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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
1 猫に出会う春
5/104

5 火事も喧嘩も必要ない

 わぁっ、と歓声が湧いた。視線を先にやると、人混み(妖混み?)ができているのが見えた。「やれー!」だとか「その調子だ!」とかいう声もちらちらと聞こえた。

「何の騒ぎ?」

 桜子の問いに答える代わりに、クロは桜子の手を引いて足を早めた。野次馬を押しのけて、騒ぎの中心に顔を出すと、そこで起きていたのは妖同士の喧嘩だった。少年二人が、殴り合いをしているらしい。高校生くらいに見えるが、妖怪の外見年齢と実年齢が比例しているのかは謎である。

 優勢なのは狗耳の少年。尻餅をついて半泣き状態なのが猫耳の少年。まさか、と思って隣のクロを見遣ると、クロは黙って頷いた。狗の一族と猫の一族の反目の一端が目の前に顕れていた。

 周りをぐるりと取り囲んでいる野次馬は、狗猫の大人たちだ。いい年をした(たぶん)大人が、子どもの喧嘩を止めるどころかもっとやれと囃し立てている。異常だと思った。

「ったく……」

 クロはどこか疲れたように呟きながら、二人の方に歩み寄って行く。険悪な雰囲気の渦中に平気な顔をして乱入していくクロに、桜子はついていくべきか否か迷ったが、妖怪二人の剣幕に怯み、結局足を止めてしまった。

 座り込んだままの猫少年に殴りかかろうとする狗少年の後ろに、クロは音もなくするりと忍び寄り、片手で少年の首根っこをとっ捕まえて持ち上げた。

「うわっ! 何だ、お前、離せ!」

 狗耳少年は猛然と抗議する。猫耳少年は突然の闖入者に呆然として、周りの野次馬たちは「邪魔をするな」とクロに文句を言う。いっそう騒がしくなる野次馬を、クロはしかし、冷静に、冷淡に一睨みして黙らせる。

「見世物じゃねえぞ。こんなところで油売ってる暇があったら仕事しろ社会人」

 妖怪に向かって「社会人」という言葉が正しいのかどうかは知らないが、ともかく大人たちはうっと気まずそうな顔をした。怯んだ連中に対して、クロはにやっと邪悪な笑みを浮かべて追い打ちをかける。

灯籠とうろう、お前は明るいうちから酒飲んで喧嘩を煽ってなんかいるから嫁に逃げられるんだぜ」

「ぐっ!」

あかざはもうちっと死ぬ気で働かねえと奉公先からちょろまかして使い込んだ金を返せないんじゃないのか」

「おまっ、なぜそれを!」

藍染あいぞめは、もうすぐ駆けつけてくる自警団と鉢合わせしたらマズいはずだが」

「やべっ!」

 クロが次々と名指しして攻撃をするたび、妖怪たちはぐさりと刺されたような顔をして硬直した。誰しもやましいことの一つや二つや三つや四つくらいはあるらしい。やがて、これ以上弱みを抉られまいと、一人、また一人と、群衆は散って行った。あっという間に騒ぎを収めた(?)クロの手腕に、桜子は唖然とする。間違っても感動したわけではない。収拾の方法としてはかなりえげつなかったから。

 あたりが静かになると、クロは宙ぶらりん状態にしていた狗耳少年をぱっと離してやる。当然、彼は重力に従って地面に強かに尻をつく。

「ガキども、今日は何の喧嘩だ? つまんねー理由だったらしばくぞ」

 狗耳少年は涙目になりながらクロを睨む。

「けっ、除け者の化け猫のくせに、一族同士の争いに首を突っ込むな」

「はっはっは、言うじゃねえかクソガキ」

 クロは愉快そうに笑いながら少年の頭をごつんと殴った。相手が老婆だろうが子どもだろうが容赦する気はさらさらないらしい。どっちが悪者か解りやしない。

「口答えしてると殴るぞ」

「殴ってから言うな」

 どうやら分が悪いと見たらしく、少年は渋々といった体で事情を説明した。

「柊が悪いんだぜ。『米津庵』の一日限定十個の饅頭、ラストの三つを買い占めるから。おかげで俺の目の前で売り切れだ」

「くっだらねえ!」

 クロと桜子の台詞が見事に重なった。

「限定商品は早い者勝ちなんだよ、食いたきゃ開店三時間前から並べ」

「お正月の五千円分商品券の入った福袋のために開店四時間前からスタンバイしてる強者だって存在するんだからね」

「お前たちはどこの主婦なんだ?」

 狗耳少年には理解できない理のようだった。

「ともかく、そんなクソくだらねえことで乱闘騒ぎを起こすな。お前の拳は限定饅頭より安いな!」

 ちなみに米津庵の限定饅頭は一個五十円らしい。

 クロに散々ぐちぐち言われてしょんぼり肩を落とした狗耳少年は半泣きになりながら去って行った。残ったのは、ぶすくれた顔で地べたに座り込んでいる猫耳少年だ。

 柊、と呼ばれていた妖怪だ。髪と耳は茶色で、瞳は青。頬にひっかき傷を作っている。

「お前もお前だぜ、饅頭三つも食いきれねえくせに。どうせ、後ろに並んでるのがあいつだから、嫌がらせしたんだろう。んなことしたら、どうなるか解ってたくせによ」

「犬っころに遠慮したと思われたら、猫の一族の名折れだ」

「そんなことで折れるくらいの名前ならいっぺん折って接骨院でも行って来い」

「クロは他人事だからそんなことが言えるんだ」

 柊はぷいっとそっぽを向く。クロは肩を竦めて桜子に囁く。

「こいつは、長老んとこの孫なんだ。だから意地になってやがる」

 つまり、自分の祖父を狗の一族に傷つけられたということだ。それは確かに、心穏やかではいられないのも無理からぬことだ。

「意地になって悪いかよ。とにかくな、俺は狗畜生なんぞと同列ってわけにはいかないんだ」

「どっちが上なのか、決着はもうすぐ着くさ。桜鬼サマが来たんだからな」

「え、桜鬼様が!」

 柊が瞬間目を輝かせる。だが、傍らにいる桜子に目を向けると、あからさまにがっかりする。

「まさか、このちんちくりんがそうだとでも言う気か?」

「ちんちくりん!!」

 酷い言い様、そしてそれって死語じゃないの? 桜子はとりあえず一発殴ってやりたい衝動に駆られたが、相手は子どもだからと必死で自分を宥めた。そんな桜子を横目に、明らかに面白がっている風なクロが勝手なことを言い始める。

「先代桜鬼には及ばないが、正真正銘、鬼の血を継ぐ正統なる後継者だ。狗と猫のクソくだらねえ争いをすぱっと解決してみせると豪語していらっしゃる。できなかったら、片手で逆立ちしながらフルマラソンしてやるってよ」

「そんなこと言ってない! やめてよその地味にリアルな罰ゲーム!」

 冗談にしては無駄に条件がシビアである。

「俺に向かって大口叩いたくせに、これくらいの覚悟もないのか」

「あなたこそ、スカート履いた女子に逆立ちしろってどういうこと? パンツ見えるじゃない!」

「お前のパンツが見えたところで誰も欲情しないから安心しろよ」

「デリカシーゼロかッ!!」

 桜子の鉄拳制裁が炸裂した。容赦なくクロの鼻っ柱をへし折って、興奮したまま荒い息を吐く。無論、クロは黙っていない。

「くっそ鼻血出た……何してくれる、このじゃじゃ馬!」

 激昂して叫ぶクロだが、鼻血のせいで微妙にくぐもった声になっているのであまり迫力がない。

「あなた、セクハラだからね、さっきの完全にセクハラだからね。セクハラ野郎は何されても文句言えないの、そういうものなの。これ以上鼻血まき散らして情けない顔をさらしたくないなら紳士的に振る舞うことね」

「悪いが紳士的な態度は安売りしない主義なんだ、淑女以外には売らないんだよ」

「目の前に淑女がいるでしょうが」

「お転婆娘は淑女にカウントしないんだよ」

「いい度胸ね、このコスプレ変態野郎!」

「この猫耳はコスプレじゃない生まれつきだ!」

「……お二人さん、白昼堂々往来でつまんないことで喧嘩するはやめようさ」

 さっきまでつまらない喧嘩を止めて諭す側だったはずの二人が、なぜか喧嘩を始めている。どんどんヒートアップしていく不毛な言い争いに、柊が恐る恐るストップをかける。

「こんなことしてると、ただの痴話喧嘩に見えるよ」

 【痴話喧嘩】:痴話から起こるたわいのない喧嘩。

 【痴話】:情人たちが戯れ合いながらする話。

「これのどのへんが痴話喧嘩!? どのあたりがリア充なわけ!?」

「てめえいっぺん広辞苑持って来い、角で頭殴るぞ!」

 残念なことに、柊は火にガソリンを注いだだけであった。

 その後、互いの喉が嗄れるまで言い争いをして、ようやく不毛な時間は終了した。



「えー、ということで、このじゃじゃ馬ちんちくりんが、桜鬼の末裔、桜子だ」

 冷静さを取り戻したクロが紹介するのを、柊は冷めた目で聞いていた。

「どーも、桜子です。横暴な猫耳に拉致されてきましたー」

 桜子の自己紹介は棒読みであからさまに投げやりだった。

「まぁ、そういうわけだから、あなたたちのしょーもない対立に決着をつけるのに協力することになったわ」

「さっきまでしょーもない言い争いをしていた人にそんなことを言われても……」

 説得力がない。柊がみなまで言わなかったのは、桜子が不機嫌全開に睨みつけたからである。

「柊、お前は長老に伝えろ。今日、午後六時に狗の連中と場を設ける」

「まさか、話し合いで決着させるつもりか?」

「そのための桜鬼だ。この生意気な半妖娘は、暴力も横暴も認めない頑固者だ」

「あなた、いちいち私をこき下ろさないと話を進められないの?」

「上手いことだまくらかして、長老を集会場まで連れ出して来い」

「それはいいけどさ……襲撃事件以降、長老の周りには護衛の猫たちがわんさといる。大挙して押しかけることになるけど、いいのか」

「やむを得ない。ただし、連中には『ガンを飛ばすな』と伝えろ」

「連中は生まれつき目つきが悪いんだけどなぁ」

 柊はぶーたれながらとぼとぼと去って行った。

「あとは狗の連中を呼び出すだけだ」

「あなたがのこのこ招集かけて、出てきてくれるものなの?」

 ついさっき、狗の少年を追っ払ってしまったため、以前からの対立に加え、狗とクロとの間にはできたてほやほやの溝がある。桜子は不安がるが、クロはやたらと自信ありげに笑っている。

「テキトーに挑発すりゃあ出てくるさ。猫相手に怖気づいたと思われるのが一番癪だろうからな。無駄にプライドの高い連中は手玉に取りやすいぜ」

「ブーメランだからね? 解ってる? 特大ブーメランだからね?」

 桜子のツッコミはさらりと無視して、傲岸不遜な俺様にゃんこは歩き出した。

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