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待ちに待ったバレンタイン

もうすぐ完結!ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

結局あの後、すぐに目を覚ました薫は運ばれた病院で簡単な検査を受け、そのまま自宅へ戻る運びとなった。

救急車で気を失っていたのはほんの数秒だったらしく、レスキュー隊員達はそのことを何も覚えていなかった。

まったく、我ながら都合のいいことだと思う。


そして時は流れ、2月。

結局年内いっぱいどころか、今日までずっと雛子宅に居座った薫は、少し前から住宅情報誌をテーブルに並べてはちらりと雛子を横目で見るという姑息な手段をとり始めていた。

それが結婚情報誌ではないのが余計にあざとい。

どうせ断られないと安心しきっているというのが一つ、そしてもう一つは、すでに薫の中ではお目当ての式場がどうやら決まっているようなのだ。

わざとらしく見せられたそのHPによれば、そこは一日たった1組みしか受け入れないという、こじんまりとしたガーデンハウス式の式場で、敷地内にはレストラン、宿泊施設、チャペルが全て併設されているそうな。

正直に言えば欲目なしに見ても非常に綺麗な式場で、まぁ悪くないなと思った。

『式の後は併設ホテルのデラックスキングルームへのご宿泊つき!挙式者にしか泊まらせない部屋なんだってさ』

えへへ、と笑いながらの薫のセリフだが、デラックスキングルームとはなんぞや。

スイートルームなら聞いたことがあるが、もはや意味がわからない。

あれだ、コーヒーの自動販売機でそれぞれ「デラックス」「ハイクオリティ」「リッチ」などと書かれていてどれが一番いいのかさっぱりわからない状態、それに近い。

胡乱な目で見る雛子に一生懸命説明をしていた薫だが、その話を聞いているだけでも相当その式場を気に入って詳しく調べていたことがわかった。

というわけで、すでに結婚情報誌を見せる必要は無く、次は新居とばかりに不動産情報誌をちらつかせているわけなのだが、実はそのどれもが戸建ての庭付き。

明らかに家族向け物件。

『やっぱり子供が出来たら広い庭は必要だよね?』と、あくまで一般常識を装って尋ねてきた薫の頭を張り倒してやろうかと思った。

まだ交際すら始まっていないというのに、気が早いを通り越してもはやただの妄想の領域だ。

気の毒になるので流石に指摘はしないが。

本日バレンタインデー。

昨日から薫がそわそわとした様子で雛子を伺っているものの、あえて無視をしている。

数日前から、「もしお菓子作りとかするなら、僕買い物にいってるから!チョコレートとか作るなら大人しく待ってるから!」と、もはや隠す気もない痛い発言を連発していた薫。

断られるはずはないと確信しながらも、実は気が気ではないのだろう。

――――まったく、なんだかんだですでに”そういう”関係にまでなっておいてそこまで浮き足立つこともなかろうに。

健康な男女が3ヶ月間ひとつ屋根の下にいて何もないほうがおかしい。

「あくまでお試しですよ、お試し」といった雛子に「そうだよね、お試しだよね!!」と言いながら飛びついた薫はまさに犬だった。

もはや3ヶ月という期限などただの建前でしかないのは明白だ。

その建前を最初に言いだしたのはもちろん自分なのだが…。

『今日は特別な日だから!』と言いながら朝から出かけていった薫はまだ自宅には戻っていない。

手作りチョコを期待しているところ悪いが、今のところそのつもりはゼロだ。

チョコそのものを用意していない、というわけではないのだが…。

机の上に広げられた不動産情報誌を隅に片付けながら、ちらりと見るのはクローゼットの扉。

そちらに向かって一歩足を踏み込んだその時だ。

ピンポーン

『ひーよーちゃーん!!』

聞こえてきたいつもの声に、クローゼットに向かいかけた足を止め、微笑みながら玄関に向かう。

「慶一くん……と、純也さん」

「ひーよちゃん!」

「急にすいません、望月さん…」

扉を開けたとたん抱きついてきた慶一と、申し訳なさそうな顔の純也。

「慶一が望月さんの家に行くときかなくて…」

「そうなんですか…。慶一くん、昨日のチョコレートはどうだった?」

「かわいかったよ!ありがとー、ひよちゃん!」

実は今年のバレンタインデーは月曜日。

たまたま昨日薫の店にやってきた二人には、すでにチョコレートを手渡し済みだ。

慶一にはネットで買った動物の形をした立体タイプのチョコレートを、純也にはチョコレートボンボンを購入した。

それを羨ましそうに横目で見ながらも、『明日は絶対、家に来るなよ!』と大人気なく釘をさした薫に呆れ返ったのは記憶に新しい。

二人が来たのが薫の帰宅前で良かった。

「あのねあのね、ぼくもひよちゃんにちょこれーともってきたの!」

「…え?」

「昨日慶一と一緒に作ったんです」

みれば確かに慶一の手にはラッピングされたチョコレートらしきものが握られている。

「わざわざすみません……!」

「いえこちらこそ…」

互いに恐縮し合う二人に、笑顔の慶一。

「ひよちゃん、はい!」

「ありがとう慶一くん」

チョコレートを差し出す慶一に合わせ、玄関にしゃがみこむ雛子。

「ひよちゃん、大好き!」

ちゅ。

……ちゅ?

「お、おい慶一…!!」

――ー今、もしかしてほっぺにキスされなかったか?

ドサドサドサッツ。

「…げっ」

物音に扉の先を覗けば、スーパーの買い物袋を床に落とし、わなわなと震える薫の姿。

慌てたのは純也だ。

まずいところを見られてしまったと、顔が完全に引きつっている。

「じゅ~ん~や~!!!!!!」

「ちょっと待って!これには深い訳が……!!」

「問答無用!」

後ろから薫に締め上げられる純也。

雛子に抱きついたままの慶一は確信犯だ。

さすがの薫も幼児には手を出せず、その鬱憤を純也に向けている模様。

「ギブギブ……!」

「…薫さん…!もう、いい加減にして中に入ってください!」

バタバタと暴れる純也を羽交い締めにしたまま離さない薫だったが、その雛子の一言に、ぱっと手を離す。

ドンっつ!

「だ、大丈夫ですか純也さん?」

「……大人げないにも程がある…」

げほっとむせながら答える純也。

薫はといえば、尚も憮然とした表情を隠さぬままだ。

「雛ちゃん今の…」

「ただの子供のすることですから!」

ね!?と強調しながら言えば、純也が後ろでうんうんと頷き、すでに純也に確保された慶一が、不満げな表情で薫を見ている。

「ぼくのひよちゃん……」

「しっ!こら慶一!」

また薫の逆鱗に触れたら大変だと、慌てて慶一の口を塞ぐ純也。

「お前のじゃない、<僕の>雛ちゃんだ」

「わかりましたから、ほらもう…」

「すみませんでした望月さん、今日はこれで…」

薫を雛子が、慶一を純也がそれぞれなだめながら、なんとか二人を引き離す。

まったく…。

「困った人ですね…」

これから先も思いやられそうだ。

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