第42話-人間みたい?
惑星監理局の中央ロビーでは、ある惑星政府から訪れた高官と随行員たちを、監理班の職員が出迎えていた。
このあと、局長ジェレミー・クリエットとの会談が予定されていた。案内役の職員が入館手続きと移動経路を簡潔に説明し、局長室へ案内しようとした時だった。
「ロジー、ずるい! ずるしてお菓子食べちゃだめ!」
少女の声が、廊下の奥から響いた。
高官たちが振り向くと、ピンク色のツインおさげを揺らした小柄な少女が、片手に菓子を持って走ってきた。その後ろを、淡緑色の長い髪を左側で結んだ少女が全力で追いかけている。
「じゃんけんしたじゃん! 私が勝ったもん!」
「ずるだもん! グーとチョキとパー、全部出したじゃん!」
先を行くロジーの手には、淡いピンク色をしたハート型の菓子が握られていた。表面に散った小さな砂糖の粒が、走るたびにきらきらと光っている。
少し前まで、三人は休憩室でその菓子を食べていた。皿に並んでいたのは九個。話しながら食べているうちに一つだけ残り、レトとロジーはどちらが食べるかをじゃんけんで決めることにした。
ロジーの頭上に浮かぶデバイスから、三つのホログラムが現れた。
握った手。二本の指を立てた手。大きく開いた手。
グー、チョキ、パーが横一列に並び、勝ち誇るように回転していた。
「どれかは勝った! 私の勝ち!」
「全部出したら、じゃんけんにならないよ!」
レトは魔術を使わず、自分の足でロジーを追っていた。
直線に入るたび距離を縮めるが、小柄なロジーは柱の周囲を回り、急に進路を変え、壁際をちょこまかと走り抜ける。レトが腕を伸ばすたび、その指先はわずかな差で桃色の髪をかすめた。
「ロジー、止まって!」
「止まったら取られる!」
「ずるしたから取るよ!」
二人はロビーの手前を駆け抜け、反対側の柱を回って戻ってきた。
その後ろから、エルがゆっくりと追っている。
白髪のボブの毛先を淡いピンク色に揺らし、床から少しだけ浮かんでいた。レトとロジーが走り回る後ろを、ふよふよと一定の速さで進んでくる。
「ねえ。ねえ、二人とも」
追いかけっこの騒ぎに、エルの小さな声が重なった。
「あたしの。それ、あたしの」
レトが走りながら振り返る。
「エルまで!?」
驚いた拍子に足が緩み、ロジーとの距離がまた開いた。
「もうっ! みんな食いしん坊!」
「これは食いしん坊の問題じゃない!」
ロジーは逃げながら、手にした菓子を高く掲げた。
「ピンクで! ハートで、ちっちゃいきらきらのお砂糖が乗ってるんだよ! 私みたいじゃん!」
「どこがロジーなの!?」
「ピンクが髪! ハートが私のかわいさ! このきらきらはデバイスを表現してるんだよ!」
頭上のデバイスが、主張を補強するように明滅した。
「ロジーが勝手に決めてるだけだよ!」
「あたしの……」
エルがもう一度言った。
今度は近くまで来ていたため、二人にもはっきり聞こえた。
レトとロジーが同時に振り向く。
「エルはじゃんけんに参加してないでしょ!」
「参加してない人は対象外!」
エルは空中で止まった。
レトはロジーの頭上に並ぶ三つの手を指差した。
「最初はグーだけだったのに、あとから増えたもん!」
「デバイスの表示遅延!」
「ずる!」
二人の声が途切れたのは、エルがぽつりと呟いた時だった。
「まだ、二個しか食べてないよ……」
レトの足が止まった。数歩先で、ロジーも固まる。
二人は顔を見合わせ、ロジーの手にある最後の一つへ目を落とした。
レトは三個食べていた。ロジーも三個食べていた。
二人の視線が、ゆっくりとエルへ向かう。
エルは普段から表情の変化が少ない。それでも今は、誰が見ても分かるほど眉が下がっていた。
ロジーの頭上から、グー、チョキ、パーのホログラムが消えた。
「エル、ごめん!」
レトが駆け戻った。
ロジーもすぐに続き、持っていた菓子をエルへ差し出した。
「ごめん! ほんとにごめん!」
「わたしもごめんね!」
エルは二人を見てから、差し出されたハート型の菓子を受け取った。
「あたしの」
「うん」
「エルの」
エルは菓子の端を小さくかじった。表面の砂糖が一粒、唇の端に残る。
下がっていた眉が、ほんの少しだけ元へ戻った。レトとロジーは揃って息をついた。
少し離れた場所では、高官と随行員たちが足を止めたまま、その光景を眺めていた。
高官が知る魔力生命体は、目の前の三人とは大きく異なっていた。
魔力を垂れ流すものや、概念や物体に近いもの。知能が動物並みのものが多く、反対に、人知を超えすぎて意思疎通が成立しない個体もいる。人の姿を持つだけでも珍しく、感情や関係の築き方まで人間に似た例など、ほとんど聞いたことがない。
監理局に所属する三人が、いずれも人間を超える力を持つ特殊な魔力生命体であることも、高官は事前に聞いていた。
「普通の人間みたいだな」
高官は自分の発言に気づくと、すぐに三人へ向き直った。
「失礼した。今の発言は――」
「発言は慎重に」
案内役の監理班職員が、静かに遮った。
高官は姿勢を正した。
「承知した」
しかし、その声は三人にも届いていた。
レトが勢いよく振り返る。
「人間みたい!?」
高官がわずかに身構えた。
レトのエメラルドグリーンの瞳は、期待に輝いていた。
「わたし、みんなのこと大好き! お兄さんも、職員さんも! みんなに似てるって言われるの、すごくうれしい!」
ロジーもレトの隣まで歩いてきた。
「それって、親近感?」
「……そういう意味だった」
高官が答えると、ロジーは少しだけ口元を緩めた。
「そっか」
頭上のデバイスが、淡い光を一度だけ瞬かせる。
「でも、比較されるのは傷つくこともあるから、あんまり言わないでね!」
元気な声だった。
高官は、今度こそはっきりと頷いた。
「覚えておこう」
エルは少し離れた場所で、残った菓子を両手に持っていた。
俯いたまま、先ほど耳にした言葉を確かめるように唇を動かす。
「人間、みたい」
しばらくして、エルは顔を上げた。
「うれしい」
それだけ言って、菓子をもう一口かじった。
その時、ロビーの奥から足音が近づいてきた。
生活班の職員が二人、迷いのない足取りで三人へ向かってくる。案内役の監理班職員は、レトとロジーが走り込んできた時点で、すでに連絡を入れていた。
最初に気づいたレトが、笑顔のまま固まる。
「あ」
ロジーの頭上で、デバイスの光が弱くなった。
エルは手元に残った菓子を、急いで口へ入れた。
生活班の職員は三人の前で足を止める。
「三人とも、行きますよ。廊下で追いかけっこをしない。今日は大切なお客様がいらっしゃると聞いていましたね」
三人の肩が揃って下がった。
「聞いた……」
「聞いてた」
「あたしも、聞いたよ」
「続きは休憩室で聞きます」
生活班の職員に促され、レトとロジーが歩き出す。エルも二人の間へ入り、ついていった。
数歩進んだところで、レトが職員を見上げた。
「でもね、人間みたいって言われたの!」
生活班の職員の足が止まった。
高官たちへ向けられた視線が、わずかに鋭くなる。
高官は姿勢を正した。
レトが嬉しそうな顔をしているのを確かめると、生活班の職員は視線を戻した。
「……そうですか。その話も、あとで詳しく聞きます」
「すごくうれしかったんだよ!」
「分かりました。ですが、今はきちんと歩いてください」
レトは背筋を伸ばした。
「人間みたいに歩きます!」
「廊下を歩くのは、全種族適用の規則です」
レトは一瞬だけ目を丸くした。
隣でロジーが吹き出し、エルもレトの歩き方をまねるように背筋を伸ばした。
「三人とも、普通に歩いてください」
生活班の職員に背中を押され、三人は廊下の奥へ連れていかれた。
案内役の監理班職員が、高官へ局長室の方向を示す。
「参りましょう」
高官が歩き出した直後、廊下の奥から声が響いた。
「レト、行進ではありません。普通に歩いてください」




