第12話-『轢殺の神性存在――もう、行くところないよ』
止まらない車輪は、自分の進路が変えられたことを理解しない。
あるいは、理解する必要がない。
ただ前へ進む。
『――止まるな』
さらに加速する。
速度が上がるほど、装甲は硬くなる。
同時に。
線路化現象は、今までの軌道と滑らかに繋がる形でしか伸びなくなる。
第四支線の曲線を無視し、第二居住区へ戻るには、急角度の線路を新たに作らなければならない。
だが、速すぎる。
止まらない車輪は、自ら得た速度によって、もう急には曲がれない。
作戦統括官が命じた。
『全員、外側へ圧力を集中。曲線を維持しろ』
魔術砲撃担当が残った術式環を一列に並べる。
「右側車輪へ集中。破壊ではなく、回転を上げる」
近接戦闘員が息を呑んだ。
「さらに速くするのか」
「速いほど硬くなる。速いほど曲がれない」
魔術砲撃担当は照準を固定した。
「自分の強度で、自分を線路から外させる」
連続砲撃。
右側車輪だけが、さらに速く回る。
神性存在の巨体が曲線の外側へ押し出される。
近接戦闘員は、内側軌条へ最後の魔術杭を打ち込んだ。
前輪が乗り上げる。
僅かに跳ねる。
遊撃補佐員が全員の退避座標を更新する。
「脱輪予測、五秒」
重装隊員は壊れた腕を庇いながら、進路外側へ残っていた耐熱隔壁の固定具を蹴り外した。
巨大な板が倒れ、曲線外側へ浅い斜面を作る。
「四秒」
止まらない車輪が曲線へ食らいつく。
新しい線路を作ろうとする。
だが、軌道が間に合わない。
直線へ戻れない。
「三秒」
レトは最後に残った短剣を、外側軌条の先へ投げた。
空間を大きく曲げるのではない。
前輪が踏む位置を。
ほんの僅か、外へずらす。
「二秒」
前輪が硝子短剣を踏み砕く。
車体が耐熱隔壁へ乗り上げた。
「一秒」
脱輪。
巨大な前輪が軌条を噛み損ねた。
車体全体が跳ね上がる。
地面が爆ぜる。
黒煙が裂ける。
全身の車輪が空転する。
止まってはいない。
大小無数の車輪は、なおも猛烈に回転している。
だが、前へ進む力を地面へ伝えられない。
速度と進行が噛み合わなくなる。
その瞬間。
胸部装甲が開いた。
回転する動力を再配分するため、巨大な装甲板が左右へずれる。
可動間隙。
その奥で、赤白く燃える中核が脈打っていた。
魔術砲撃担当が照準を向ける。
「中核確認」
だが、外殻はなおも高速で回転している。
開いた装甲の前を、別の装甲板が横切る。
直線射撃では中核まで届かない。
戦闘班長が問う。
『射撃可能か』
「現状では不可能。射線上に三枚。間隙は零・四秒」
近接戦闘員が装甲へ向かって駆け出した。
「じゃあ、開ける!」
彼は回転する車体側面へ飛び移った。
一枚目の装甲可動部へ魔術杭を打ち込む。
杭が軋む。
障害物と認識され、強度を奪われる。
一本目が砕ける前に、二本目。
装甲の動きが僅かに遅れる。
「一枚、止めた!」
重装隊員が進路外側から、残った盾の柄を装甲板の下へ差し込んだ。
盾としてはもう使えない。
だが、梃子にはなる。
彼は神性存在を止めようとはしなかった。
回転する方向へ自分も移動しながら、装甲板を外側へ押し続ける。
「二枚目」
低い声。
重装隊員の足元が削られる。
左腕の装甲から血が落ちる。
それでも、可動部を支える角度だけは崩さない。
残る一枚。
中核の前を、高速で横切り続けている。
魔術砲撃担当が歯を食いしばった。
「まだ通らない」
遊撃補佐員は、装甲の回転周期を測っていた。
視線の先で、複数の標識が青白く点滅する。
「直線では無理。でも、一度右へ抜けてから左へ戻せば届く」
「砲撃を曲げるのか」
「私は座標を出せる」
遊撃補佐員は、レトを見る。
「あとはレト」
レトは中核と魔術砲撃担当の位置を見た。
間には、回転する装甲。
一度目の隙間。
二度目の隙間。
最後に中核。
直線では繋がらない。
けれど。
射線そのものを、少しずつずらせばいい。
レトは両手を広げた。
半透明の硝子短剣が、三本だけ生まれる。
既に大量の魔力を使っている。
刃の輪郭は、いつもより薄い。
一本目を、魔術砲撃担当の前方へ。
二本目を、装甲の右側へ。
三本目を、中核の手前へ。
「ここを通して」
遊撃補佐員が即座に座標を補正する。
「一本目、上へ二センチ。二本目、右へ五。三本目は装甲回転に合わせて移動」
「動かしながら?」
「できる?」
レトは唇を結んだ。
怖い。
失敗すれば、砲撃は重装隊員か近接戦闘員へ向かう。
あるいは中核を外れ、廃棄炉跡を破壊する。
だから、できるとはすぐに言わなかった。
三本の短剣を見る。
遊撃補佐員の座標を見る。
装甲の動きを見る。
それから、魔術砲撃担当を見た。
「職員さん。わたしが通したら、絶対に当てられる?」
魔術砲撃担当は、冗談も慰めも言わなかった。
「当てる」
「絶対?」
「君が射線を通すなら、私が外す理由はない」
レトは大きく頷いた。
「分かった!」
三本の硝子短剣が青白く光る。
その周囲で、空間の接続が僅かにずれた。
真っ直ぐ進んだ砲撃が。
一本目で右へ。
二本目で前へ。
三本目で左へ。
回転する装甲の間を縫い、中核へ至るための折れた射線。
重装隊員が装甲を支える。
近接戦闘員が杭へ体重をかける。
障害物認定によって、杭の強度が急速に落ちている。
「長くは持たねえぞ!」
遊撃補佐員が回転周期を読む。
「射撃機会まで二秒」
魔術砲撃担当の周囲で、術式環が一つへ重なる。
広域砲撃ではない。
爆発も起こさない。
必要な場所だけを貫く、一条の高圧魔力弾。
「一秒」
レトの三本目の短剣が、回転する装甲へ合わせて移動する。
額から汗が落ちる。
視界が揺れる。
それでも、射線を手放さない。
遊撃補佐員が叫んだ。
「今!」
魔術砲撃担当が撃った。
白い光が走る。
一本目の短剣へ触れる。
空間がずれ、光が右へ折れる。
二本目。
回転する装甲の外側を通過。
三本目。
中核の手前で、射線が左へ戻る。
光は、近接戦闘員の杭と重装隊員の腕、その僅かな間を通り抜けた。
赤白い中核。
中心軸との接合部へ、正確に命中する。
一瞬。
何も起こらなかった。
次の瞬間。
中核の回転が大きく乱れた。
接合部に亀裂が走る。
赤白い光が内部へ逆流した。
「離脱!」
遊撃補佐員が、全員分の帰還標識を起動する。
近接戦闘員が杭から手を放す。
重装隊員も装甲を蹴り、進行方向へ飛ぶ。
レトは二人の位置を確認した。
短剣を投げる。
空間が硝子のように鳴る。
近接戦闘員。
重装隊員。
魔術砲撃担当。
遊撃補佐員。
最後に自分。
全員の位置が、廃棄炉外縁の安全座標へ連続してずれた。
直後。
止まらない車輪の胸部が内側から崩壊した。
轟音。
赤白い閃光。
黒煙。
列車の装甲が剥がれ、獣の前脚が砕ける。
大小無数の車輪が空中へ投げ出された。
それでも。
神性存在は、最後まで前へ進もうとしていた。
『――進め』
地面へ落ちた巨大な前輪が回る。
線路はもうない。
車体は崩れている。
中核も砕けた。
それでも地面を削る。
前へ。
前へ。
前へ。
レトは遊撃補佐員に肩を支えられながら、その姿を見ていた。
頬に傷がある。
腕には細かな火傷が走っている。
呼吸も乱れていた。
けれど、目を逸らさなかった。
「もう、行くところないよ」
巨大な前輪が、乾いた音を立てた。
回転が遅くなる。
止まるのではない。
回るための形そのものが崩れていく。
外殻が黒煙へ変わる。
車軸が砕ける。
最後に残った輪郭も、地面へ溶けるように消えた。
地鳴りが止んだ。
線路化していた地形が、ゆっくりと元の形へ戻り始める。
通信が入る。
『第二居住区、退避完了』
続いて。
『地下搬送路、民間人二百二十名、全員保護』
『追加の民間人被害なし』
『神性存在反応、消失確認』
戦闘班長が、短く息を吐いた。
『作戦終了。全員、状態報告』
重装隊員が答える。
「左腕負傷。歩行可能」
魔術砲撃担当。
「魔力消耗六割。術式反動、軽度」
近接戦闘員。
「打撲。あと襟が伸びた」
レトが顔を上げた。
「ごめん!」
「だから先に自分の報告をしろ」
遊撃補佐員は既に、レトの手首へ指を当てていた。
「レト。火傷、裂傷。魔力消耗、中程度以上。終盤に転移精度低下」
「でも、ちゃんとできたよ」
「できた。だから作戦終了」
レトは、崩壊した車輪の跡を見る。
少しだけ黙ってから、言った。
「……怖かった」
重装隊員が、壊れた左腕の装甲を外しながら近づいてきた。
「正しい報告だ」
近接戦闘員が、レトの頭へ手を置いた。
「次は襟じゃなくて、腕を掴め」
「急いでたの!」
「分かってる。助かった」
魔術砲撃担当は、レトの周囲に残る硝子片を見ていた。
「あの射線偏向は、事前訓練なしで行う精度ではない」
レトの目が少し明るくなる。
「上手だった?」
「危険だった」
「上手じゃなかった?」
魔術砲撃担当は一瞬黙った。
「危険だったが、極めて正確だった」
「じゃあ上手だった!」
「そう整理すると思った」
遊撃補佐員がレトの肩へ保温布をかける。
「医療班へ移動」
レトは、遠くの空を見た。
第二居住区から救助艇が上がっていく。
貨物ではない。
兵装部品でもない。
今日は、人間が先に運ばれている。
「みんな、逃げられた?」
戦闘班長が通信越しに答えた。
『全員だ』
レトは、ようやく肩から力を抜いた。
「そっか」
小さく笑う。
「よかった」
重装隊員が装備の収納部を開き、飲料容器を取り出した。
レトへ差し出す。
「飲め」
「職員さんの?」
「お前のだ」
「持ってきてくれたの?」
「必要になると思った」
レトは両手で受け取った。
「ありがとう!」
重装隊員は、短く頷いた。
◇
後日。
惑星監理局へ提出された作戦記録には、こう残された。
神性存在管理番号・神性―〇〇一。
現地呼称《止まらない車輪》。
進路上の地面、建築物および周辺空間を線路状構造へ変質させる権能を確認。
障害物と認識した対象の物理的・魔術的防御力を低下させる。
速度上昇に伴い外殻強度が増加。
一方、線路形成には既存進路との連続性を要し、高速走行時ほど急激な進路変更が困難となる。
停止作戦は実施せず。
重装隊員による接触角形成。
魔術砲撃担当による左右車輪回転差の生成。
近接戦闘員による軌条干渉および外殻可動部固定。
遊撃補佐員による転轍座標、射線および撤退経路の統合管理。
レトによる空間偏向線の形成および最終射線接続。
第四支線への転轍後、廃棄炉跡にて脱輪。
戦闘班の共同攻撃によって中核を破壊し、顕現個体の消滅を確認。
民間人の追加被害なし。
最後の備考欄に、戦闘班長は一行だけ加えた。
本件は、単騎戦力による討伐ではない。
戦闘班全員による転轍成功である。
医療班の診察室。
包帯を巻かれたレトは、その一文を何度も読み返していた。
「転轍成功」
隣にいた近接戦闘員が言う。
「線路の行き先を切り替えることだ」
レトは作戦記録と彼の顔を交互に見る。
「止めないで、行くところを変える?」
「ああ」
「わたしたちがやったこと?」
「ああ」
レトはもう一度、記録へ目を落とした。
重装隊員。
近接戦闘員。
魔術砲撃担当。
遊撃補佐員。
そして、レト。
誰か一人の名前ではない。
全員の仕事が、一つの結果として残されている。
レトは、少しだけ胸を張った。
「転轍成功」
大事な言葉を覚えるように、もう一度繰り返す。
診察室の奥から、医療班主任が顔を出した。
「レトさん。検査の続きです」
レトの肩が跳ねた。
「まだあるの!?」
「空間魔術使用後の検査が残っています」
「わたし、もう元気だよ!」
「それを決めるのはこちらです」
レトは近接戦闘員を見る。
助けを求める目だった。
彼は作戦記録を取り上げ、診察室の奥を指す。
「行ってこい。転轍成功した戦闘班員は、医療班から逃げない」
「それ、関係ある?」
「ある」
「ほんとに?」
「たぶんな」
「もうっ!」
頬を膨らませながらも、レトは診察室の奥へ向かった。
その途中で一度だけ振り返る。
「職員さん」
「なんだ」
レトは、嬉しそうに笑った。
「また一緒に戦おうね」
近接戦闘員は作戦記録を軽く掲げた。
「ああ。また全員でな」




