序章1
美しい花々が咲き誇る庭園。
その真ん中にある噴水の近くに金髪をなびかせた美しい青年が茫然と立ち尽くしていた。
青年の視線は自分の足元にさ迷わせ、宝石の様な碧眼は驚きなのか怒りなのかはたまた悲しみなのか…色んな色を滲ませているような気がした。
彼の足元にはレッドブラウンの長い髪の美しい女性が横たわっていた。
瞼は閉じられたまま、ぴくりとも動かずにまるで眠っているようだ。だがその傍らに立つ青年の表情から見てただ眠っているわけではないということは明らかだった。
青年はその女性を見て口を開いた
「君はーーーーーー」
「ぬっきょおおおおおお」
自分の雄叫びと共にガバッと天蓋付きのベッドから飛び起きた。
…ん?天蓋付き…?あぁそうか…
見渡せば白を基調とした近世のヨーロッパ風な部屋だ。もちろんこの世界にヨーロッパの国々は存在しないのだが…。
この世界にはヨーロッパの国々も存在しなければ、今自分の新たな記憶として脳内に流れてくるかつて自分が過ごしていた日本という国もないということは、この世界に生まれもう少しで15年になる自分の常識でわかる。
要は自分の前世は日本人だったということだ。
現世での私はリーナス・グリアベルという名前だ。
グリアベル家はこの前世とは異なる世界…バロラニア王国の侯爵家の貴族で、私はグリアベル家の長女で上に兄が1人いる。先ほどとんでもない雄叫びをあげていたが、一応貴族の令嬢だ。
さっきの悪夢のショックで前世の記憶が蘇ったのだろうか?その辺りはよくわからないのだが、自分の姿を鏡で見てひどい顔色だということに気づいた。
腰まできそうなレッドブラウンの髪の毛は緩くパーマがかかっていて、これなら多少寝ぐせがあっても安心…ごほんごほん。
ダークブラウンの目は少しつり上がっていて鼻はすっとスッとしていて桜色の唇はぷっくりとしている。綺麗系な顔立ち。
身長はそこまで大きくはないが…まぁ女の子だしいいか…。
まだあどけなさの残る顔を見て現世ではルックスでは勝ち組であることに小さくガッツポーズした。
しかし…先ほどの夢は嫌にリアルだった…
間違いじゃなければあの横たわってた女性って…私だよね…?今よりもいくつか歳を重ねてた様だけど…。
そしてその夢の中に出てきた「私」のそばに立っていた青年にも見覚えがある。
あの美しい青年はバロラニア王国の王太子クリストファー・バロラニア…。
リーナス?クリストファー…?こう改めて聞くとどこかで聞いたことあるような…。
!!!!ああああああああ!!!
いや自分の名前を聞いたことあるというのもおかしな話だし、自分の国の王太子の名前を知っているというのも一般常識として当然なのだが、この世界観をもっと前から…それこそおかしなことを言うようだが自分が生まれる前から知ってる。
これは前世の友人がハマってた乙女ゲーの世界や…。
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私の前世はしがない会社員だった。
特別やりたい仕事だったわけでも仕事に関して誇りを持ってたわけでもなく生活のために淡々とこなし、仕事が終われば残業などはせず仕事では決して見せない機敏な動きでこれ以上ここにいてなるものか!と言わんばかりに素早く帰路に就く。
職場の人間とも良好な関係とは言えないがそんなにギスギスした関係でもないと思う。
まぁ絶対残業しないぞ!という姿勢は果たして周りからどんな風に見られて言われてるか分からないが、自分に実害が無ければ気にはしなかった。
これでも昔は夢もありその為に大学に進学するため勉強に明け暮れていたわけだが、早く働かなければならない状況になって急遽就職活動をやり始め今の会社に勤めているのだが、頑張っても夢を実現できなかった燃え尽き症候群で、この気だるい大人が完成してしまった。
そんな私ではあったけど新しく熱中するものがなかったかと言えば、そうでもない。
テレビゲームに楽しみを見出し、仕事が休みの日にはゲームに明け暮れていた。
好きなゲームのジャンルはRPGだったり格ゲーだったりだ。スマホゲームでは脱出ゲームやパズルゲームにもハマってる。
あとはゲーム以外であればスマホで小説を読むこともあったりする。
最近は乙女ゲームを題材にした小説が流行っているようだ。
私は乙女ゲームはしたことなかったが、ゲーム友達の一人が乙女ゲームにハマっていて、よく色々と教えてくれていた。
友達曰く、私は乙女ゲームをしないからネタバレしても怒られないし、ゲームに限らず色んな話を興味持って聞くから、私に話すのが楽しいらしい。
そんな友達の影響もあってか乙女ゲームを題材にした小説を読むのにもハマっていた。
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少し脳内でトリップしてたようだ…。ここの世界はその友達がやっていた乙女ゲームの世界だということだ。
友達の受け売りなので私もざっくりとしか知らないのだが、この世界での私の立ち位置はリーナス・グリアベルというヒロインの最大のライバル。つまりは悪役令嬢だ。
私はクリストファー王太子の婚約者候補で、当初はクリストファーが17歳の誕生日を迎えた時婚約者候補の中から婚約者が決まる仕組みになってたんじゃなかったかしら…?
今年王太子は16歳になるのでつまりは来年。
私とクリストファー王子は年齢も1つ違いだということで最有力候補だったはずだ。
ただ私が今年から入学する魔法学園ーーーそこに1年後同学年にヒロインが編入してくる。
補足だがこの世界に魔法も魔物も存在するらしい。RPG好きの私にとって興奮ものだが魔物は怖い。魔法とても興味ある。
話を戻すとその編入生と王子が次第に惹かれあってハッピーエンドになる感じか。
1年後の王太子17歳の誕生日に、その婚約者が決まる他の婚約者候補を押し退けて、ヒロインを婚約者に据えるって話の流れだった気がする。王子ルートだとしたら。
王太子とヒロインのことをぼんやり考えていると廊下が何やら騒がしい。
その後コンコンと控えめにノックをされて「どうぞ」と入室を促した。
「お嬢様、先ほど悲鳴が聞こえたような気がするのですが大丈夫でしょうか?」
侍女が何人か入ってきて私の様子を見に来たようだ。
…あああ、さっき素っ頓狂な雄叫びをあげてしまったわね…。
「えぇ…大丈夫ですよ。ご心配をおかけしてごめんなさい。」
私が詫びれば侍女達が慌てだした。
「い、いえ!!お嬢様のお加減を確認するのは、私たちの務めですから!!お気になさらないでください。」
一番最初に部屋に入り私に直接受け答えしていた侍女ーーサラが慌てながらそれでいて心配そうな目で私を見ていた。
ここで私は今までのことを振り返る。
あぁ…この前世の記憶が戻るまで…それこそ昨日眠るまで私はほんと我儘三昧で過ごしてきた。
都合が悪かったり虫の居所が悪ければ使用人に当たり散らし、自分が女王にでもなった様な傲慢な態度だった。
そんな女がいきなり謝罪などした時には明日槍でも降るんではなかろうか?とある意味恐ろしく思うのも無理はない。
今までのことは無しにできなくても今後色々と改めていかないとなぁと一人反省会したのだった。