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喜平次に十年ぶりに兄ができた。
喜平次の一人目の兄は喜平次が六つの頃に、流行り病をこじらせてあっさり死んだ。元々体が弱い兄であった。優しく穏やかな人であったが、死んだ時の兄はまだ幼かったし、病弱が影響しての性格であったかもしれないので、あの兄が無事に健康な大人になっていたとしたらどうなっていたかは喜平次にはよくわからない。
だから、新しい兄が喜平次の実の兄と似ているかについては、考えてもあまり意味がなさそうだった。
新しい兄は三郎といって、喜平次より一つ年上の、北条のせがれだった。北条が上杉との同盟の証にと送り込んできた息子で、上杉の家に入ると同時に喜平次の姉と結婚した。その時の上杉家の当主はかの有名な上杉謙信である。奥方も実子もない謙信が、甥であった喜平次を養子に取っていたところに、加えて三郎がやってきたという形で、三郎は喜平次の兄になった。
三郎は聡明で華やかな若者だった。
謙信は三郎を一目で気に入ったらしく、自分のかつての名前であった「景虎」の名を三郎に与えた。ふだん喜平次を気にかけている大人たちはそれを聞いてしばらく憤っていた。実の甥であり、先に養子になった喜平次を差し置いて、自らの名であったものを北条のせがれなどにほいほい与えるなど言語道断である、というわけである。
しかし喜平次自身はそう思わなかった。
肩の荷が降りた、と思った。
謙信は喜平次にとって、叔父や養父である以前に、手の届かない天才であった。跡を継ぐことなど想像できたことは一度もなく、あの上杉のお屋形さまが平々凡々な自分のどこを見込んで養子にしたのかわからない、とずっと思っていた。政治的な事情により仕方なく、というところが大きいのだろうと考えていたので、養父が自分の昔の名前を喜平次ではない別の若者に与えようとしていることがわかって、予想が外れていないらしいことに安心した、と言ってしまってもよいかもしれない。北条の息子に目をかけて、家督を譲る気なら、その方がありがたいと思っていた。
来たばかりの三郎にとってはどうにも間が悪いのかもしれなかったので、そんなふうに喜んでいる自分が申し訳ない気はしないでもなかったけれども。
三郎が養子に来た次の日に、謙信は喜平次と三郎が対面で話をする場を設けた。公式のものではない。うちうちの、義理の兄弟としての対面だった。
はじめて話をした三郎は、噂通りに賢そうな、飄々として明るく爽やかな若者であった。どちらかといえば根暗だという自負のある喜平次には眩しいくらいだった。
額のきれいな人だった。喜平次は記憶の中にうっすら残る、調子のよかった日の兄を思い出した。陽の下に出ることの少なかった兄の真っ白な額が、滑らかですこし三郎に似ていた気がした。
「喜平次どの」
と、三郎が言ったので、喜平次は足元に落ちるような声で返事をした。
「喜平次でいいです」
三郎は「そうか」と言った。
三郎の声は、張って話そうとすると少し高くなるところがあるようだった。聞き取りやすく、評判のよい声だろうと思った。一方の喜平次は、人よりやや低く、ときどき掠れることのある地味な声をしていた。声が小さいわけではないので聞き返されることはあまりなかったが、三郎と比べてどうにも華やかさに欠けた。
三郎はその声で明るく続けた。
「じゃあ、おれも三郎でいいよ。できるなら、もっと気楽に話してほしい。一つ違いなんて、歳の差はあってないようなものだろ」
そんなものだろうか、と思った。三郎の真意がわからない気がして身構えた。けれども三郎が自らそう言った手前、無碍にはしにくい。きっと喜平次との距離を縮めようとしてのことなのだろう。警戒しないわけではなかったが、喜平次が頑ななせいで馴染めないと思われるのも、やたらに用心して三郎と馴染む機会を逃すのもどちらも嫌だった。
「……わかった」
そう答えた声が固くなった。養父は少し離れたところから静かに眺めていた。




