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俺としたことが根負けした。芝生の生えた庭に寝転がって空を眺めると、エレアノーラの言っていたとおり数え切れないほどの星が輝いている。
ジギの姿でアンブロシアーナと二人きりで見ても構わなかったが、フリードリヒとして一緒に見る事で彼女の気を引けるならその方がいい。
手でも握ろうと自分の手を伸ばすが、瞬時にアンブロシアーナはエレアノーラにひっついて流星が見えたことを報告する。
「願い事は3回繰り返して唱えるのよ」
「3回も……間に合わないよ」
空振った虚しさに流星を目で追った。
願いは3度も唱えられなかった。
俺の願いなど唱えたところで叶うわけもない。全てが両手をすり抜けこぼれ落ちていく。
白い世界に来る度、俺はかき集めた記憶と虚しさでいっぱいになっていく。体の内側で何かが膨張していくような感覚、息苦しさが俺を襲う。
これでも俺が持っているものなどフリードリヒの半分にも満たないのか。フリードリヒが羨ましい。
白の世界は暖かく、いつもどこか優しい気がする。
もう手も足も感覚が無い。いずれ魔導書に命を吸い尽くされるとわかってはいた。俺がいない世界こそが、もしかしたら本当にアンブロシアーナが幸せになれる世界なのだとも。
だが俺には自分で死を選ぶ勇気はなかった。
俺の願いを叶える名目で魔人の国の繁栄とやらを目的に動いているらしい魔導書。アンブロシアーナの幸福を願いながら、結局何度も泣かして自分のわがままを押し通した俺。
この世界はいつも身勝手な奴らが構成していて、誰かの身勝手から動いている。
「ジギ、ジギ、まだお別れは嫌だよ」
なんだ、俺はいてもここにいても良かったのか。
そう気付くまでにどれだけ時間がかかったのだろう。
最初からジギとしてアンブロシアーナに会っていれば何か変わったのだろうか。俺がフリードリヒじゃないと伝えていたら、まだ3人で馬鹿みたいなことをして笑えていたのだろうか。
いいや、もしかしたら3人ではなくて
最期に抱いた夢、楽しかった記憶も全て零れ落ちて魔導書に喰われてしまう。
仕方がない。魂をやると言ったのは俺なのだから。
「ジギ、ジギ」
柔らかくて優しい声。ふわりと赤い炎が揺れている。この温かい色も俺は忘れてしまうのだろうか。
それは困る。
魂をくれてやるとは言ったが、目的や過去までやるとは言っていない。俺は自分が存在していても良かったと知れた事実までくれてやるとは言っていない。
渡すものか、渡してたまるものか。
二度も失ってしまった花冠。花冠を貰ったのは俺だ。あれは誰にも渡さない。
半分にも満たない俺の中身、全てがあの花冠なんだ。
もうフリードリヒの半分なんていらない。ただ俺がアンブロシアーナに貰った、俺だけのものがあればそれでいい。
感覚も無く放り出していた手を無理矢理前へと伸ばす。果たして思う通りに伸びているのかさえわからないが、遠くへ消えてしまった花冠があるような気がするその方向へただ叫んだ。
渡さない、これだけは渡さない。
このまま終わってたまるものか。
アンブロシアーナ、俺の名を呼んでくれ。俺の本当の名前は




