指輪と誓い
次回、完結となります。
なんとかして薫をなだめ、純也と慶一を見送ったあと、雛子はようやく薫の荷物に目を向けた。
「随分たくさん買い込んできましたね?」
「……だってお祝いだと思って…」
じろり、とこちらを見る薫。
だから気が早いって。
「そういえば、そこに広げてあった雑誌、全部片付けましたよ」
「あぁ、あれ?そっか~みたのか~。じゃあ、どれか気に行った場所があったり…」
「しません。というか、ろくに中身は見てないんで」
「そう…」
がっくり、と肩を落とす薫。
考えが甘すぎる。
「雛ちゃん……」
「なんですか?」
じっと見つめられ、思わずたじろいだ。
「僕、もう待てないんだけど」
ぐっ。
待てのできない犬が、尻尾をブンブン振り回している姿が見えるようだ。
今にも飛びかかってきそう。
「ちょこれーと、頂戴?」
はい、とばかりに両手の手のひらを差しだし、こてんと首をかしげる。
「あざとすぎません?」
少しばかり呆れて言うと、薫からは端的に一言。
「どんな手を使ってもいいから早く答えが欲しい」
「…焦りすぎですよ」
少しばかり意地悪を言いすぎただろうか。
さすがにちょっと反省すべきかも知れない。
「チョコは後で渡しますから、先に料理の準備をしましょう。
……お祝い、するんですよね?」
その意味がわからない薫ではあるまい。
案の定、一気に顔を輝かせた薫は、「うん!」と良い子の返事をすると、買ってきたばかりのスーパーの袋をガサガサと広げ始める。
「えっとね、ビーフシチューとロールキャベツと、ローストビーフと、マッシュポテトと、それから……」
「買い過ぎですって、それ…」
次々と飛び出す料理名に、どれだけ作るつもりだと呆れる。
「いいのいいの。今日作る料理は、残ったとしてもリメイクが聞くものばっかりだから。
明日また食べればいいし。そうしたらその分明日の料理は楽になるから、いつもよりベタベタしてられるし!」
――――なるほど、一番最後のが本音か。
そうは思うが、あからさまに喜色満面の薫に意地悪をいう気もなくなる。
「なにか手伝いますか?」
「雛ちゃんは座ってて!すぐに作るから!」
袋から食材を取り出そうとしたところで、慌ててそれを取り上げられる。
「いい子でチョコレートを用意して待ってて!」
「チョコレート、そんなに欲しいんですか?」
意気込む薫に、何となく聞いてみる。
「もちろん!だって雛ちゃんからのチョコだよ!?愛のチョコ!!」
先ほどの雛子の一言で安心しきった薫は意地悪な雛子の言葉にも動じない。
「愛は入ってません」
「それでもいいの!雛ちゃんが僕に用意してくれたってだけで十分!」
だらりとやに下がった顔で宣言して、「よし!」と腕まくりする。
「1時間で全部仕上げるから、待っててね!」
「…焦らなくていいですよ、夜は長いんですから…」
「嫌だ!少しでも早く済ませて熱い夜を過ごす…!」
「…まったく…仕方ない人ですね…」
くすり、と笑って、もう一度先ほどちらりと視線を送ったクローゼットを見る。
そこに入っているのは、とある思いつきから誕生したチョコレート。
アレを薫が受け取った時、どんな顔をするのか考えるだけで愉快だ。
※
「ごちそうさまでした!」
「とても美味しかったです、ありがとうございます」
料理を半分ほど二人で平らげたところで、すっかり満腹になった。
途中から既にそわそわし始めた薫の視線を痛いほど感じるが、あえて無視しておく。
「雛ちゃん……デザートにチョコレート…」
「…はいはい…」
我慢できなくなって自分から言い出したところで、立ち上がった雛子がクローゼットから取り出したチョコ。
それは。
「……またクマ!?」
「お願いして、クリスマスの時と同じの形の型を作ってもらったんですよ」
「だからって何でバレンタインデーにクマ………って、あれ?少し違う…?」
ガサガサと包を開けていた薫が、その違和感に気づく。
木彫りのクマソックリに作られたチョコレート、そのクマが口にくわえているのは、前回のような酒瓶でも、鮭でもなく……。
「……指輪?」
「おもちゃですけどね…。本物は後で見に行きましょう。……二人で」
その言葉を聞いた瞬間、薫の行動は早かった。
「ちょ…!薫さんっ…!!」
「雛ちゃん大好きっつ!!!指輪ならいくらでも買ってあげる!!好きなの選んで!!なんなら今すぐでも…!」
「だから気が早すぎですって…!後でいくらでも時間はありますからっ!」
喜ぶとは思ったが、想像以上だ。
財布を掴んでそのままジュエリーショップに突進しそうな勢いである。
その前に、まだやることがある。
「薫さん。その、クマがくわえてる指輪、とってもらってもいいですか?」
「え?取れるのこれ」
「取れますよ。じゃないとそれはおもちゃだから食べられませんし」
「あ、そっか」
言いながらも、せっかくのチョコレートを少しでも崩したくないと、慎重に指輪を外していく薫。
「とれたら、私の指にはめてもらえます?」
「……この指輪を?」
「ええ」
「……今すぐ本物買ってくる…!!!」
こんなおもちゃじゃ…!と、言い出す薫を押しとどめ、雛子は言った。
「いいんですよ、最初はおもちゃで。私達らしいじゃないですか。
それに、この指輪、実は昔自分で買った宝物なんです。おもちゃだけど、ちゃんと名前も彫ってあるんですよ」
友人と出かけた縁日で買った、たわいもないおもちゃ。
けれど、その場で名前を彫ってくれて、その日からずっと雛子の宝物になった。
雛子だけの指輪。
豪華な宝石も何もいらない。ただ、誰かから送られる心のこもった指輪、それが欲しかった。
「いつか、誰かからこんな指輪がもらえたらいいなって妄想しながら買ったんです。……だから、薫さんからはめてもらいたい。……ダメですか?」
できれば、うなづいて欲しい。
そう思って上目遣いに見れば、感激したようにブルブル震える薫の姿。
「ダメなわけ……ないじゃない」
そう言いながら、じっと指輪を見つめる薫。
「僕で、本当にいいんだね…?」
「ええ。薫さんが」
「もう、返却きかないよ…?」
「そんなことさせるつもり無い癖に…」
最後の最後に臆病になるのだから、まったく仕方ない人だ。
「薫さん……。今度こそ、ずっと一緒ですよ」
「…うん。…そうだね、ずっと、一緒だ…」
指輪をはめる手が震える。
冷たい雫が、ポツリポツリと手の甲に落ちる。
それを押し抱くようにぎゅっと両手に閉じ込めて、薫はいった。
「望月雛子さん、あなたを一生…ううん、たとえ、何度生まれ変わっても守り続けると誓います。
どうか、僕と結婚してくれますか…?」
ずっとずっと、僕の傍に。
「……はい」
答えた瞬間、抱きしめられた。
強く、強く。
懐かしい匂いが、一瞬だけ漂う。
あの聖域で嗅いだ花の匂いだと気づいたが、今は何も言う必要はない。
「幸せすぎて死にそう…」
雛子の首筋に顔をうずめ、じっくり幸せを噛み締める薫。
「今薫さんが死んだら、別の人を探しに行かなきゃいけませんね。婚期、逃しちゃいますから」
冗談のつもりで言った言葉だが、思ったより本気にとったらしい薫が抱きしめる両腕に更に力を込めた。
「僕絶対死なない。雛ちゃんより先には絶対!」
だから再婚とか絶対許さないから!お婆ちゃんになってもダメだから!と真顔で説教する薫。
プッ。
「じゃあ、長生きしてくださいね、薫さん…」
「雛ちゃんもね…。二人でずっと、長生きしよう」
子供が出来て、孫が生まれて、それから先も、ずっと二人で。
望んでいた未来が、今やっと、目の前にある。
こんな幸せが、許されていいのだろうか。
「いいんだよ。僕らはもう世界にとらわれる必要はない。自由なんだ」
自由に恋して愛して、自分たちのためだけに生きていい。
それだけの犠牲は、既に支払ったのだから。
「雛子、愛してる」
「私もです…」
むず痒く――何より、幸せな瞬間だった。




