第六話 顔よし頭よし性格よしの人間なんて居てたまるか。ムカつくし
「しかし、気に入らないな」
と、厳左右衛門が口を開く。
「なにがだ?」
「その赤沢と言うやつだ。
顔が良くて頭も良くてそして、性格も良い?
なんてムカつくんだ!」
「そこかよ」
厳左右衛門の言葉に俺は呆れ混じりに呟く。
「なにを言うか!
男として、顔がよくて性格が良くて頭も良い男が居たら、嫌うのは義務だ!」
「その義務があるなら、俺は実の兄と弟を嫌う必要があるな」
厳左右衛門の言葉に言う。兄貴も吉成も頭は良いし、顔も良い。
「正確に言えば、欠点のない男が嫌いと言うか憎むんだ。
お前の兄も弟も女癖が悪かったり、女運が悪かったりするじゃないか」
「否定出来ないなぁ」
我が兄弟の事だが、女癖や女運の悪さに関しては否定出来ない。
「しかも、今は弟さんは色ボケバカになっているし」
「……否定出来ない……」
俺に惚れたと言うとち狂った弟は、いまやただのバカである。
「俺は俺よりモテて、欠点がない男が嫌いだ。
と、言うかそんな男がこの世に存在するわけ無いんだ」
「……まあ、理屈は解らないでもないな」
男ではなく人間として数えれば、当たり前だ。
欠点のない人間なんてそれは、不気味だ。運動が下手だったり、我が儘だったり自信過剰だったり、勉強が苦手だったりする。
人とはそう言うふうに長所と短所を抱えているのだ。
なのに、長所しかない人間……。
なるほど、たしかにムカつくと言うよりも気に入らない。
俺も万能ではない。小さな所では、人参が嫌いだったり……まあ、わりと大きな年齢でもおねしょをしていた事だ。
何歳だったかは内緒である。
とは言え、
「だからって、あった事もない人間の悪口を言うなよ」
「うるさい。俺は自分よりモテそうな人間は嫌いなんだ」
と、俺が諫めれば心が狭い事を言う厳左右衛門。
「そう言う器の小さいところが、見下げ果てる所よ。
その程度の事も解らないの?」
薫が呆れたように言えば、
「俺は、外面だけでモテるつもりは無い。内面も見せてモテたいんだ」
「……大物なのか、小物なのかわからんな」
力一杯、元気よく宣言する厳左右衛門にフィリが呆れ混じりに言う。
正論と言えば、正論である。
たしかに、内面が屑だと言うのにそれを隠して外面だけを良くしている。そんな人間を考えると、ゾッとしないし不愉快な。
それなら、まだ厳左右衛門のような女好きのバカの方が好感が持てる。
だが、こういうのは目くそ鼻くそと言うんだろうな。
と、俺はそんな事を考えて居たら、先頭を歩いて居た正吾さんが足を止めた。
「どうしました?」
と、俺が尋ねるとそちらを見ると一人の男性が女性を数人、侍らせて真っ昼間から酒を飲んでいた。真っ昼間から酒を飲むと言う行動に俺は眉をひそめる。
俺の兄貴も女癖が悪いやつであったが、昼間から酒を飲むような男では無かった。過去形なのは、今や性欲がなくなり必要とする食事も、水と日光だけになってしまったのだ。
もはや、お前はどこかの修行僧か? と、尋ねたくなる。
話を戻して、侍らせている男性。確かに顔は良い。体格は細身のマッチョでモデルや俳優も顔負けの顔と体格。服のセンスも悪くない。と、言うか……あの服の組み合わせは、どこかで見たような気がする。
たしか、あれは……。
「ありゃ、雑誌の今、流行りの服の見本の着こなしじゃないか。
女の子受けの良いイケメン服の雑誌に載っていたぞ」
と、女にもてたいと言う努力を外面を良くすることには努力を惜しまない……内面は、相変わらず残念な(最低ではない)厳左右衛門が言う。
「けれど、あれはものすごく高いぞ。
たしか、全部揃えると十万は軽く超える」
「はあ?」
十万を超えると言われて俺は声を上げる。
そりゃ、服と言うのはよい奴と言うのは高い。ブランドとかになると、ものすごく高価な服になるだろう。とは言え、そう言う高い服をそうそう、簡単に身に着けられるか? と、聞かれたら困る。
俺なら身に着けようとはしない。それこそ、俺はまだ学生という若者だ。たかが、1着分の服に十万もお金を出せない。
せいぜい、出せて三千円程度だ。
贅沢をして五千円ぐらいだろう。
総額とはいえ、十万円。正気を疑うのは、俺がそれほど服に拘りがないと言う事を、無視しても怪しいと言うのは、間違いが無い事だろう。
「あれは……赤沢くん」
「あれが」
「なっ! 出会ったら余計に不愉快になるな」
と、断言をする厳左右衛門。
お金はある。女を侍らせて昼間から酒を飲む。
不愉快さが確かに、与えられるような人物だ。
そんな中で、会話が聞こえる。
「あはははは。それじゃ、告白したのに未だ、返事が来ないの?
相変わらずの性格が悪いわよね」
「はっ! それが、どうしたよ」
侍らしている女性、派手な化粧をしておりブランド物なのだろうが、露出が目立つ派手な服を見に纏っている。髪の毛を染め上げている女性だ。
呪いのせいか、二口女のように後頭部から口が出ており髪の毛がうねうねとしながら、料理を食べていると言う昔話を思わせる光景になっている。
そちらとは、逆の隣にいる女性は下半身がタコである。とは言え、二人ともその問題点を無視すればまちがいなく美人である。マニアックな人間なら、感涙して涎を垂らして喜んでいたかも知れない。
あいにくと、俺はそんなマニアックな趣味は無い。
だが、性格が悪いと言う言葉に俺たちは眉をひそめる。
「たしか、その可愛い子が惚れている男は自分に自信が無いんでしょ。で、その男に自分が好きだと伝えさせたんでしょ。サイテーよね」
その言葉を聞いて正吾さんが息をのんだのが解った。
俺は思わず眉をひそめる。
俺の兄貴も、大概は女癖が悪く酷いときは難股もかけていた。その結果、刀傷沙汰を引き起こしたのだがはっきり言って兄貴が悪いと俺は思う。
だが、兄貴は相手が好きで自分も付き合おうと思って付き合った。……それを、一人にまとめようとする事が出来ないのが問題なのだが、今はそれに関しては討論をしないでおこう。根本的な所で、問題点がずれる。
だが、こいつはもっと最低と言うよりも悪趣味だ。
この会話から察するに、雅美さんは実は、正吾さんの事が好きだった。つまり、二人は両片思いだったと言う事である。
おそらくだが、正吾さんが自分の外見に自信が持てずに居た事から、雅美さんからの恋愛感情に気付かなかったのだろう。
二人は、中々にくっつかない幼なじみ。と、まあ、どこかの少女漫画にでも出て来そうな話である。だが、この赤沢と言う男はそれを知って居ながら、わざわざ正吾さんに告白の伝言をさせたのである。
まあ、それだけなら悪趣味だの底意地が悪い程度ですんだ。
赤沢が言う本気で雅美さんに惚れている。それなら、逆に彼女の恋心を諦めさせようとした。と、考えたのも一つだ。その場合は、正吾さんが自分だって雅美さんが好きだと自分の思いを口にすれば、良かったのだ。
そうしなかった正吾さんに問題があると言う結論になる。
まあ、それでも趣味が悪いだろうが……。だが、今の行動を見ていると、
「それで、その子と付き合うの?」
「ああ。まあ、顔も良いし済ましているしな。
遊ぶのには良いんじゃねえの。ああいう、汚れを知らないオンナをズタボロに傷つけて男に対してトラウマを抱かせるのが最高だしよ」
「キャハハハハ。相変わらず、サイテー」
本当に最低である。
まあ、同意してそれを知ってそばに居る女も最低だ。
と、思っていると、
べちん!
腰の抜けたような殴ると言うか、叩いたと言うかそんな威力の弱い拳の音がした。
「お前……」
そこには、正吾さんが赤沢(ただし、推定)を殴っていた。
あまり、運動神経が無いために格好良く相手を殴り飛ばすことは出来なかったが、思いは込められている。ただし、赤沢にはその思いなんて伝わらないだろう。
「ふざけるな。俺に言っていた事は、全部、嘘だったのか?」
「あ? なんだよ。来ていたのかよ。
あー、つまんね。もっと、遊ぼうと思っていたのによ。つーか、あの女も告白してから顔が見えないしよ。あ、ひょっとして呪いで二目と観れない化け物になっとか?
それは、それで面白えよな」
よし、クズ野郎決定。と、俺は判断すると周囲を見渡す。そして、店員さんがおろおろとこちらを観ているので、少し会釈をして氷水が入ったコップを手にすると、
ばっしゃん! 思いっきり頭から水をぶっかけた。もちろん、赤沢さんにだ。
「あ、なにを」
と、年下の子供に喧嘩を売られて立ち上がった瞬間に胸元を掴み上げてそのまま、背負い投げてたたき落とす。女の体になったが、勢いをつければ多少は可能だ。
武術を習っていない人間なら、投げ飛ばすことは簡単だ。そのまま、相手が座っていた椅子を持ち上げると、
「ストップ」
と、そこに厳左右衛門が止めに入った。
「やり過ぎだ。お前、本気で怒ると無表情でやりすぎる癖を直せ」
厳左右衛門に言われて俺は冷静さを取り戻す。どうやら、頭に血が上っていたようだ。俺は頭に血が上ると、一見すると冷静なのだが後先のことを考えずに力を振るう悪癖があった。
中一の頃には、頭に来て窓ガラスをたたき割って先生に怒られたこともあった。念のために言うなら、それ相応に理由がある。クラスのリーダー的男子生徒が好きだった年上のお姉さんが、俺の兄貴とつきあい始めた。坊主が憎ければ袈裟まで憎いと言うのりで、兄貴の弟である俺まで恨み、クラスの連中まで巻き込み、俺へ嫌がらせを始めたのだ。
とは言え、当時から格闘技を学んでいた俺は喧嘩では負けず、そのために底意地の悪い嫌がらせめいた事をしていた。その中の一つに、教室に入れないというものだった。
当時、俺がいたクラスのドアは古びており微妙にたてつけが悪くなっていた。また、内側から簡単に鍵をかける事ができた。
俺は、武術を学んでいた影響で(師匠曰く、規則正しい生活が武術の基本)わりと朝早くに教室に来ていたが、部活はしてなかった。そのために、部活動で朝練がある人はすでに教室に居る事があった。(そもそも、部活がしている人たちがいる時間から授業に出ていたら、えらく退屈な時間を教室で長時間、すごすことになる)
その時、クラスのリーダー的存在は運動部に所属しており、俺が来るのを確認すると鍵をかける。俺以外のやつが来てあけると、鍵は開けるようにしている。
と、言う事をしていたのである。
元々、立て付けは悪いし開けるのに癖があるので証拠は無い。
言った所で、多勢に無勢だしそもそも兄貴の女癖は悪いのでそのうち、女性は振られるだろうと判断していたので我慢する事にした。
一ヶ月、俺は我慢した。そのうち、飽きるだろうと思っていたのだ。
二ヶ月、俺はまだ我慢していた。兄貴が二ヶ月も同じ女性に付き合うか? と、言う疑問を抱き始めた。
三ヶ月、俺は怒った。余談であるが、その年上のお姉さんは兄貴に恋愛感情を抱き、そして付き合い別れ今度は別の人とつきあい始めた。……つまり、そのクラスメイトはどうやら、可愛い弟程度にしか思われてなかったらしい。それでも、自分が恋愛感情を抱かれない怒りを俺でぶつけるようになったらしい。
怒った俺は、近くにあった消化器で窓ガラスをたたき割った。手で割ると、手が怪我をするかも知れないからだ。無関係の人間を巻きこまないように、俺は努めて冷静に誰も居ない……机もない場所を選んだ。
窓ガラスが割られた瞬間に、絶叫が響き渡る。俺は、窓の鍵を開けると教室に入りそのまま、掃除用具いれにあった箒とちりとりを借りて掃除を始めた。
きちんと、後片付けをするあたり俺は冷静だ。と、思っていたが当然ながら先生に怒られ、親にも説教された。とは言え、俺の言い分と事情などから、ドアの修繕が始まり(丁度、夏休み前であった)窓の修繕費を払う程度で済んだ。
その後、俺は壊れ物と言うか腫れ物扱いされたが、ドアが開かなくなる。と、言う騒動は、窓ガラスが修繕するより前から無くなって居た。
今回も俺は怒ったのである。そのため、あまりにも腹が立って椅子で相手を殴ろうとしたのだが、……なるほど、冷静になればやり過ぎだった。
俺は、冷静になって赤沢を見る。
相手は、完全に腰を抜かしていた。……冷静になって考えて見れば、今の俺は女性だ。そして、顔を隠す仮面を身に着けている。さらに、ハリセンを背負っている。
そして、学校の制服……男子用の制服を身に着けている。
男装した絶世の美少女が仮面を身に着けて、ハリセンを背負って投げ飛ばして椅子で殴ろうとしている。
……かなり怖いかも知れない。
と、俺は今さらながら思ったのだった。
だが、まったくといって良いほど後悔はしていない。




