うのっち救済会
香月よう子side
「あー、もうさっぱりわかんないぜ!」
うのっちが、とうとうペンを投げ出した。
「なーに、うのっち。もうギブアップ?」
「さっきから、全然進んでないじゃないか」
「そうよ、宇野君。それじゃ単位落としちゃうわよ」
三人が、口々に言う。
「あー、お前らはいいよな。課題とっくに済ませてて」
拗ねたようにうのっちが言う。
「9月に入って、まだ課題残してる宇野君が悪いのよ」
「ああ。俺らはとっくに済ませてるんだ」
「だって、引っ越しのバイトがきつくてよー」
「バイトなら、竣も紅羽もやってるんだから、条件は同じでしょ。バイトのせいにしない!」
さっきから、同じような会話を繰り返しているいつもの四人。
ここは、お佳の部屋。
夏季休暇も、早くも後三日残すのみ。
それなのに、「教育ドラマ演習」の課題に全く手をつけていないうのっちが、三人に泣きついたのだ。
だから、部屋が広いお佳のマンションに四人が集まった。
それで、すっかり課題が終わったようなつもりでいたうのっちが、甘かった。
三人共、出来上がったレポートを見せてはくれた。
でも、勿論、丸写しなどさせてはくれない。
あくまで、自力でオリジナルのレポートを書くように、三人は言う。
「教育ドラマ演習」とは、「創造的なグループ活動を通じて「生きる力」を育む教育方法を学ぶ科目」だ。
「グループによる学習活動」「創造と選択のある活動」などのテキストやテーマを生徒に与え、そこから展開を考えさせる。グループで話し合わせながら、自分たちでやってみたいことを考えさせる。
その過程をレポートにまとめるという課題なのだが、うのっちにはどうも性が合わないらしい。
「まあ、いいわ。ここらでちょっと休憩しましょう」
そう言って、お佳はキッチンに立ち、アールグレイの茶葉と氷で、本格的なアイスティーを作った。
「紅羽が持ってきてくれたこのオレンジのブラマンジェ、美味しいじゃない」
「ふふ。そのケーキ屋さんの新作なの。私、ブラマンジェだいすき」
「お佳のアイスティーも美味いな。濁りもないし、カフェで通用する腕だな」
和気あいあいと盛り上がる三人。
そんな中、いつもは率先して騒ぐうのっちが、珍しく会話に参加しない。
「なあに、うのっちは元気がないわね」
お佳が言った。
「ヤバイ……。俺、本当に単位落とすかも……」
うのっちが、本気で青ざめている。
もし、この単位を落としたら、留年の可能性が出てくる。
うのっちはもう藁にも縋る思いだった。
「もう、うのっちは仕方ないわねえ。どこまで出来てるの?」
お佳がうのっちのレポートを覗き込んだ。
「なんだ、そんなところでつまずいているのか」
「そこは、こういう風に展開していけばいいのよ」
ようやく三人が、うのっちに救済の手を差し伸べた。
「うんうん。そこはわかった。その次のやり方は……」
いつもふざけているうのっちが、真剣に三人のアドバイスを聞きいっている。
その本気が三人にも伝わって来た。
だから、三人とも親身にアドバイスをする。
うのっちは、必死にレポートを進めた。
「やった!! 出来たーーー!」
約一時間後、うのっちが後ろに倒れ込みながら、叫んだ。
「ようやく終わったか」
「どれどれ、どういう風にまとめたの?」
「宇野君、なんだかんだで結構よく出来たじゃない」
三人が、うのっちの完成レポートを読みながら、口々に言った。
「あー、お前らのおかげだぜ。マジ感謝!」
うのっちが大仰に三人に頭を下げる。
「それにしても、大学の勉強がこれだけハイレベルとは思ってなかったぜ。ていうか、みんながみんな「デキる」だろ。高校まではトップクラスでいい気になってたけど、大学では劣等生もいいとこだ」
うのっちが言った。
「それは私も感じるわ。高校まではなんとかトップクラスだったけど、大学じゃ「フツウ」だもん」
紅羽もうのっちに同意した。
「フツウってことはないだろ、紅羽は。オールSなんだし」
「それは、必死で勉強してるからよ。ちょっとでも気を抜けば、私も落第すると思うわ」
「同感! だから私、サークルはお遊びだし、バイトもしないの。真面目に勉強しないとね」
皆が口々に言い合う。
「俺、お前らと友達になって、本当に良かった。助けてもらえて」
その時、うのっちがしみじみと呟いた。
「やーだ、うのっち。今更」
「そうよ。私達、仲間じゃない。困ってる時に助け合うのは、当たり前よ」
「今までもこれからも、俺らの友情は変わらないと思うぞ」
四人が四人共に、お互いの顔を見つめ合った。
それは、確かな友情で結ばれた「絆」を感じさせる。
四人共、「鳴治館大学教育学部・児童教育学科」に入学し、出逢うことが出来て本当に良かった、と思った。




