。
外見にはいささか、難があるが見ていて不愉快を与える人でもない。
そう言う人だからこそ、こんな軽傷の呪いだったのかも知れない。
と、一瞬だけ思ったがそれを言うと薫の悪質な呪いが性格に問題がある。と、言う事になりそうなので黙っておいた。
そして、俺たちはようやっと雅美さんの元へと戻ったのだった。




