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セーニョの先で見ている  作者: トシヲ
片手の指だけでは掴みきれない
33/62

15

 翌朝、アンブロシアーナはエレアノーラの部屋のドアを叩いた。


 フリードリヒが倒れた事でかなり弱っているだろうエレアノーラに何かしてやれないかと考えた結果、彼女が好きな菓子や果物をバスケットにありったけ詰め込み、いつも彼女が自分に見せてくれるような妙ちくりんなダンスも考えてきた。


 だが、予想に反して勢いよく開いたドアの向こうから、両手を広げて飛び出してきたやたら元気なエレアノーラに、ダンスの振り付けが頭から吹き飛んで消えていく。 


「アンンン〜! おはよう! 今日も林檎みたいで可愛いわ! ハッ……可愛い、なんて可愛いのかしら!? こりゃあ、たまげたわ!」


「え、エレン! その、元気そうで良かった」


「うふふっ、昨日ちょっと泣きすぎて、むしろ元気になってしまったのよ。不屈の心を持って生まれたこの私を世界は恐ろしく思うかもしれないわね。さあ一緒にお見舞いに行って、あれをぶん殴りましょう!」


「ぶ、ぶんなぐ……」


 エレアノーラに手首をひっぱられ、フリードリヒの部屋へ連行される。

 アンブロシアーナはエレアノーラのために用意した果物や菓子を傷つかないようにとしっかり抱いて、本当に彼女が病人を殴りやしないかと冷や冷やしていた。


「フリードリヒ殿下、ドアを開けてもよろしくて?」


 ゴンゴンと殴りつけるような強いノックの音。それに反して可愛らしいエレアノーラの声に、ドアの向こうから聞き慣れた爽やかな声が返事をした。


「どうぞ」


 バァーンと豪快にドアを開けたエレアノーラに、フリードリヒは動じることもなくチョッキのボタンをしっかりとめて微笑んだ。


 アンブロシアーナはフリードリヒの視線が自分を捕らえた事に背筋にぞっと冷たいものが走る感覚を抱いて、持ってきたバスケットに視線を移す。


 何かが違う。その違和感はフリードリヒの双眸にあった。


 ――フリードがわたしを見てる。


 自意識過剰などではない。アンブロシアーナはわざと目を合わさぬよう、バスケットとエレアノーラにだけ視線を行き来させる。

 エレアノーラはコウモリの飛び方と鳩の飛び方の違いを自らの腕でやって真剣に説明をしていた。


 その後フリードリヒの体調はすっかり良くなり、また三人はピクニックに出かけたり、彼に追い回されて過ごした。


 エレアノーラに誘われて、アンブロシアーナはフリードリヒを突き落とすための落とし穴を掘った。

 しかしそういう時、勘のいいフリードリヒが上手く避け、通りかかったローレンツが転げ落ちる。

 何度かそういったいたずらを繰り返し、懲罰房ではエレアノーラの掘った穴が大きく広がっていく。


 穴掘り名人を名乗りだしたエレアノーラ。彼女と共に夜中に部屋を抜け出しては、フリードリヒに見つかってしまい、口を酸っぱく叱られる。

 その騒ぎを聞きつけたローレンツが様子を見に来て、幽霊と見間違えて悲鳴を上げて大騒ぎし、その日も懲罰房の穴は大きくなっていった。


 今ではアンブロシアーナの事だけではなく、エレアノーラにさえ怯えるようになったローレンツは、他の王女たちにも腑抜けと呼ばれた。

 初めて非難という非難をされて落ち込んだ彼は、自らを鍛えるべく騎士の鍛錬場に顔を出すようになったそうだ。


 ジギがいなくなっても、日常は変わらずにそこにある。変わりないはずの日常は、僅かな違和感を孕んでそこにあった。



 フリードリヒの16歳の誕生日を記念した祝賀会に参加したアンブロシアーナは、危惧していた通り、ローレンツのエスコートを受けることはなかった。

 一方のローレンツも壁の花のように端にぽつんと立ち尽くして、どうやらエレアノーラのエスコートが叶わなかったようだ。


 権力を持つ公爵の娘とはいえ、エレアノーラが王族のローレンツの誘いを正当な理由もなく断れるわけもない。

 正当な理由とは、先に他の王族、またそれに匹敵する誰か、もしくは政治的な理由などから、家族や親族のエスコートを受けることだろう。


 ――フリード、エレアノーラを誘えたのかな?


 そう心の中でガッツポーズをするアンブロシアーナの期待をぶち壊すように、エレアノーラがにこにこと令嬢の微笑を顔面に貼り付けて現れる。その隣にいるのはエレアノーラとよく顔の似た男だ。


「ご、ごきげんよう、エレン」

「まあ、アン様。今日もとてもお美しくいらっしゃいますわ」

「そんなことは……あの、そちらの方は……」


 エレアノーラにそっくりな男性は儚げな雰囲気をまとった美青年で、彼女と同じミルクティーブロンドのふんわりした髪と優しそうな目を持っていた。


「こちらは、わたくしの兄でございます。」

「エレアノーラの兄、ディディエと申します」

「お、お兄様なのですね。お二人とも、よく似ていらっしゃいます……」


 出生率が低い魔人で兄弟姉妹がいる者は少ない。

 王妃から生まれた王女とローレンツも確かに似ているが、エレアノーラとディディエはもっとよく似ていた。


 同じ親から生まれた者はここまでよく似ているのだと関心していると、ついディディエを見つめすぎてしまったことに気が付いて慌てて床に視線を移した。


「ジロジロと見てしまってごめんなさい。えっと……良い一日をお過ごしください」

「いえ、お気になさらず。それより、うちの元気すぎる妹の世話をして下さって、本当にありがとうございます。ご無礼な真似ばかりされてないか気になっております」

「お、お世話だなんて……面倒を見て頂いてるのはわたしの方なんです。とても良くして頂いて、一緒にいると毎日楽しいです」

「まあ、アン様っ……わたくしもとっても幸せですわ。これからもよろしくお願いいたしますね」


 未婚の娘が兄にエスコートされるのは自然なことなのだろう。

 立場上は国賓であり、一国の王女であるアンブロシアーナを立てるために、婚約者候補である王子の誘いを断る必要もあったのかもしれない。



 アンブロシアーナは二人と別れた後、なるべく目立たないように鮮やかに咲く花の側に立った。


 今夜の主役であるフリードリヒは新品の礼服に身を包み、祝い事の日のために作られたカーペットを歩き出す。


 魔人よりも弱い視力でエレアノーラを探しているのだろうか、視線の先を変えながら歩くフリードリヒを心の中で応援してみる。


 周りの貴婦人たちのように、アンブロシアーナも王子に向かって頭を下げた。

 つまんだドレスは壁と同じ色だ。鮮やかで普段は目立つだろう髪も、今日に限っては飾りの花と同じ脇役にすぎない。


 ――早くエレアノーラの手をとって


 壇上でフリードリヒが神、国王、国民、賓客に礼の言葉を述べている間も、アンブロシアーナは花になりきった。装飾としてそこにいた。


 どの時間、どの世界とも違う結末を祈って。


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