1 出逢い
少年はいきなりパトカーに保護されていた。
服を着ていなかったからだ。
呆然としながら、固まったままの少年に斎藤警部は声を掛けた。
「もしかして、あんた『人間の世界』は初めてかい?」
コロンボそっくりの顔で笑いかける齊藤に少年はこくこくうなずいた。
「しゃあねえなあ…ちょっとでかいけど、これを着なさい。」
備品の中から、何とかTシャツや靴・ズボンなどを引っ張り出して、齊藤は少年に着せていった。
「どこへ行きたいのか知らんが、万が一の時には最寄りの交番へ行って、俺に連絡しなさい。この名刺を持っていれば警官がなんとかしてくれるから。」
「あのう、交番て何?」
「その辺の人に聞けば教えてくれるから。じゃあ、ここで下せばいいんだな。」
少年が行きたそうなそぶりを示していたので、郊外の野原の近くで齊藤は降ろした。
少年は礼を言うと、てくてくと歩き始めた。
ガチャンガチャンガチャン!!
タングステン下駄改め、アダマント&ミスリル下駄は丈夫で走りやすい!とは言え、音が想定よりうるさいので、下駄の底にはラバーを貼ろう!
ちなみにアダマントは丈夫だが、タングステン以上に重い魔法金属なので、下駄の本体に使い、ミスリルはチタン並に軽い魔法金属なので、編み込んで鼻緒に使っている。丈夫さはほぼ同じなので、用途に分けて使い分けている。
そんなことを思いながら放課後ランニングをしていたら、私の「危険センサー」がぴっと反応した。鬼〇郎で言う、「〇さん、妖気だ!」と言いながら、髪の毛が立つアレである。
私が五感を研ぎ澄ませると、かなり近くで、二~三キロ以内といったところか?
私が対応した方がいい事件に反応するようで、最近は直観の精度が上がったせいか、だいたいの距離もわかるようになった。
普通は数キロとか数十キロの範囲内なのだが、時々、海を越えて反応したり、地球の裏側だったこともある。
ちなみに海を越えて数千キロの彼方で「迷子の妖精探し」をしたときにはいろんな意味で泣きそうになった。
私がガシャガシャ言わせながら、走っていくと、一〇歳くらいの少年が全長五メートルくらいある真っ黒な竜の化身に襲われているところに出くわした。
少年も人間の形を取った竜の化身のようだが、あちこちに怪我をしながら自分よりずっと大きな黒い竜を睨みつけている。
黒い竜は『邪悪な妖精か何かの分身体』のようで、実体ではないが、物質化しているので人間や竜の化身の少年にも攻撃しうるのだろう。
同族間の争いのようだが、どうみても黒竜のやり方、オーラがえぐいので、少年を助けることにした。
「シードラゴン・アダマントキック!!」
鉄下駄ならぬ、アダマント下駄を履いたまま、黒竜に飛び蹴りを食らわせると、竜はそのまま倒れ込んだ。そして私が、倒れた竜の頭の上に下駄のまま着地すると、竜の姿は急に崩れて煙となって、四散していった。
ダメージが大きかったから、実体を保てなくなったのだろう。楽ちんな相手でよかった。こんな時に「もっと強敵と戦いたい!」というアホなモンスターバスターもいるが、強敵と戦ったら『周りを巻き込む危険性がすごく高くなる』のだ。試合ならともかく、事件においては可能な限り『完封勝ち』を目指すべきである。汚いもへったくれもない。
「大丈夫?」
唖然としていた少年ににっこり微笑みかける。戦い方は少々エグかったが、ここで敵意のないことを見せておいた方がいいだろう。
「お姉さん、助けてくれてありがとう!お姉さん本当に強いんだね!」
「そう言ってくれてありがとう。怪我はないかしら?」
強さ自慢をする必要はないが、こういう褒め言葉は素直に受け取って、お礼を言った方がいい。その方が相手の心が開いて、話がしやすくなるのだ。
「怪我は大したことない。それより、お姉さんよかったら手伝って!!これからとんでもない奴を相手にしなければならないんだ!!」
「そうね、よかったら手当をするから、家に来て話をしてくれるかしら?」
……なんだか、厄介なことに巻き込まれたようだが、自分から首を突っ込んでいったのでやむを得ない。ちなみにこういう時に「手伝う」とか、即答してはいけない。必ず、詳しい事情を聞いてから冷静に判断する必要がある。
今回の場合でも少年自体は善良かもしれないが、種族抗争の場合はどちらの方が正しいと言い切れないことの方がむしろ多いからだ。今回のケースでも、少年の命が危なかったからとっさに黒竜を蹴散らかしたが、片側に肩入れしすぎて『事件の根本的解決』が遠のくことを何度も経験してきた。
「僕は『闇の皇帝竜』を倒さなくてはいけないんだ!」
家に戻り、手当が終わって、私とアルさん、遥ちゃんが見守る中、ルーリーと名乗る少年はきっぱりと言い切った。
「その前に、いろいろ聞きたいことがあるわね。あなたはそもそも、『何』で、闇の皇帝竜とどういう関係なのかしら?」
アルさんがルーリーに丁寧に質問する。勢い込んで話そうとしていた、ルーリーは深呼吸して話し始めた。
ルーリーの話をまとめるとこんな感じになるらしい。
はるか昔にこの地上で人々を助ける『光の皇帝竜』と破壊の化身である『闇の皇帝竜』との熾烈な戦いがあったらしい。
数日に及ぶ戦いは当時の文明を完全に滅ぼしてしまったという。光の皇帝竜は闇の皇帝竜に敗れたものの、絶命する際に闇の皇帝竜を封印することに成功した。
そして、光の皇帝竜はその封印が敗れた時に備え、自分の化身を再生するように最後の魔法をかけた。そして、再生した「光の皇帝竜の化身」こそがルーリーくんなのだそうだ。
さらに対になる光の皇帝竜と闇の皇帝竜は「相手が生きてるかどうか」「近くにいるかどうか」などが感覚的にわかるらしい。
その上、闇の皇帝竜は全身に魔法結界が張られていて、それを打ち破るのが非常に困難なうえ、肉体的にも非常に頑強で、その鱗を貫けるのは光の皇帝竜の創り出す、エネルギー剣くらいなのだそうだ。
そして、今回ルーリーくんが目覚めたのは昨日闇の皇帝竜の封印が解けたからなのだそうだ。
闇の皇帝竜の封印が解けたルーリーくんが自身の感覚に従って手掛かりを探していたところ、敵の眷属の「従属竜」のさらに化身が襲ってきて、危うくやられる寸前だったのだ。
「そう、だから、僕は『闇の皇帝竜』を倒さなくてはいけないんです!」
もう一度テンションを上げて言うルーリーくんに、我々は目配せをしあったあと、私が口を開いた。
「…それでは、いくつか聞いておきたいことがあるわ。
まず一点目。あなたのエネルギー剣というのはどんなものなの?」
ルーリーくんは待ってましたとばかり、気合を込めた。
するとルーリーくんの右掌にまばゆいばかりの光の件が現出した!
……彫刻刀よりちょっとだけ大きいくらいだったが……。
「……瀬利亜さん、あれなら、瀬利亜さんが直に殴った方がよっぽどよくない?」
小さな声で囁く遥ちゃんに私とアルさんはうなずかざるを得なかった。
「…それと、もう一点。ルーリーくんは闇の皇帝竜の従属竜のさらに分身たる化身に『ボロ負け』してたけど、その状態でどうやって戦うつもり?そして、もし、私たちが協力できない場合はどうするの?」
私の言葉にルーリーくんは完全に固まった。ここまで話を聞いておいて、協力しないという手はないものの、今度は『ルーリーくん抜き』で対応した方がマシかもしれないという疑惑が出てきたのだ。闇の皇帝竜の探索ならアルさんや水音さんにお願いするという選択もあるのだ。
「待って!それどういうこと!世界を滅ぼす闇の皇帝竜だよ!」
「うん、わかってるわ。でも、いくつか疑問があるの。あなたの話が全て本当だったとして、あなたが『完全な足手まとい』になるかもしれないこと。
もう一つは目覚めたはずの『世界の文明を滅ぼしかねない闇の化身』の活動報告が全く入ってこないことなの。」
「単にここから遠いところで暴れているだけじゃないの?!」
「ううん、我々は世界的なネットワークを持っていて、そんな凄まじい破壊の化身が暴れていれば、間違いなく情報が届いていないとおかしいの。ただ、どう見てもあの従属竜の化身やあなたの存在と話から闇の皇帝竜の封印は解けたことは間違いないと判断しているわ。
ただ、何らかの事情で現在『ほぼ休眠状態』に入っていると判断するのが一番適切だと感じてます。だから、まずは情報収集から始めます。動くのはその次の段階ね。」
私はルーリーの目を見つめながら言った。
「あと、光のエネルギー剣では闇の皇帝竜に届くかどうかは疑問だから、『対魔神刀・神那岐の太刀』でどれくらい対抗できるかを調べる必要があるわね。」
「ちょっと待って!なに、その何とかの太刀って?!そんなもので闇の皇帝竜をどうにかできるの?!」
アルさんの話にルーリーくんが食って掛かる。自分の存在意義が危うくなっているのだから気持ちはわからないでもない。しかし、どう見てもあの『彫刻刀』と、神那岐神社の前でちーちゃんが見せてくれた『対魔神用に増幅された神那岐の太刀』とでは威力が猫パンチとロケットパンチ位違い過ぎる。
同じく闇の皇帝竜に通用しそうな勇者の剣を持ってバネちゃんは先代勇者と一昨日旅に出たばかりだし、ちーちゃんは同じ日にバネちゃんを送った後、実家で久しぶりに家族水入らずで過ごしに戻った。
バネちゃんはいつ帰ってくるかわからないが、ちーちゃんは明日の朝には戻るはずなので、推定される闇の皇帝竜に今の神那岐の太刀がどの程度の威力があるかを「世界最高の魔法使い・大魔女リディア」であるアルさんに調べてもらう予定だ。
「まあ、とりあえず今日は疲れているようだし、ぼちぼち休みましょう。元気になったら、エネルギー剣ももう少し大きくなるんじゃないの。」
あまり厳しいことばかり言ってもかわいそうなので、ルーリーくんを少し慰めておいた。ルーリーくんは少し、しゅんとしたが、素直に従った。
「そうだ、この子服がドロドロになっていることだし、そのままお風呂に入れちゃいましょう。」
遥ちゃんがタオルを持って、ルーリーくんを風呂場へ連れて行こうとする。
「あの、『入れちゃいましょう』って、一緒に入るわけ?」
「ええ、お風呂の使い方もわからないでしょう?」
ニコニコしている遥ちゃんにルーリーくんが慌てる。
「待って!僕すごく疲れているからお風呂に入らなくていいし!」
「はい!汚れている人はベッドに入ってはいけません!」
遥ちゃんが持っている左手ではなく、私は右手をつかむことで二人で左右をがっちりと固めた。
「さあ、心も体もすっきりしてゆっくり休みましょう♪」
「助けて~!!」
しばらく石川邸のお風呂場にルーリーくんの叫び声が聞こえ続けた。




