第54話 争奪戦
数日後。風花は再び千早に呼び出された。
「えっ? ヴェロニカが町田にいる?」
「そうよ。須坂のとある筋からも情報を取ったけど、ガーデンとイブ・メイカーを処分するのに北米から船団が向かってて、もうすぐ東京湾に入るらしいわ。その作業の前線基地として町田が選ばれたみたい。須坂に面倒そうな仕事押し付けられて、あの皐月がヒステリー起こしてるかと思うとちょっと笑っちゃうよね」
「くそ……間に合わないのか」風花の顔に焦りが浮かぶ。
「でもねー。鏡矢君もどうやら町田にいるみたいだよ」
「ええっ!? そんな。仮に鏡矢を捕まえたのが町田だったとしても、各荘には始末しろって命令が出てるのよね? 皐月は須坂の犬だから、即処刑とか須坂送りとか……」
「落ち着いて考えなさい。私、さっき何て言った?」
「なんてって……あっ、ヴェロニカ!!」
「そうよ。もしかしたら北米が鏡矢君使って何かしようとしてるんじゃないかな」
「成程。それは十分ありうるわ。でも北米もイブ・メイカーの廃棄を決めたはず……」
「そんなの。私に言わせりゃ素直に真に受ける方が阿保じゃないかしら。まあ須坂は元から阿保なんだとは思うけど……」
「そうか! だとすると北米はガーデンとイブ・メイカーの一極支配を目論んでる!?」
「それは分からないけど……今までのあなたの話を総合すると、やっぱりそうなんじゃない? 今までは須坂と合同管理だったんで好きに出来なかったけど、あんた達がいじってあれを稼働させちゃった事で、須坂と意見が分かれた。それで力づくで……とか?」
「ありうるありうる! でもそれだと、私はヴェロニカに合流した方がいいのかな? 私はイブ・メイカーを使ってこの世界を一度リセットしたい。それを北米がやってくれるのなら何も問題ないわよ」
興奮気味の風花を制する様に千早が語る。
「……せっかちなあんたならそう結論づけるだろうね。でも私は常に裏を考える。はたして北米はあんたの望み通りの事をするのか。はたまた別の目論見があるのか。それに須坂も黙っちゃいないだろうし、C国だって介入してくるかもしれないし……下手すりゃまた世界大戦だよ」
「確かにそうかもだけど、それじゃどうするのよ! このまま鏡矢がうまい事ヴェロニカをコントロールするのを祈るしかないのかな?」
「あー、それはありだね。彼、結構優秀だよ。人としても女腹としても……」
「茶化さないで教えて千早。あなたならどうする?」
「私なら……やっぱ、逆張りかな」
「逆張りって……須坂と手を組むって事?」
「いやー。正直、宗主様もあの女官長のババアも手を組む相手としては出来が悪くて、命は預けらんない」
「それは同感」
「はは。だからさ。私達で北米へのけん制が出来る様に須坂の力を借りるってのはどう?」
「そ、そんな事……出来るの!?」
「うまくいくかは分からないけどね。でも……あんたがここにいるって事で何とかなるかも知れないよ。どうせだから軽井沢のなっちゃんも巻き込んじゃおう!」
「??」
◇◇◇
町田荘の前屋敷。以前、孝由さんの部屋だったところに俺は押し込められている。ヴェロニカは、俺にガーデン潜入の案内をさせたい様だが、正直、そんな事はもうどうでもよくなってしまった。風花様とマイカさんがいなくなってしまって、俺の胸には真っ黒な大穴がポッカリと開いてしまっていた。
「どうだ鏡矢。すこしは気持ちが落ち着いたか?」
ヴェロニカがひっきりなしに俺の所に来て、北米が責任をもってイブ・メイカーを稼働させるから是非協力してほしいと俺を説得するのだが……だったら、なんで須坂の宗主様の前でそう言ってくれなかったんだ!! あの時、そう言う話になっていたら、風花様もマイカさんも死なずに済んだのに……そんな俺の気持ちを向こうも察している様で、色々言い訳がましい事を言っているけど、こいつとはもう何も話したくない。
そんな俺の態度にヴェロニカが困り果てていると、皐月が部屋に入って来た。
「執行官様。鏡矢君……どうですか?」
「どうもこうも。ずっとダンマリだし、食事もロクに取ってない様だ。このままハンストで餓死する気なのかもな」
「そんな……ねえ鏡矢君。風花の事は残念だけれど、こうして彼女の遺志は執行官様が継いで下さるって言ってるんだから、協力した方があの世で風花も浮かばれるんじゃない? それに……私はまだあなたの事が大好きよ。だからまたいっしょに……」そう言って皐月が俺の身体に触れようと延ばした手を、俺は思い切り払いのける。
「ふざけるな! そもそも発端は全部あんたのせいだろ! 風花様だけじゃない。両親も拓真も……」皐月の態度が腹に据えかねて、つい大声が出る。
「皐月領主殿。あまり鏡矢に関わらないでいただきたい。あなたがいると鏡矢にいらぬ刺激を与えてしまう」ヴェロニカがちょっと困った様に皐月を諭し、皐月はしぶしぶ部屋を出て行った。
「ふん。ああいう輩は好かん。だがまあ……鏡矢。お前の気持ちも分かる。だから私は、お前の協力を諦めようと思うのだが、このまま須坂に送ってしまっていいか? それともすぐに風花の後を追うか?」
「…………それ、どっちみち死ぬんですよね……どっちでもいいです」
「まあそうだな。よし分かった。お前は風花の元へ送ってやるよ」
「……ありがとうございます」
「あの……ちょっとよろしいですか?」なぜか皐月がまた部屋に戻ってきた。
「何だ領主殿……だが、まあいいか。さすがの私も、もう鏡矢の事はあきらめたところだ。どうする。お前が引導を渡すか? それとも薬漬けにでもしてもて遊ぶか?」
「いえ。それも楽しそうなのですが……鏡矢君。風花もマイカも死んじゃったけど、まだあなたが助けられる命があるって言ったら、あなた執行官様を手伝う?」
「何を今さら。そんな人がいる訳ないでしょ! 仮にそんな人がいても、もう俺の心は動きませんよ……」
「ふーん。そうなんだ。じゃあ仕方ない。タチバナにはせいぜい苦しまない様に溺死でもしてもらおうかな」
「……今なんて言った!?」
「あら怖い鏡矢君。タチバナって言ったのよ。彼女、私を裏切ってあなた方をここから逃がしたけどさ。まだ利用価値がいろいろあって、始末するのはいつでも出来るって思って、地下牢に放りこんであったのよね」
「くそっ……卑怯だぞ!」
「あー。君のさっきの言葉、そのまま返すわ……何を今さら」
そうだ。こいつはこういう奴だった。だがタチバナさんじゃ……助けない訳にはいかないじゃないか! 俺は仕方なく腹を括った。
「ははは、領主殿。さすがに汚い手はお手のものだな。見直したぞ」
「ええ。お任せ下さい執行官様。私はこうした駆け引きが得意なんですよ」
皐月がドヤ顔で悪びれずにそう言った。
「ふん。半分皮肉で言ったつもりなんだが……それでは鏡矢。お前達がどうやってガーデンに行くつもりだったのか。それから伺おうじゃないか」




