第90話 共闘
黒衣の男が立ちはだかる。
左右には研究区画へ続く隔壁。
天井は高く、幅も十分にある。
先程までの閉所とは違う。
剣を振るうには申し分ない空間だった。
終司は静かに刀へ手を添える。
鯉口を切る音が響いた。
男が鼻で笑う。
「ようやく抜くか」
その刃が鞘から滑り出る。
銀色の刀身が白い照明を反射した。
前回は空間の狭さゆえに抜けなかった。
だが今は違う。
何より、この空間では魔法を封じられている。
斬撃で術式を破壊してしまう警戒も、する意味はなくなった。
男がゆっくり構える。
「いいだろう」
仮面の奥から殺気が溢れる。
「ならば見せてみろ」
次の瞬間。
床が砕け、男の姿が消えた。
「――ッ!」
終司は一歩踏み込んだ。
轟音。
終司の刀と男の拳が激突した。
常人相手なら、腕ごと斬り飛ばしている。
だが、この男は違う。
拳を振るう度に空気が唸り、刀身に伝わる衝撃は鋼鉄の塊でも叩きつけられたかのようだった。
「ッ――!」
終司は力を受け流しながら横へ流れる。
正面から受けるべき相手じゃない。
その瞬間、男の死角へ回り込んだエリューシアが鋭い蹴りを放った。
側頭部狙い。
男は腕で受ける。
だが、その対応は一瞬遅れた。
終司の攻撃に意識を割かれていたからだ。
衝撃で体勢が崩れる。
そこへ終司が踏み込む。
斬撃。
男が身を捻り、避ける。
だが避けた先にはエリューシアがいる。
掌底を叩き込んだ。
腹部へ直撃し、男が後退した。
終司は一瞬だけ目を細める。
打ち合わせはしていない。
合図も無い。
それなのに、不自然なほど噛み合う。
まるで最初からそこへいることが分かっていたみたいに。
男も同じことを感じたらしい。
距離を取りながら低く呟く。
「面白い」
直後、再び踏み込んでくる。
速い。
終司は刀を振るうが、男は避ける。
そのまま懐へ潜り込もうとした瞬間――。
横からエリューシアの蹴りが飛んだ。
男は咄嗟に身を引く。
蹴りは空を切った。
だが、それで十分だった。
終司が追撃する時間が生まれる。
刀が閃く。
男は腕で受け、血が散った。
浅い。
だが初めてまともに傷を与えた。
「……ほう」
男が後退する。
傷口を見下ろす。
終司は構えを崩さない。
隣ではエリューシアも静かに呼吸を整えていた。
「大丈夫か?」
「はい」
短い返答。
それだけで十分だった。
終司は再び前へ出る。
男も迎え撃つ。
三人の攻防はさらに激しさを増していく。
戦いながら終司は感じていた。
やりやすい。
異常なほどに。
ラルスと組んだ時とは明らかに違う。
エリューシアは不思議だった。
必要な場所にいるのだ。
終司が欲しいと思ったその瞬間に。
自然と、当たり前に。
男が拳を振るう。
終司はそれを避ける。
その瞬間には、エリューシアが背後へ回っている。
男が振り向き、それを終司が追う。
男に逃げ場は無い。
「終司さん」
不意にエリューシアが言う。
説明は無い。
だが、終司はエリューシアの視線で反射的に動いた。
右へ踏み込む。
直後、男の拳が通過する。
そして、その拳が伸び切った瞬間。
エリューシアの回し蹴りが炸裂した。
轟音。
男が吹き飛び、壁へと叩き付けられた。
「……」
終司は少しだけ驚いた。
何故自分は迷わなかったのか。
考える暇も無い。
男が立ち上がる。
口元から血を流しながら。
笑っていた。
「なるほど」
仮面の奥から声が漏れる。
「魔法使いにしておくのは惜しいな」
終司へと笑みを浮かべた後、エリューシアを見る。
その視線は相変わらず冷たかった。
男が再び突撃する。
今度はエリューシアを狙った。
終司が割り込み、刀が閃く。
男がそれを受けた。
キィンという金属音が響き、そこにエリューシアが踏み込む。
膝蹴り。
肘打ち。
掌打。
流れるような連撃。
男が初めて明確に押し込まれる。
「……っ」
終司はその様子を見ながら考える。
強い。
やはりエリューシアは強い。
魔法が使えなくなっても、特級序列一位は伊達ではない。
もっとも、それは男も同じだった。
傷は増えているが、倒れない。
決定打にならない。
男が後退する。
荒い呼吸だが、戦意は衰えていない。
終司も呼吸を整える。
額を汗が流れた。
戦況は拮抗している。
押されてはいない。
だが、押し切れもしない。
そして、男もそれを理解しているらしかった。
「お前たち、思った以上だ」
「こっちは二人だ。いい加減諦めたらどうだ?」
終司は刀を構える。
男はゆっくりと拳を握った。
「抜かせ」
その瞬間、空気が変わる。
男はまだ何かを隠している。
早く地上へと焦る気持ちを抑えつつ、終司は奥歯をギリと噛み締めた。




