第五話 愛とは異なもの不思議なものだ。楽しいだけが恋愛じゃない。
「え、えっと……二人とも美男美女でお似合いだと思います。
えっと、二人が付き合うのは絵になるなと思っていますし」
「……祝福できますか?」
正吾さんの言葉に薫は再度、質問を重ねる。
祝福できるか?
「そりゃ、友達が幸せになるのは喜ばしい事で……」
「心から嬉しいと思えるんですか?」
「お……思い……ます」
薫の三度目の質問に正吾さんがそう答えた瞬間、口から花が飛び出てきた。飛び出てきた花は、薄いピンク色の花だ。
「この花は、槍水仙の花ですね」
と、落ちた花を拾って言う薫。しかし、口からは名が出たとは……、
「嘘……ですか」
と、俺が言えば、
「…………」
と、今度は沈黙する正吾さん。嘘がつけなくなったが、嘘が言えないだけであり真実を語るというわけではない。無理矢理聞き出すというわけにもいかない。
そう思っていると、
「槍水仙の花言葉は、秘めた恋」
と、薫が言う。
こいつ、花言葉なんて知って居たのか? と、俺は驚く。
「さすが、薫さん。女の子らしい知性も持ち合わせているんですね」
と、厳左右衛門が言う。
ちなみにこいつも花言葉を知って居る。曰く、贈り物に花言葉の意味を持たせると女が喜ぶと言う理由である。
何時だったか、薔薇の数で意味が変わるとか偉そうに講釈をしていたのを聞いた。……聞いたそばから忘れたが……。
「花はあなたの中に秘めている真実を語ってくれるんではないんでしょうか?」
薫の言葉に正吾さんはしぶしぶと言う感じで口を開いた。
「……俺は、デブです」
「みりゃわかる」
厳左右衛門の空気を読まない発言に俺と薫が問答無用で後ろから殴って気絶させる。
伊達に武道は習っていない。安全に相手を昏倒させる手段ぐらい覚えている。
「すみません。お話を続けてください」
と、昏倒した厳左右衛門の頭を机に押し付けながら俺は言う。
謝罪をさせているようだ。……あんまり押し付けると、呼吸困難になるので適当な所で切り上げる。とりあえず、こいつはしばらくは静かだろう。
「……えっと、デブで……ついでに顔の作りも良い訳じゃ無い。頭も飛び抜けて良い訳じゃ無くて運動神経も悪い」
まあ、太っている……肥満の人間というのは体に重りをつけているようなものだ。スピードや瞬発力は邪魔だし、動きを阻害するので運動する上では邪魔だ。だから、運動神経も悪くなるだろう。
「けれど、雅美は美人でスタイルも良くて頭も良くて運動神経も良くて友達も多い。俺なんか、幼なじみで友人と言う事すらおこがましい。本来なら、そんな権利だって無いんだ。
だから、この恋心は抱いちゃだめなんだ」
まるで懺悔するように言う正吾さん。
その瞬間だった。
「バカなことを言ってんじゃないわよ! このブ男」
と、怒鳴ったのはフィリだった。
ブ男って……。お前な。
「好きになる権利がない? ふざけているの?
そっちの世界の常識や礼儀や文明とかは、知らないけれどね。
誰かが誰かを好きになるのに権利なんて必要な世界なんて無いわよ!」
どうやら、フィリは素になると女言葉が出るらしい。
鬼気迫る気迫に俺は息をのむ。
怖え。
美人が怒ると怖いと言う事が真実だというのは、兄貴の女癖の悪さで怒った女性などでこう思っていた。あれは、嘘だ。美人が怒ると醜くなる。
事実、兄貴が二股以上をかけて怒っていた場合、女性同士の言い争いとなるとそりゃ、もう醜かった。相手の髪の毛を引っ張り、猫のように爪で引っ掻きあい、のし知り合う。
パンツが見えようが、下着が見えようがスカートが捲れ上がろうがかまわない。化粧が落ちて、つけ爪が落ちてもかまわない。
猫のように取っ組み合うが、猫の喧嘩と違って可愛さの欠片もない。いや、猫の喧嘩が可愛いと言う訳では無いが……。
あの時の喧嘩は、どう考えても二股をかけていた兄貴が悪いのに、女性同士がお互いを罵倒し合っていたな。と、俺はふとそんな事を思い出す。
現実逃避をしたくなるほど、今のフィリは美しくも……恐ろしかった。
「誰かを好きになる。
それは、誰にも許された事よ。
人を好きになっちゃ行けないなんて理屈はどんな世界にも存在しない」
「……ま、同感ね」
フィリの言葉に薫が頷く。
「ついでに、あたし達の世界じゃ結婚するのに地位や権威や家柄は関係無い。
好きになっちゃいけないなんて、それこそ肉親や兄妹以外にないわよ」
「け、結婚!?」
薫の言葉に正吾さんが悲鳴じみた声を上げる。
まあ、結婚までは考えてなかったんだろうな。
「けっこんと言うと血の跡の事ですよね。
なんで、血の跡で家柄や地位の話が出てくるんですか?」
「それは、血痕」
フルーの言葉に俺はそうツッコミを入れる。
つか、何年前のギャグだ。
と、俺は呆れる。
……この世界にも結婚の概念はあるよな。と、俺が視線でフィリを見るが、フィリは正吾さんの相手に忙しいようで俺たちの会話にも耳が入っていない。
逆に目を覚ましたらしい厳左右衛門からの、フルーはどう言う知識をしているんだ? と、言う疑惑の眼差しが痛い。
そんなもん、俺も聞きたいわ!
「好きなら、好きだと言いなさいよ。
すくなくともね。両思いになれなくても、自分の中にある好きと言う気持ち。
それを嘘をつくようなやつは最低よ」
「……まあ、同感ですね」
フルーの疑問は見事にスルーして俺は口を開く。
「すくなくとも、雅美さんの思い。
それは、雅美さんの思いです。あなたが勝手に決めてはいけない」
と、俺は静かに言った。
まあ、実際にどう思っているかは解らないが……。
「けれど、僕はそこの……女性……ですかね?
彼女の言う通り、ブ男ですし」
「それは性格の事ですよ。本当は、好きなのに好きだと言わない。
自分に自身が持てないでいる人間は誰だって不細工ですよ。まっすぐと前を見据えて自分に自身を持てなければ、どんな顔や体格でも格好悪いですよ」
と、俺は言う。
これは、今は魚となった父の言葉である。
父曰く、たとえどれだけ見かけが良く顔立ちが良くても精神が本当に美しくなければ、本当に格好いいとは言えない。と、言っていた。
だからこそ、父は俺たちに何かしらの武道を教えていたのだ。
とは言え、そのわりには兄貴も吉成も自分に自身があるが、女癖が悪い。あれで、本当に精神が美しいとは思えないのだが……。
それは言わないでおくことにする。
「……まあ、これはこの状況ですぐに告白しろとは言いません」
と、俺は言う。
「それよりも、赤沢優真さんと言う人にも話を聞きたいのですが」
と、俺は言う。
少なくとも、雅美さんの呪いが精神に関与しているならば、高い確率なのは恋が関わる事である。
「あ、わかりました。赤沢の住んでいる場所なら知って居ます。
案内します」
と、正吾さんが言うと立ち上がる。
うむ。花は口から出ていない。
嘘ではないらしい。
その後、俺たちは家を出る。
「赤沢さんとはどんな人なんですか?」
少なくとも外見はよく見てきていた。
まあ、たしかに美形だ。
明るくて異性にモテモテ。とは言え、それはおそらく客観的な意見なのだろう。
「……えっと……まあ、女の子にもてていて何度も交際経験がありますよ。
けれど、雅美に恋してからはみんな別れたと言っていますよ」
「ふーん」
まあ、相手が本当に良い人かどうかは知らないが……。
調べて見る価値はあるだろう。
と、俺は思いながら赤沢さんと言う人の家へと歩き始める。
しかし、どうして俺はこうも他人の恋愛沙汰に巻きこまれるんだろうか?
兄や吉成の恋愛騒動にも巻きこまれている。なのに、俺は俺自身の恋愛の悩みを抱える事はない。……まあ、この肉体では余計に困難かもしれないが……。
それは、言わない約束である。
俺たちはそんな中で街を歩く。街と言っても、わりと近いので俺自身もこの辺は知らない。大学が近いからか、なんとなく大人が沢山、いるイメージがあるので足が遠のくのである。まあ、高校を卒業すれば基本的には大学か専門学校などに通うのだろうが……。
「それで、どうして血痕が恋愛と関わるんですか?」
「ああ。結婚は血の跡の事も言うが、それは血痕。そうじゃなくて、結婚。
夫婦になると言う約束をして、苦しいときも楽しいときも元気な時も病気の時も一生を、共に過ごします。と、言う契約をする事だ」
「もうちょっと説明の仕方はないのか?」
間違ってはないが……。と、俺の説明に厳左右衛門があきれたように言う。
「と、言うかこの世界には結婚と言う概念はないのか?」
「あるにきまっているだろうが! 失礼な」
俺の疑問にフィリが怒鳴るように言う。
「まあ、政略結婚とか望まない結婚もある。
オレの母もそうだった」
と、言う。……あの男なら確かに俺が女でも結婚はしたくないな。と、俺は思う。……今、女の体だと言うのは無視してほしい。
「だから、オレは結婚をしたくないと思っていた」
「あー」
まあ、幸せな結婚を夢見ることが出来るか? と、言うのは両親が幸せだったかにも影響を受けると言うのはどこかで聞いた覚えがある。
一般的な家族や家庭のイメージというのは、やはり幼い頃に育った環境に依存する。常識と言うのは、産まれ育った家ではぐくまれるのだ。
たとえば、俺の家では卵焼きは卵に塩だけのシンプルな品だ。だが、中には塩だけではなく、砂糖、あるいは醤油やみりんなどを入れる家もあるらしい。
おでんの具やおせちの具材……食べ物ばかりだな。と、俺はそこまで来て俺は自分に恥じる。いや、他にもあるはずなのだ。
たぶん……。当人にとって常識がその家だけと言うのもある。
そして、夫婦とか家庭のイメージというのは自分の家のイメージが強い。もちろん、こんな家は嫌だ。自分が大人になったらと言う夢想をするのもあるだろうが、嫌悪感を覚えるのも当たり前である。フィリの場合は、嫌悪感だったらしい。
父親と言うか男に対する敵対心もあるだろうが……。
「へー。そんな契約があるんですね。
初めて知りました」
と、そんな中でそんな事を言う非常識。
「お前な」
と、呆れる。つか、こいつの父親って誰なんだろう?
「あの、お父さんとお母さんとか居ないんですか?」
と、正吾さんが言う。フルーの家庭事情を知らないからこそ、尋ねられる無いようです。
「母は早くに死にました。
父は居ないんだと思います。ペガサスはきっと母に渡したんですね」
『『……ペガサス?』』
出て来た単語に俺達は思わず尋ね返す。
その時、俺はなんとなく赤ちゃんはコウノトリが運んでくるのよ。と、言う言葉を思い出した。
コウノトリ……この世界にもいるか、居ないかは知らないが俺達の世界では鳥の一種である。得に特別と言う訳では無いが、おとぎ話や寝物語の中に赤ちゃんはコウノトリが運んでくると言う話が誰が話し出したか知らないが、そう言う話がある。
他にもキャベツとか砂糖とスパイスと素敵なもので女の子は出来ると、言う有名なポエムだか詩もあるが、現実ではない。
「知らないんですか? それとも、世界が違うからでしょうか?
子供はペガサスが運んでくるんですよ」
「…………」
俺たちはフィリを見る。フィリはかくかくと首を振っている。
「……いや、まあ、五才以下の子供ぐらいにはそう言うかもな」
と、頬を引きつらせながら言うフィリ。
ようするに、俺たちの世界でも一定年齢以下の子供におしべとめしべ云々と言うのを歪曲に説明するのが難しく、そういうふうに歪曲に説明しているらしい。
コウノトリがペガサスなんて異世界だな。と、俺は思わず現実から逃避した。




