8
あり得たかも知れない幸せな世界を夢に見た。
優しくも厳格な父に指導され、疲れはてて帰れば、食事も風呂も用意され、夕食の時には、母が今日の出来事を聞きたがり、どんな些細な善行でも誉めてくれ、それが照れ臭くてそして誇らしかった。
朝にはあんなに小さかった妹が大人ぶってお越しに来るようになった。
過去の妹とは大きくもなければ優しく起こす事もできなかったはずだから過去と今の入り交じる幸せでどうしようもなく切ない夢。
もう少しもう少しだけこの夢の続きを願う。
分かってはいる。
妹を辛い現実に残したまま、この夢に浸る訳にはいけないと。
「お兄ちゃん起きて。」
妹の柔らかい声と。
優しい振動にそれじゃあ余計寝ていたくなるじゃないかと夢の妹に苦笑いを残し、夢から覚める。
「やっと起きた?」
そこにも妹がいた。
最後に見た、妹が元気に育てばこう成長したであろう妹が。
本当にどうしようもない。
夢から覚める決意をした筈だったのに、どれだけ覚めろと願ってもこの夢から抜け出せない。
悔しさに。
罪悪感に。
涙が溢れてくる。
「お兄ちゃんどうしたの?」
慌てた様子で聞いてくる妹に。
自分勝手な自己満足の懺悔をする。
「私、お兄ちゃんの事、全然知らなかったんだね。お兄ちゃんは強いだとずっと思ってた。私のために無理させてたんだね。」
妹に抱きつかれる。
「今は、私は、夢じゃないよ。暖かいでしょ。私の心臓の音が聞こえるでしょ。抱き締められた感触があるでしょ。私は、ここにいるよ。」
確かに暖かい。
鼓動も聞こえるし、感触もある。
それでもそれすらも自分が作り出した夢じゃないかと不安になる。
「あー、もうどうしたら信じるのこのバカお兄ちゃんは」
妹が俺の足に乗ったまま頭をかきむしっていると。
「ジャックは、目を覚ましましたか………やっぱり変態。」
やって来たのは、クロエだった。
「違っ」
慌てて弁明しようとして、体勢を崩し妹に頭突きをしてしまう。
「痛っ」
声が重なる。
「久しぶりに会った妹に頭突きとは、変わったスキンシップですね。」
「今のがわざとしたように見えるのかよ」
茶々を入れてくるクロエにそう返す。
「それでどうしてそんなことになっているのですか?」
妹がクロエに説明し、クロエはもう定番となってきたジト目で
「先程、痛いと言っていましたが夢なら痛みを感じないんじゃないですか?まだ疑うなら私が痛めつけてあげてもいいですが。」
「いや、遠慮しとく。」
夢じゃない。
実感が湧かない。
当たり前だ、そもそもなんで妹と一緒にいるんだ。
最後の記憶を探ると。
苦い敗北が思い出される。
「死んだのか?」
バチコーンとどこから出したかもわからないハリセンでクロエに叩かれる。
「痛っ」
「それは良かったです。痛みは生きている証です。」
そう偉そうにいうクロエに妹が
「でもクロエさんも起きたとき同じこと言ってませんでした?」
「余計な事は言わなくていいのですよマリアさん。」
クロエの恐ろしい笑顔に、びびってすぐ謝る妹。
不思議な状況だと思うが、それは嫌な状況ではなく、寧ろ心地よく胸に温かいものが広がって涙が溢れ出す。
そしてそれに慌てるクロエや妹の姿がどうしようもなくいとおしいと思えた。
俺もクロエも死んだはずだった。
なのに何故か生きていて、異様なそう異様な街にいる。
何もかも初めて見る物ばかり、地面すらも違う。
変わらないのは空くらいだ。
人も変わっている。
動物の耳を生やした人間や、やたら小さく筋肉質な人間、耳の尖った人間、二足歩行の狼みたいな人間?も皆当たり前のように一緒に暮らしている。
妹もそうだが皆、冒険者ロキの奴隷でこの街はロキが作り出した街らしい。
試しにこの町で禁じられている事をしようと試すと奴隷紋が作動したので俺たちも恐らくロキというやつに助けられ、ロキの奴隷にされたのだろう。
城に居たのにどうやって助けられたのか?
どうやって王女から主人を変えたのか?
聞きたい事は幾らでもあるがロキがこの街に来るまで棚上げするしかない。
とりあえず俺たちは街を見て回ることにした。