第60話 残りの二人
病室に穏やかな空気が満ちる。
ようやく、ひとつの区切りが見えた。
そんな空気の中で、終司はふと思い出したように口を開く。
「……そういえば、財前たちの様子も見ておきたいな」
その言葉に、リトリがすぐに反応する。
「あ、二人なら上のフロアだよ」
ベッド脇の椅子に座ったまま、天井を指差す。
「容態は安定してるし、普通に話もできるはず」
「そうか」
終司は壁から背を離した。
「なら、ちょっと顔を出してくる」
「私も行きましょうかー?」
「いや、俺一人でいい」
旭を手で制しながら終司は言う。
「終司くん」
リトリがひらひらと手を振る。
「二人とも元気だから、あんまり深刻に考えなくて大丈夫だよ」
「それは安心した」
ラルスがベッドの上から口を挟む。
「元気すぎてうるせぇのも困りもんだと思うがなぁ」
「ラルス先輩が言うと説得力ありますねー」
軽口を背に受けながら、終司は病室を後にした。
◇
階段を上り、ひとつ上のフロアへ。
遠くから聞こえるのは、学術祭準備のざわめき。
医療棟の中ですら、学院全体を包む熱気は感じられる。
教えられた部屋の前で立ち止まり、軽くノックする。
「空いてるっすよー」
元気な声が返ってきた。
扉を開けると、そこには二つのベッドが並んでいた。
一方には財前。
もう一方にはラスティ。
二人とも起き上がっており、見た目にもだいぶ落ち着いている。
「おっ」
財前が目を見開く。
「確か、旭ちゃんの知り合いの人、っすよね?」
「ああ」
終司が片手を上げる。
「二人とも元気そうで何よりだ」
「それはこっちの台詞だと思うのだけれ……ですけど」
「無理に敬語は使わなくていい。高等部三年なら、俺と歳も同じだろうし」
「え、あなた私と同じ歳なの……?」
「その反応が一番失礼だと思うが……」
「ご、ごめんなさい」
ラスティが苦笑する。
「事件の方は解決したんすよね? リトリさんから一通り話は聞いたっすよ!」
財前が嬉しそうに身を乗り出した。
「ああ、一応な。旭のお姉さんもさっき目を覚ましたところだよ」
その一言に、二人の表情がぱっと明るくなる。
「良かったわ……!」
「良かったっす!」
終司は窓際に立ち、腕を組む。
「君たちの記憶も魔力も、そのうち戻る見込みらしい」
財前の表情がほころぶ。
「本当っすか!?」
「可能性は高いと思う」
終司が頷く。
ラスティもほっとしたように息を吐いた。
「それなら安心、ね」
「正直、戻らなかったらどうしようかと思ってたっす」
財前が大げさに肩を震わせる。
「その割には元気そうだな」
「こういう時は、元気で乗り切るのが取り柄っすからね」
胸を張る財前に、ラスティが呆れたように肩をすくめた。
「正直、彼のこういうところを見てると気落ちしなくて助かるのよね……」
終司は小さく笑ってから、少しだけ真面目な表情になる。
「……それと、今日は見舞いだけじゃないんだ」
「え?」
財前が首を傾げる。
終司は二人をまっすぐ見た。
「正直、俺はまだ君たちのことをよく知らない」
財前とラスティが顔を見合わせる。
「今回の件で色々あったし、落ち着いてからで構わない」
静かな口調で続ける。
「記憶が戻ったら、改めて君たちのことを聞かせてほしい」
「私たちのことを?」
ラスティが意外そうに目を瞬かせる。
「ああ、お願い出来るか?」
少しの沈黙。
それから、財前の顔に満面の笑みが広がった。
「もちろんっす!」
即答だった。
「私も構わないわ」
ラスティも穏やかに微笑む。
「記憶が戻ったら、改めてゆっくり話しましょう」
「その時は、そっちの話も聞かせて欲しいっす!」
財前が目を輝かせる。
「分かった。約束するよ」
終司は苦笑する。
まだ出会って間もない。
それでもこうして自然に笑い合えるのは、悪くない。
「約束っすよ!」
「楽しみにしてるわ」
二人の表情には、もう不安の色はほとんどない。
記憶を失い、魔力を奪われたとは思えないほど、調子を取り戻している。
その様子に、終司もようやく本当に安堵した。
「安心した」
終司は短くそう言った。
「また来るよ」
「はいっ!」
「いつでもどうぞ」
背後から明るい声が返ってくる。
終司は軽く手を上げ、そのまま病室を後にした。
静かに扉が閉まる。
「……さて」
まだ夜までは時間がある。
夕緋も、財前たちも無事だった。
ようやく肩の力を抜ける気がする。
終司は窓の外を眺め、小さく息を吐いた。
「少し、学院を見て回るか」
そう呟き、学術祭の準備に沸く学院の中へと静かに歩き出した。




