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(人生って、一歩先は闇だとか。そういう言葉が東の国にあったわね)
あまりの怒涛の展開に放心状態のソフィアは、おんやりと学生の頃の文学の授業で習った偉人の言葉を思い出す。
そんなこんなでブライスの執務室に、いつものように郵便物を届けに訪ねてからおおよそ3時間後。
ソフィアは王家の紋章がこれでもかとデカデカ入った馬車に、乗せられていた。
人目につかないよう大急ぎで馬車に乗り込んだはいいが、隣には月光の女神のような美しい貴人であるブライスと密着した上、ちょっと見たこともないほどの豪華な絹のソファと金のインテリアの馬車に呆然としてしまったソフィアは、今朝からの怒涛の展開に心がついていかない。
「お母さん一度でいいからああいう布張りの馬車に乗ってみたいわー!」
子爵家ではいつも剥き出しの木の板の馬車で移動していたのだ。
乗り心地最悪の実家の馬車で移動の際に、布張りの馬車を見つけるたびに母が大騒ぎしていたのを思い出す。
(えっと、ちょっと心が追いつかないわ。今起こっている事を整理してみよう。この布張りどころか絹張りの馬車は王家の馬車で、先ほどお会いしたのは王太子のレイ殿下で、それから私は、名前すら覚えていただいていなかったのに、ブライス所長のご自宅にしばらく同居・・一体全体何がおこっているのか、頭では理解できても、心の方の消化が全くできないわ・・)
ガタガタとした揺れすらもない馬車に揺られながら、ぼんやりと今日の出来事を振り返る。
これからしばらくブライスと密着したまま暮らす必要があると告げられた後、せめて自分が巻き込まれこんな目にあっている大切な法案とやらが何なのかを説明してくれとレイに懇願したソフィアに、レイの答えは実に以外なものだった。
「ああ、そうだね。法律の内容は機密ではあるけれど、このような事態に巻き込んでしまったマーレ子爵令嬢には知る権利があるだろう。これは貴族だけが独占してきた高位魔術教育・魔道具・魔法資格を、平民にも開放する法案だ」
「え・・ウソでしょう!! そ、そんな夢のような法律が立案できるなど可能なのでしょうか?」
ソフィアはあまりに以外な回答に、度肝を抜かれてしまった。
何やら画期的な魔法法案が立案されるという事はなんとなく噂に聞いていたが、まさか王族といういわば貴族の特権階級のその頂点に君臨する王太子の提案が、まさかその魔法特権を取り払うものであるとは。
ブライスが続けた。
「そもそも身分の低い平民には高度な魔法制御が難しいから、教育もしない・魔道具も使わせない・魔法も使わせない、という今までの理屈がおかしいんだよ。血統ではなく教育と環境で魔法なんてなんとでもなる。この法案が通って才能ある平民達に魔法教育を受ける機会を設ける事ができれば、この国の魔法学は飛躍的に発展する」
ヘラヘラとブライスはそう言って笑う。
「あの、貴族議員の皆様がその法案に賛成するでしょうか・・」
「うーん、全員からは賛成されないだろうね。現に法律の草案を考えた僕は、僕を目障りだという連中に一度殺されかけたよ」
グレースもブライスの毒殺未遂については報道で知っている。
そのヘラヘラと軽いブライスの笑顔の裏で一体どのような修羅場があったのか、背筋が寒くなる。
レイがため息をついた。
「このままではいけない事は貴族議員もみな分かっている。隣国では今まで女性が入る事のできなかった魔法軍に、女性にも門戸を開かれる案が通ったし、北の大国でも今まで貴族しか登用が許されなかった竜遣いは、平民でも登用される事になった。
我が国の魔法学の将来を思えば、改革の時の鐘は鳴っているんだ。それを今立案させる事ができるかで、この国の将来の魔法学の風向きは変わる。私はこの国を統べる王太子の名にかけて、必ずこの法案の立法化を果たさなくてはならない」
「そう。反論を理論的に叩きのめす為に、魔力の総量と血統の相関関係を証明したり、膨大な参考資料を整えるのが本当に大変なんだよ」
そしてレイは真剣な顔をしてソフィアに向き合った。
「・・もし地方で魔術師がいない地域で災害がおこっても、たった一人でも簡単な結界魔法が使える人物がいたら、どれほどの国民の命が救えるか・・この法案の立法化は次代の王としての私の悲願だ。マーレ子爵令嬢、君には迷惑をかけて申し訳ないが、どうかこの国の未来の為に、協力してほしい」
レイはそう言うと、深々とソフィアに頭を下げた。
「ど、どうか頭をあげてください王太子殿下!! そ、そんな素晴らしい法案であれば、私も是非立法化してほしいです。私なんかでご協力できる事があれば、協力させていただきます、どうか!」
ソフィアの現在の窮状も元の原因はといえば、子爵領の洪水の被害だ。
結界魔法をソフィアの子爵領で使える人間は、父である子爵のみ。
貴族以外は魔法の教育機会すら与えられていない。
住宅地は結界魔法の被害から逃れる事ができたが、農作地帯や橋などは結界がおよばず、結果領地に甚大な被害が出てしまったのだ。
そうまでレイに言われてしまっては、ソフィアは覚悟を決めて、これからの生活を受け入れるしかない。
手がぴったり引っ付いてしまっているため、恋人のようにソフィアの隣に座ったブライスは、心配とパニックで吐きそうに青い顔をしたソフィアに向かって、おおらかに笑った。
「レイが解呪を約束してくれているし、大丈夫だよソニア! そこまで悲壮な顔になる事はないよハハハ」
「ハハハ・・・ソフィア、です。ハハハ・・」
ブライスはヘラヘラと本当に何も気にしていない様子だがソフィアはというと、もう馬車の豪華さと、これからの不安と、それから異性耐性ゼロのソフィアの隣に密着して座っている美しいブライスの体温で、心がゴリゴリに削れて頭と心が上手く働かない。
(一体これからどうなるのかしら・・・)




