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見えない彼女と、見えてない俺  作者: ニィギンヤ


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4/4

見えていなかったのは、俺の方

まず、冷静に状況を整理しよう。


⸻


 俺の目の前では今、


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 犬がいる。


⸻


 これは見える。


⸻


 問題ない。


⸻


 非常に分かりやすい存在だ。


⸻


 ありがたい。


⸻


 そしてその犬は。


⸻


 何もない空間と遊んでいる。


⸻


 ここから急に難易度が上がる。


⸻


 だが、事実である。


⸻


 そして綾瀬は。


⸻


 その様子を見て、満足そうに頷いている。


⸻


 つまり。


⸻


 この場にいる全員が納得しているのは俺以外である。


⸻


 これは非常にまずい。


⸻


 孤立である。


⸻


 精神的に。


⸻


「……あのさ」


⸻


 俺は言う。


⸻


 もう逃げない。


⸻


 逃げたところでどうにもならない。


⸻


 ここまで来たら、真実を知るしかない。


⸻


「それ、ちゃんと説明してくれ」


⸻


 綾瀬を見る。


⸻


 真っ直ぐに。


⸻


 すると。


⸻


 綾瀬は少しだけ考えて。


⸻


 それから。


⸻


 いつも通りの無表情で言った。


⸻


「……普通に猫」


⸻


 ——。


⸻


 ……はい?


⸻


「……猫?」


⸻


 聞き返す。


⸻


 確認のために。


⸻


 重要なプロセスである。


⸻


「うん」


⸻


 頷く。


⸻


 当然のように。


⸻


 いや待て。


⸻


 おかしい。


⸻


 色々とおかしい。


⸻


「いや、いないけど」


⸻


 事実を述べる。


⸻


 俺の視界には、猫など存在しない。


⸻


 犬はいる。


⸻


 だが猫はいない。


⸻


 断言できる。


⸻


 これはもう、自信を持って言える。


⸻


「いる」


⸻


 綾瀬は言う。


⸻


 断言する。


⸻


 強い。


⸻


 相変わらず無駄に強い。


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 だが今回は違う。


⸻


 こちらにも、根拠がある。


⸻


「いや、見えてないって」


⸻


「見えないだけ」


⸻


 その通りである。


⸻


 その通りなのだが。


⸻


 納得できるかどうかは別問題だ。


⸻


 その時。


⸻


 綾瀬が、俺の方に一歩近づいた。


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 珍しい。


⸻


 かなり珍しい。


⸻


 そして。


⸻


 手を伸ばす。


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 俺の顔に。


⸻


 正確には。


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 俺の目の前に。


⸻


「……ちょっと待て」


⸻


 嫌な予感がする。


⸻


 非常に。


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 だが、止める前に。


⸻


 綾瀬は、俺の目の前で。


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 何かを掴んだ。


⸻


 いや。


⸻


 “何かを外した”。


⸻


 次の瞬間。


⸻


 世界が、変わった。


⸻


 ——いた。


⸻


 猫が。


⸻


 普通に。


⸻


 めちゃくちゃ普通に。


⸻


 そこにいた。


⸻


 俺の足元に。


⸻


 さっきまで“何もなかったはずの場所”に。


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 黒い猫が、いる。


⸻


 尻尾を揺らして。


⸻


 犬とじゃれている。


⸻


 めちゃくちゃ楽しそうに。


⸻


「……は?」


⸻


 声が出る。


⸻


 当然だ。


⸻


 出ない方がおかしい。


⸻


「見えた?」


⸻


 綾瀬が言う。


⸻


 少しだけ。


⸻


 ほんの少しだけ。


⸻


 楽しそうに。


⸻


「いや、ちょっと待て」


⸻


 思考が追いつかない。


⸻


 情報が多すぎる。


⸻


 だが、一つだけ確かなことがある。


⸻


 俺はさっきまで、


⸻


 この猫を認識できていなかった。


⸻


 完全に。


⸻


 綺麗さっぱり。


⸻


 存在ごと。


⸻


「……なんだこれ」


⸻


 呟く。


⸻


 自分でも分かるくらい、混乱している。


⸻


 綾瀬は、あっさり答えた。


⸻


「フィルター」


⸻


 短い。


⸻


 相変わらず短い。


⸻


 だが今回は。


⸻


 致命的に説明不足である。


⸻


「いや意味分かんないけど」


⸻


 当然のツッコミ。


⸻


 しかし。


⸻


 綾瀬は少しだけ考えて。


⸻


 そして。


⸻


「……動物、苦手でしょ」


⸻


 言った。


⸻


 静かに。


⸻


「え」


⸻


 止まる。


⸻


 思考が。


⸻


「小さい頃、噛まれてた」


⸻


 続ける。


⸻


 記憶が、蘇る。


⸻


 確かに。


⸻


 あった。


⸻


 そんなことが。


⸻


 昔。


⸻


 かなり昔。


⸻


「だから、見えなくしてた」


⸻


 ——。


⸻


 ……いや。


⸻


 待て。


⸻


 待て待て待て。


⸻


 おかしい。


⸻


 色々とおかしい。


⸻


「なんでそんなことできるんだよ」


⸻


 至極まっとうな疑問である。


⸻


「……なんとなく」


⸻


 終わった。


⸻


 説明が終わった。


⸻


 雑すぎる。


⸻


 だが。


⸻


 ここで重要なのはそこではない。


⸻


 問題は。


⸻


 俺が今まで“存在するものを認識できていなかった”という事実である。


⸻


 つまり。


⸻


 幽霊でもなんでもなかった。


⸻


 普通に。


⸻


 ただの。


⸻


 猫だった。


⸻


 しかも。


⸻


 めちゃくちゃ人懐っこい。


⸻


 今も。


⸻


 俺の足元に来て。


⸻


 すり寄ってきている。


⸻


 普通に。


⸻


 めちゃくちゃ普通に。


⸻


「……かわいいな」


⸻


 思わず呟く。


⸻


 本音である。


⸻


 完全に。


⸻


 その瞬間。


⸻


 綾瀬が、ほんの少しだけ目を細めた。


⸻


 嬉しそうに。


⸻


 分かりにくいが。


⸻


 確実に。


⸻


「……でしょ」


⸻


 短く言う。


⸻


 それだけ。


⸻


 それだけなのに。


⸻


 さっきまでの恐怖が、全部どうでもよくなるくらいには。


⸻


 破壊力があった。


⸻


 そして。


⸻


 ここで一つ、問題が発生する。


⸻


「……これ、戻るのか?」


⸻


 恐る恐る聞く。


⸻


 視界の話だ。


⸻


 猫が見える状態。


⸻


 これが続くのかどうか。


⸻


 綾瀬は少し考えて。


⸻


「……たぶん」


⸻


 曖昧である。


⸻


 非常に曖昧である。


⸻


 だが。


⸻


 まあいい。


⸻


 もういい。


⸻


 ここまで来たら。


⸻


 どうでもいい。


⸻


 猫は可愛いし。


⸻


 犬もいるし。


⸻


 そして。


⸻


 綾瀬は、隣にいる。


⸻


 いつも通り無表情で。


⸻


 でも。


⸻


 少しだけ距離が近い。


⸻


 気がする。


⸻


 たぶん。


⸻


 そして。


⸻


 俺は思う。


⸻


 結局のところ。


⸻


 見えていなかったのは。


⸻


 猫じゃない。


⸻


 “何か”でもない。


⸻


 きっと。


⸻


 俺の方だったんだろうな、と。


⸻


 ……いやまあ。


⸻


 普通にフィルターのせいなんだけど。


⸻


 そこはそれでいい。


⸻


 雰囲気である。


⸻


 大事なのは雰囲気だ。


⸻


 たぶん。


⸻


 そんなわけで。


⸻


 これは恋愛の話である。


⸻


 たぶん。


⸻


 かなり怪しいけど。


⸻


 少なくとも。


⸻


 俺はもう。


⸻


 綾瀬と、


⸻


 この猫と、


⸻


 たまに来る犬と、


⸻


 関わらずにはいられない。


⸻


 そんな気がしている。


⸻


 理由は分からない。


⸻


 でも。


⸻


 まあ。


⸻


 悪くない。


⸻


 たぶん。

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