真相
さぁ、真実の時間だ。
「あなたたちの一族が私に執着をするのは、魂の記憶かしら。
私の魂は、かつてあなたたちの祖先が愛した魔女と同じ――――」
けれど、その人格は違う。
この世界で一度浄化を受けた魂は、それまでの経験、人格を全て消滅させられてしまうから。
そして残されるのは「魔女」としての自覚と、「世界の調停者」としての役割だけ。
最後の魔女と呼ばれた自分がそれを免れた理由は一つ。
この世界を、魂ごと抜け出したからだ。
それでも記憶は抜け落ち、完全なる復活には至らなかった。
最も前回を引き継ぐどころか、全くの白紙とされてしまうよりはましだったのだろうが。
今思えば、記憶に関してはわざとそうしたのかもしれないとさえ思う。
「彼は返してもらうわ」
そう、彼は、<私のもの>
「もう、手遅れです。聖獣の骸は既に……!」
レオナルドが声を張り上げるが、そんなことは関係ない。
「魔女」がいる限り、「聖獣」が完全に滅びることはないのだから。
聖獣はもともと魔女の魂の欠片。
その力を失ったというのなら、分け与えてやればいい。
たとえ塵一つなれど残っているのだとしたら、彼は蘇る。
必要なのは骸ではない。魂だ。
「帰りましょう、薫さん」
その声に呼び覚まされたかのように、ぽわっと焼け焦げた聖域の中から、一つの光が現れる。
淡く弱々しい白金の光。
「何を……!」
導かれたその光を、雛子は自らの中に取り込んだ。
かつて、多くの魔獣の魂を、をそうしたように。
現れた光の真下に残されていた焼け焦げた骸が、ふっと宙に浮き上がっていく。
「癒されている…そんな馬鹿な…」
何を驚いているのだろうか。
聖獣や魔獣にとって、肉体とはかりそめの器でしかない。
力さえ戻れば、何度でも蘇る。
もはや搾りかすのような魂であったとしても、人として生きるには充分。
残りの魂、全部持っていけばいい。
「そうそう、いいことを教えてあげますよ、レオナルドさん」
雛子は意識的に、「雛子」という人間として声を上げた。
「この世界に再び魔獣が蔓延ったというのなら、原因は”この肉体”です。
私の体を消滅させ、私のもとに集めたすべての魔女の魂を開放すれば、瘴気は全て消滅する」
かつてある子供に頼まれて、すべての魔獣の魂をこの肉体に封じた。
魔獣に宿るのは、浄化されぬままの魔女の魂。
その魂を封じている限り、世界には新しい魔女は生まれない。
長いあいだに、この肉体に施された封印が解け始め、瘴気が再び漏れ出したとうのなら。
解決方法は、ただ一つ。
封印した魔女の肉体ごと、一度全てを浄化させるしかない。
つまり、最後の魔女も、共に死ぬ。
「あの子も、彼も、それをどうしても認めなかった。だから、私は眠るしかなかった」
魂が世界に回収されてしまえば、それはもはや彼女という存在の消滅を意味する。
どうしても、それが許せなかったのだろう。
だが、世界の調停者として魂に植えつけられた使命感が、それを成さねばならぬと彼女に伝える。
そうしなければ、この世界はやがて滅びを迎えると。
あの子が死に、ようやく自分も滅びを迎えられる、そう思っていた。
そうならなかったのは、ただ一つ。
”彼”が自らの魂の力を用いて彼女の魂を異界に送り込んだから。
肉体も、巨大な力も、何もかも失いながらも、共に新しい土地を目指した。
ジェイスが言っていた「あのもの」というのは、聖獣のことだ。
魔女の魂を連れ、この世界から抜け出した聖獣に彼は気づいていたのだろう。
だからこそジェイスはあえて聖獣の骸を楔とすることで魔女の肉体を消滅から守った。
そのままにしておけば、やがてその肉体が朽ち果て、そこから再び、新しい魔女が生まれると知って尚。
「バカな子だった」
世界より、たった一人の魔女を選ぶなんて。
置いていかれたことを知って、何とかして自分もと考え――――できないことを知って、ならばその帰還を願った。
英雄が生まれ変わったとき、魔女が目覚めるなどという言い伝えはジェイスが勝手に残したものだろう。
彼にとっては、あの人と、魔女と、聖獣。その三つが揃ってようやく家族だった。
己の家族を取り戻したい、その一心だったのだ。
肉体が保存されたことで、たとえ異界に飛ばされようとも、肉体と魂との間繋がりは残った。
封印が解けはじめ、再び魔獣が現れたことで、世界は魔女の魂を再びこの地に呼び戻す。
そうして起こったのが、今回のこと。
あの子の一族がただの肉体に強い執着を残した事は誰にとっても予想外だった。




