悪魔の音1ー1
俺────桂木春はお世辞にもモテるとはいえない。
イケメンってわけじゃないし運動神経が特別いいわけじゃない。
得意なものがあるとすれば魔法くらいだ。
これだけは誰にも負けない自信がある。
まあそんなことは置いといて、そんな俺に春が来た。
「わ、私と・・・・・・つつ、付き合ってくれませんか」
黒い長髪の幼馴染み────水無月桜が顔を真っ赤にして言った。
それは・・・・・・俺にとっては衝撃的なものだった。
だって! だって! 幼馴染みだぜ!?
付き合うなんて考えてなかった・・・・・・。
しかも桜は周りからも人気があるくらい可愛い子だ。
そんな子が俺のことを・・・・・・。
こんな告白・・・・・・断れるわけないだろ!
頷いて答える俺に桜が微笑んだ。
「おっはよ! 桂木。なんだ? ニヤけてるぞ。告白でもされたか?」
朝。
教室に入ると男子生徒が駆け寄ってきた。
こいつは白泉正樹。
俺の悪友だ。少しだけイケメンだが二の腕フェチを拗らせて彼女が出来ない残念な奴だ。
性格的には悪いやつではない・・・・・・気がする。
「されると思うか?」
「水無月にされたんだろ?」
前言撤回。
こいつは性格悪い。
普通知ってて聞くか? 聞かないだろ。
「なんで知ってるんだよ。まさか・・・・・・覗きか!?」
「なんで男を覗かないといけないんだ。普通に協力しただけだ」
白泉がため息をつきつつ言った。
協力してくれたのか・・・・・・。
じゃあこいつがいなかったら告白はされなかった・・・・・・。
「ありがとな! 親友!」
「うわっ! 抱きつくな! 気持ち悪っ!」
俺の感謝の包容はあっさりと拒否された。
昼休み。
彼女が出来て初めての昼休みだ。
桜とお昼を食べて・・・・・・なんてことを考えていたんだけど────
「なんで俺、呼び出されたんですか?」
俺は職員室にいた。
しかも俺を呼んだのは知らない人だ。
誰だよ、俺の青春を断ち切った奴は!?
一言文句言ってやるからな。
「お前が桂木か」
職員室から出てきた男は・・・・・・誰だ?
長い金髪と同じように金色の瞳。
そして線の細い男だ。
この男・・・・・・マジで見たことないんだけど。
すれ違った記憶すらないぞ!
「あなた・・・・・・誰ですか? 全く知らないんですけど」
「知らないのも無理はない。僕は君の授業を受け持ってないからね」
そういう問題じゃなくて!
一年過ごして会ったことない教師がいるって結構驚くぞ!
ていうか尚更呼び出された理由が気になるぞ。
知らずに問題を起こした・・・・・・とか?
「君・・・・・・女子更衣室を覗いただろ」
「・・・・・・なんのことですか? お、俺、知りませんけど」
目を逸らして誤魔化す。
正直に言うと・・・・・・やりました。
だって穴があったんだ。だったら覗くだろ!
まあ、デブとブスしかいなかったんだけど・・・・・・。
今すぐ消したい記憶の一つだ。
先生は嘆息して言った。
「反省文か謹慎。どっちがいい? 僕としては・・・・・・反省文をお薦めするけど」
「毒を見たことを反省するんですか?」
「毒だろうが脂肪だろうが見たことには変わりないだろ。選びなさい」
この人・・・・・・脂肪って言ったぞ。
この人もデブだって思ってるんじゃないのか!?
くっ、俺の気持ちを察してこの選択肢なのか。
普通なら怒られて謹慎か退学か・・・・・・だからな。
「・・・・・・反省文でお願いします」
「じゃあ五枚書いてきてね。あとこの名簿の女生徒達に謝ってくるように」
俺の青春の喜びは先生言葉で崩れ落ちた。
もう二度と覗きなんてしない・・・・・・。
「すいませんでした!」
俺が覗いたのは部活動の更衣室だったらしく学年とクラスがバラバラだった。
というわけで一年一組から順に回ってる。
今はようやく三年一組を回ったところだった。
次のクラスは・・・・・・あれ?
名簿表に見知った名前が書いてある。
早乙女渚。
俺に魔法を教えてくれた先輩だ。
この人も美人なんだよな。ハーフらしくてスタイルが抜群にいい。
見てるだけで幸せな気分になれる人はあの人しかいないと俺は思うね。もう最高だぜ、あの人は!
っと、そんなこと考えてる内にクラスの前に着いた。
なんか騒がしい。
クラスの端に人が集まってるみたいだ。
まあ、いいか。俺の用を済ませよう。
「すいません、えっと早乙女先輩いますか?」
ドアで叫ぶ。
それは人集りが生む騒ぎにかき消された。
もう一回か・・・・・・。
今度は大きく息を吸い込んで────
「何? 桂木くん」
「早乙女先輩いますか!!? ────えっ?」
シーンとなる教室。
先輩たちの視線が痛い。
俺の隣には耳を押さえた早乙女先輩がいた。
・・・・・・ほんとにごめんなさい。
俺は心の中でそう謝ってた。
「ごめんなさい、気にしないで。私のこと探してたみたいで」
早乙女先輩がクラスの皆に言うとまた騒ぎが大きくなった。
「すいません。色々と・・・・・・」
「気にしないで。それで何か用? もしかして・・・・・・またわからないことあった?」
「いえ、魔法はもういいです。えっと・・・・・・の、覗きのことで謝りに来ました」
金色の髪を揺らして微笑む早乙女先輩に目を逸らしてしまう。
ああ、早乙女先輩がいるって知ってたら見なかったのに。ていうか早乙女先輩いたんですね。知りませんでしたし見えませんでした。
「桂木くんだったんだ、覗いたの」
「はい。すいませんでした」
「まあまあ、気にしないで。私は遅れて更衣室に行ったから見られてないし」
「そうだったんですか!? ならもっと遅く覗いた方が・・・・・・」
「おっと反省の色なし?」
「はっ! いや、ちゃんとしてます! すいませんでした」
勢いよく頭を下げる。
でも・・・・・・見たいよな。早乙女先輩のおっぱい。
きっと・・・・・・真っ白で大きいんだ。そして柔らかくてずっしりと重みが・・・・・・
「桂木くん? 大丈夫?」
気づいたら早乙女先輩が目の前で手を振っていた。
思わずボーッとしていた。
本人の前で妄想禁止です。
女の人は感付くって聞くからな。注意をしないと嫌われてしまう。
「はい、大丈夫です。じゃあまだ謝らないといけないんで。失礼します」
軽く一礼して次のクラスへと向かう。
あと・・・・・・三人かな。
「桂木くん! 捕まえた」
後ろから早乙女先輩に乗っかられて抱きしめられる。
背中に当たるおっぱい! そして柔らかい手! そしていい匂いがする!
至福の時・・・・・・! 服越しとはいえ柔らかい。
そして早乙女先輩が耳元で囁いた。
「じゃあね。また後で」
「それってどういう────」
「はい、謝ってきてね」
背中から離れるおっぱいの感触。
早乙女先輩は教室に戻っていってしまった。
耳たぶを触ると少しだけ湿っていた。
唇が触れたよな・・・・・・。
一瞬だけど柔らかかった気がする。
駄目だ、彼女ができたんだから変なこと考えるのは抑えよう。
さっ、次に行こう!
放課後になって教室に早乙女先輩が来た。
「桂木くん、今日暇?」
「へっ? まあ、暇ですけど。買い物行かなきゃいけませんけど」
そう答えると早乙女先輩は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ・・・・・・ついでに私の買い物に付き合って欲しいんだけだ・・・・・・いいかな?」
「はい! 喜んで!」
先輩の笑顔にやられて即答してしまった。
まあ大丈夫だよな。
桜も早乙女先輩のことは知ってるし。
桜に視線を向けると微笑んで頷いてくれた。
気にしてないみたいだ。
俺は桜と一緒にいたいんだけど・・・・・・先輩との関係も大事だからな。
でもせっかく彼女が出来たんだから色々やりたい。放課後デートとかさ。
「じゃあ行こっ。桂木くん」
先輩に手を引かれて教室を出た。
早乙女先輩に連れてこられたのは礼装の店だった。
「嫌だった?」
先輩が首を傾げて聞いてきた。
「そんなことないです! 嬉しいですよ。先輩と二人で買い物」
「そ、そう?」
「はい! 先輩がどんな礼装を選ぶのか参考に出来ますから!」
「・・・・・・はあ、そうよね」
早乙女先輩が嘆息する。
何か変なこと言ったのかな?
心做しか先輩の顔が赤い気がするし。
「とにかく入りましょう。時間がないですから」
早乙女先輩の手を引っ張って店に入る。
うわぁ、やっぱり沢山あるな。
剣型とか銃型とか。おお! 着衣型もある!
ただの魔法の補助装置なのに見てると楽しくなるんだよな。
魔法バカと呼ばれるのは案外的をえてるのかもしれない。
「やっぱり銃型かな・・・・・・」
先輩が銃型の礼装を手に取って言った。
あの引き金の所に指を入れて回すのってかっこいいな。
俺もやってみたい。売りもの使ったら怒られるけど。
せっかくだから俺も見ようか。
俺が使う礼装は刀型の物で、魔力を流すと頭で思い描いた属性の魔法の刀身が現れるって仕組みだ。
他の礼装も同じような物だけどね。
剣型だったら両刃の建が現れて、銃型なら魔法の銃弾が出てくる。
服である着衣型は個別に能力があるけど使いにくい。逆にアクセサリーは他の礼装の強化にしか使えない。
組み合わせたりして自分だけの使い方を探すのも結構楽しいんだ。
おっ、これいいな。
手に取った刀の柄に魔力を流す。すると炎の刀身が出てきた。
他の商品に当たらないように振り回してみる。
軽いし発現も安定してる。
これ欲しいな。でも・・・・・・お値段がちょっとな・・・・・・。
これ一つに二千円はきつい。
値札とにらめっこしてる俺に早乙女先輩が近づいてきた。
「やっぱり桂木くんは刀なんだ」
「はい。なんか手に馴染むんですよね。先輩もどうですか?」
「運動が苦手な私には難しいかな。銃で撃ってた方が合ってるよ」
先輩は苦笑して銃を操る。
指で回してから手に取って撃つ動作を流れるようにこなす。
そんなこと出来る人は運動苦手だとは思えないんですが・・・・・・。
「じゃあ先輩、試運転やりますか?」
「桂木くんから誘ってくれるなんて・・・・・・。生意気になったね。少し懲らしめちゃおうかな」
近くに来た店員さんに許可をとって奥に入った。
広い部屋に俺と先輩の二人きり。
先輩は銃を握って試し撃ちをしてる。
靴紐は・・・・・・解けてない。
腕に痛みはない。
礼装も完璧だ。
「先輩、準備できました」
「私も調整終わったよ。じゃあやろうか」
銃を構える先輩に刀を構えて向かい合う。
互いの息遣いだけが聞こえる部屋で最初に動いたのは・・・・・・俺だ。
俺の動きに反応して先輩が撃ってくる銃弾を避けて距離を詰める。そして銃目掛けて刀を振りかぶる!
横に飛んでそれを躱した先輩の反撃を刀で弾いて躱す。
炎の刀身が水の銃弾によって鎮火される。
その隙を突くように銃弾が迫ってくる。
瞬時に刀身を再発させて致命傷を防ぐ。
防ぎきれなかった銃弾が体を掠めて傷を作った。
このままじゃ勝てない。
地面を蹴って先輩に襲いかかる。
反撃の暇を与えないように刀の連撃。
それを銃身で弾かれて銃を突き付けられた。
「はい、終わり」
「また負けた。やっぱり勝てませんね」
「このまま桂木くんだと永遠に私の弟子だね。もっと頑張って隣にいて欲しいなぁ」
「先輩に追いつくなんて無理ですよ」
「そういうことじゃないんだけど・・・・・・。まっいいか。夜ご飯は桂木くんの奢りで食べようか」
そう言って銃をレジに持っていく先輩を見送って使っていた刀に視線を移す。
俺も・・・・・・買おうかな。
礼装を買い終わった俺と先輩はファーストフード店に寄っていた。
「こんなのばっか食べてると栄養偏りますよ」
ハンバーガーに齧り付く早乙女先輩を注意して先輩のポテトを摘む。
よくこんな食べて太らないな。ポテトのLサイズ2つにハンバーガー3つって・・・・・・。
そうか、全部おっぱいにいってるのか! ならもっと食べればもっと大きくなるかも!
「先輩! どんどん食べて大きくなってくださいね!」
「どこ見て言ってるの。これ以上大きくなったら困るので嫌です」
おっぱいを腕で隠しながら頬を膨らませる早乙女先輩。
隠された方がエロいよね。なんか・・・・・・手で目を隠してるみたいな。それがおっぱいで起こってる。
俺の目には手ブラに見える・・・・・・わけも無く、ただ妄想してるだけだった。
「先輩は彼氏とか作らないんですか? 作れば食が細くなるかもしれませんよ」
早乙女先輩は男子生徒と一緒にいることが少ない。
なんか恥ずかしいらしい。やっぱりおっぱいが大きいから・・・・・・。
それは置いといて、普通に綺麗な人だから言い寄られることが多いんだと思う。
変なこと考えてる時は目線で気づくらしいからそれもあるだろう。
でも最近は偶に男子生徒と話してるところを見るから好きな人でもできたのかな・・・・・・なんて思ったわけだが・・・・・・。
「食べられなくなるならいらないかな。私のことを認めてくれる人がいい」
どうやらそんなことはないらしい。
依然として食べ続ける早乙女先輩の姿を見ながらため息をつく。
これさえなければ完璧な人なのに・・・・・・。
今でも色恋の噂は聞いたことあるし、告白されてるんだよな。
彼女ができた余裕か知らないけど他人のことを気にしてしまう。
これが持ってる者の余裕か。
思い出したらまたニヤけてきた。
頬を叩いて気を引き締める。
「じゃあ・・・・・・好きな人とかいるんですか? 同学年とかに」
「なんか・・・・・・今日は好きだね、その話題。いつもならしないのに」
「えっ? あっ、えっと・・・・・・すいません。嫌ならやめますけど」
明らかに不機嫌になった早乙女先輩に謝ってジュースを飲む。
聞かれたくないことなら聞かなくていいだろう。
俺にだって聞かれたくないことあるし。しつこく聞かれたら嫌だからな。
「いるよ・・・・・・好きな人」
先輩の予想外の反応にジュースを吹き出してしまう。
「ごほっ! えっ? いるんですか!?」
ていうか続けるんですね、この話題。
そう言いたくなる気持ちをぐっと抑えて問う。
「これでも年頃の女の子だからね。好きな人の一人や二人作るよ。桂木くんはいるの? 好きな人」
「・・・・・・俺ですか? なんで俺になるんですか?」
突然の質問に動揺しながら答える。
早乙女先輩はそれを見て楽しそうに笑う。
「いるんだ、好きな人。教えなさい」
「なんでですか!? 嫌ですよ」
「先輩命令です。それに私だけ言うのは不公平でしょ」
先輩は名前まで言ってないだろ。
でも・・・・・・自慢したいよな!
「好きな人っていうか・・・・・・彼女ができたんです。桜って知ってますよね、俺の幼馴染みの。そいつと────」
「そうなんだ。良かったね。ずっと彼女欲しいって言ってたもんね」
俺の言葉を遮って先輩が言った。
あれ? 先輩の前で色恋の話なんてしたっけ?
白泉とよく話してるし、話が聞こえたのかもしれないな。
「はい。でも幼馴染みと付き合うって何していいかわからないんですよね。今更っていうか・・・・・・先輩?」
先輩は俺の話なんて聞かずにハンバーガーに食らいついている。
ほんとによく食べるな、この人は。
その後に色恋の話は続くことはなかった。