第31話 今後の方針
学院長室の扉が閉まる。
張り詰めていた空気が、ようやくほどけた。
「……はぁ」
旭が小さく息を吐く。
「緊張しました……」
「ふふ、顔に出てたよ」
リトリがくすっと笑う。
「あはは、ですよねー……」
少し罰の悪そうな顔をする旭。
「それで」
終司が口を開く。
空気が少し締まる。
「皆に聞いておきたいことがある」
「はい」
エリューシアが頷く。
「クエトについて、知っていることを全部教えてくれ」
一瞬、三人の視線が揃う。
「……どういう意味ですか?」
エリューシアが聞き返す。
「そのままの意味だよ」
終司は肩を軽く回す。
「あの人の"像"がどうにも定まらなくてな」
一拍。
「なるほど……」
リトリが小さく頷く。
「じゃあ、私からいい?」
「頼む」
「クエト先生は、聖堂の管理と運営をメインにしてるよ。生徒の相談に乗ることも多いかな」
「評判は?」
「悪くない」
少しだけ間を置く。
「むしろ、良い方じゃないかな」
「……そうか」
「優しいし、ちゃんと話聞いてくれるし。ただ――」
言葉が一瞬止まる。
「ただ?」
「ちょっと、踏み込みすぎる時があるかな」
「踏み込みすぎる?」
「うん」
リトリは少し考えるように視線を落とす。
「本人は寄り添ってるつもりなんだろうけど……気付いたら、相手の考えを誘導してる感じ」
終司は何も言わない。
「もちろん強制じゃないよ? あくまで本人が選んだ形にしてるし。だけど」
「けど?」
「選ばせ方が上手い」
静かな評価だった。
「なるほどな」
「じゃあ、次はシアちゃんかな?」
「私は学生会での接点が主ですね」
淡々とした声。
「聖堂の管理責任者としての報告や、生徒の出入りの確認で話すことがある程度です」
「変わったところは?」
「……特にありません」
一拍。
「ですが、隙がない印象はあります」
「隙がない、か」
「はい」
わずかに目を細める。
「感情の起伏が非常に少なく、常に一定です。今回の件に関しても、あまり動揺が見られなかったのが気になりますね」
「確かに、魔力を失っている話をしていた時の様子は落ち着いていたな……」
「はい」
「旭は?」
「え、あ、はい……!」
少し慌てて姿勢を正す。
「クエト先生は……優しい先生です」
「ああ」
「私がお姉ちゃんのことで相談した時も、ちゃんと話聞いてくれて……」
言葉が少し弱くなる。
「安心させてくれる、というか……だから、その……」
少しだけ迷ってから、
「悪い人には、思えないです」
正直な答えだった。
「……だろうな」
終司は小さく頷く。
「優しくて、信用されていて、立場もある」
一つずつ並べる。
「客観的に見れば見るほど、事件とはまるで関係なく思えてくるな」
「学院の生徒からの信頼は相当厚いよ?」
リトリが言う。
「分かってる」
終司は軽く肩をすくめる。
「実際どうであれ、何か知ってる可能性は高い」
「それを素直に教えてくださるかは、少し疑問が残りますけどね」
エリューシアが言う。
「それは、何故だ?」
「クエト先生がレナルス教の司祭だからですよ」
「レナルス教って、そこまで影響力あるんですか……?」
旭がぽつりと呟く。
「あるよ」
リトリがあっさり返す。
「それも、かなりね」
「そんなに、ですか?」
「うん」
一拍。
「そもそも学院とは考え方が違うんだよ」
「考え方……?」
旭が首を傾げる。
「レナルス教にとって、魔法は"神聖なもの"なんです」
エリューシアが静かに口を開く。
「神に選ばれた者のみが扱うことを許された"聖技"」
そのまま続ける。
「血筋によって継がれるべきものであり、それ以外の者が扱うことは、本来許されてはいません」
「え……じゃあ……」
「第二世代の魔法使いは、彼らにしてみれば本来邪道」
淡々と告げる。
「後天的に魔法を扱えるようになった存在は、彼らの教義からすれば"逸脱"に近い」
旭の表情がわずかに強張る。
「……じゃあ、私たちのこと」
「好ましくは思っていないと思います」
はっきりと言う。
「ただし」
一拍。
「完全に敵対しているわけではありません」
「え?」
「第二世代は既に生まれてしまった。それを制御できない以上、放置する方が危険です」
「だから学院が管理する」
終司が口を挟む。
「はい」
エリューシアが頷く。
「学院が魔法使いを育成し、管理するのであればそれを見定める必要がある」
「……つまり、レナルス教の学院での役割は監視ってことになるね」
「その一環として、学院内に聖堂が設置され、祭司が常駐しています」
「クエト先生……あんなに優しいのに」
旭が小さく呟く。
「そういう立場の人間、ってことか」
終司が軽く息を吐く。
「単なる教師ではないわけだ」
「はい。レナルス教の意志を、間接的に学院に持ち込む立場です」
「……学院も強く出れないわけだよね」
リトリが肩をすくめる。
「下手に突っついて宗教問題に発展したら、それこそ大騒ぎになっちゃう」
「そういうことです」
空気が、少しだけ重くなる。
「……でも」
旭が小さく言う。
「だからって、今回のことが見過ごされていい理由にはならないですよね?」
「ならない」
終司が即答する。
一切の迷いがなかった。
「だから、今は証拠を集めようと思う」
終司が短く言う。
「……証拠」
「夕方まで時間はある」
視線を三人へ向ける。
「それまでに、クエトと聖堂についてもう少し情報を集めておきたい」
「生徒たちから、ってことだね」
リトリが頷く。
「そういうことだ」
「確かに、それは良い考えだと思います」
エリューシアも同意する。
「私も、出来る限り聞いてみます」
旭が小さく拳を握る。
「そんなに顔が広いわけじゃないですけど……」
「十分だ」
終司が軽く頷く。
「出来ることからやればいい」
「はい!」
「私も医務室周りで話を聞いてみるよ」
リトリが肩をすくめる。
「体調を崩してる子たちも、何か知ってるかもしれないしね」
「助かる」
「私は学生会の方から当たってみます」
エリューシアが続ける。
「頼む」
一通り、視線が巡る。
「夕方までにやることは決まったな」
終司が小さく呟く。
「それじゃ、一旦解散にしよう。俺は旭と一緒に動く」
誰も異論はなかった。




