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(こ、ここは・・)
目をまわしてぼろぼろのソフィアが、ようやく痛む頭と、目眩を抑えて辺りをみわたすと、いつのまにかマホガニーの最高級の家具に囲まれた重厚な部屋にたどり着いていた。
どうやら転移魔法を発動されたらしい。
ぐわんぐわんと回る景色のソフィアの後ろで、誰かの会話が聞こえてきた。
「ブブブブライス様ではありませんか! 転移魔法でこの部屋までお越しになるなど、失礼千万ですぞ! 前触れをよこして頂きたいと何度もいっておるではありませんか!!」
「やあセバスチャン、久しぶりだね。レイ、元気か。とりあえず人払いしてくれないか」
「ああブライス、相変わらずだな。 急に一体どうした。来る時は一言くらい先触れを出せと言ったはずだが・・まあいい。皆、退出してくれ」
部屋に10人ほどはいただろうか、控えていた人々が、ぞろぞろと部屋を退出してゆく足音が聞こえる。
ソフィアはまだ目眩がして頭を起こす事もできないが、おそらくブライスの知人の魔術師の研究室なのだろう。
ブライスのあっけらかんとした声が聞こえる。
「ああ、そうだった。ごめんごめん。でも緊急だったんだよ今回は本当に」
「そういってブライス様、この間この部屋に転移魔法を発動させた時は拾った子猫の飼い主を探してておられたではないですか。レイ様をそのような事で煩わせるような事はもうなさらないでほしいと申し上げたはずです」
「ああ、あの時はありがとうな! セバスチャンのおかげで宰相のお嬢さんが飼ってくれたよな」
ようやく焦点の合ってきたソフィアの目に、ブライスが金色の肩まできっちり切り揃えられた髪をぐしゃぐしゃと掻いて、へらへらと笑っている笑顔が写った。
(本当にかわいいのよね、ブライス様の笑顔。この部屋の持ち主の魔術師様の方も、ブライス様の笑顔で色々許してしまうのよね・・きっと。今までも相当迷惑を掛けられているのが雰囲気で良くわかるわ・・)
ようやくソフィアの目眩が収まると、すこしずつ目の焦点が合ってきた。
部屋の持ち主らしい男と、その男の執事であるらしい壮年の小柄な男性の顔が少しずつ見えてくる。
小柄な男の隣に立っていたのは、真っ直ぐな銀の長い髪、魔術師にしては高身長である、氷のように冷たい青い目をした美しいお方。
この国でこの貴人の姿を知らぬものなどだれもいないだろう。
ソフィアはあごが外れるほど驚いて、言葉がでてこない。
(うそでしょう、このお方は王太子のレイ・アッシュホールド殿下!!)
つまり見慣れぬ最高級品の家具で囲まれたこの部屋は、魔術師の研究室などではない。
この国で最も尊い貴人の一人である王太子殿下その人の執務室という訳だ。
そんな所に前触れもなく転移魔法で飛んで許される人間など、この王国におそらくは片手に余るほどだろう。
驚きのあまり固まっているソフィアに、そんな王太子であるレイはようやくブライスの隣にいる、いろんな液体でずぶ濡れの女がいる事に気がついたらしい。
二人の手がぴったりと離れない所を目を丸くして見ると、言った。
「えっと・・・ブライス、お前に急に恋人が出来たとかそういう話しではなさそうだな。 こちらのご令嬢は?」
「ああ。この子は・・えっとなんだったっけかな、名前。研究所の事務補佐の娘だよ。所でこれを見てみろ」
ぐいっとソフィアと引っ付いて離れない手をブライスはレイに見せると、レイはぎょっとした表情をした。
セバスチャンが急いで机の引き出しから持ってきた片眼鏡取り出して着けて、しげしげとソフィアとひっついて離れない手に目を近づけて見て、言った。
「・・・これはずいぶんと複雑な呪いがかかっている。私も見たことがない。一体なんだこれは。どうやって発動した?」
「さっき研究室で僕宛ての手紙に仕込まれていた爆発物が爆発して、それで、防御魔法を発動させてる最中に間違えて踏んだコレが発動したんだ。
呪いの内容は、今のところ分かっているのは一定の時間一定の距離からこの術式の掛かった人間同士が離れると強制力が発動して、もう一人の術式のかかった人間の体に呼び戻されて離れられなくなる・・という所だ。この前調査に行った時に泉の下からでてきた古代遺跡の太古の古代呪術だよ」
そう言って手にしていた青く発動した魔法陣の描かれた紙を見せた。
「お前、あの遺跡の太古の古代呪術を復活させたのか?? すごいな、だが一体どうやって?? これは一筋縄ではいかない・・」
「だろう? 発動条件はよくわからない。この魔法陣を踏んだ時に爆発があったから、防御魔法をこの子と僕に施したんだ。それと同時に近くで積んでた4種類ほどのポーションが一緒に落ちて来て、二人とも頭からかぶった。
それらが複雑に反応しあって、重なり合って発動したみたいだけど・・・このままじゃちょっと不便だろう? 呪術に関しては宮廷魔術学校の学生時代からレイの方が僕より成績は良かったし、多分レイがこの国で一番詳しいから、なんとかレイの方で解呪ができないかと思ってね」
「ああ、4年も飛び級しているお前に全教科で首席をもっていかれて、私は立場がなかったよ。呪術まで抜かれたら私の王族としての資質まで問われる所だった」
それだけ言うと、もうブライスの話しなど聞いちゃいないとばかりにブツブツとレイは解析を始めた。
レイはもちろん、この国では王族はその立場上、この国で常に最高の呪術の能力と知識を幼い頃から叩き込まれるのだ。
レイはしばらくじっくりと魔法陣と2人の手を観察をして、ふーん、と大きなため息をつき、片眼鏡を外して言った。
「ブライス。あの古代遺跡の発掘は王家の方針で、実際の発掘も私が責任者として指揮を取ったものだ。この呪いは私が責任を持って解呪にかかろう。約束する。
・・・だが、タイミングが悪い。この重要な新魔法法案の立法のタイミングでこの太古の呪いが草案の立案者のおまえに発動した事が知られると、折角法律の立案に賛成に同意してくれた貴族議員達が怖気づいて厄介な事になる。解呪の方法が判明するまで、悪いが二人とも人目につかない所で静かに暮らしていてくれ」




