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言い伝えは信じるほうです。

「おぉ~。これが雛ちゃんのお部屋!」

「…特に珍しいものはないと思いますけど」

自分の家の玄関に男物の靴が並んでいる、というのはどうにも違和感だ。

普段はやらないのに、なんとなく几帳面に靴を揃え、室内へ案内する。

玄関口に置かれているのは美智から去年プレゼントされたワイルドストロベリーの鉢植え。

花が咲くと幸せになれるというが、残念ながら花は咲かなかった。

まぁその頃にはあの元カレと付き合っていたわけだから当然かもしれないが。

ちなみに枯らすと不幸になるとも言われたため、捨てるに捨てられず玄関に置いてある。

そこなら出入りの際に必ず目にするため、世話を忘れる心配がない。

とりあえず気が向いた時に水をあげているのだが、花も咲かなければ枯れもしない。

ある意味今の雛子にぴったりだ。

「先に座っていてください。お茶、入れますから」

飲ませられるようないいコーヒーもないし、お茶というのだからお茶でいいだろうと買い置きしてある紅茶のティーバックを手に取る。

「しつこいようですけどくれぐれも…」

「余計なものは触らない、動かない!」

はい、っと手をあげて宣誓する薫に怪しいものを感じつつも、とりあえず信頼してその場を後にする。

お湯は湧いていないが、すぐにお湯の沸くケトルがあるから、沸騰までほんの1分ちょっとだ。

その間、少し遠目から薫を観察してみれば、多少そわそわしているものの、一応大人しくしようとはしているらしい。

「紅茶に砂糖とミルク入れますか?」

「ストレートで大丈夫!」

ふむ。

お湯を沸かしている間にティーカップを用意し、セットする。

自分の分は少々疲れた気分もあって砂糖とミルク、両方付けた。

普段は付けないのだが、特別だ。

「あ、ありがとう。でも雛ちゃん、頭の方は本当に大丈夫なの?冗談じゃなく吐き気とかがするならすぐに教えてよ?」

「大丈夫ですよ…っと。ただの脳震盪だそうですから」

来客時以外滅多に使わないトレイにお茶を乗せ、簡単なお茶菓子と一緒にテーブルに載せる。

テーブルといっても冬場はこたつとして使用するもので、週末にはこたつ布団を出す予定だった。

エアコンを入れればそこまで寒さは感じなかった為、先延ばしにいていたのだが。

「…そっか、よかった。…でさ、雛ちゃん。なんか僕に聞きたいことがあるんじゃないの?」

紅茶に一口だけ口を付け、薫が意味深に雛子を見上げる。

その前に自分も腰掛けながら、「やっぱりバレてました…?」と特に隠すでもなくあっさり認める雛子。

「そりゃあそうだよ。いくらなんでもなんの理由もなく二日目で家に入れてくれるほど、ガードは緩くないでしょ、雛ちゃん」

「わかってるならなんで車の中であんなにしつこく言ったんですか」

「僕以外は例えどんな理由があっても部屋に入れて欲しくないから」

飄々とした調子で答えられ、はぁとため息を吐く。

「まぁ雛ちゃんからのお誘いがものすごく嬉しかったのは本当だけど。…ちょっと我を忘れそうになった」

ぼそりと付け足された言葉がひどく物騒だ。

「で…本題ですけど」

とりあえず諸々聞き流してさっさと話を聞く体制に入る雛子。

「今日のあの男の子…慶一君、でしたっけ?あの子、年はいくつなんですか?」

「…確か、今年小学校入学…とか言ってたような気はするけど」

僕もうろ覚えだよ、と言いながらの答えに、雛子は眉をしかめる。

「そんな年齢の子を一人でバスに乗せたんですか」

はっきりいって非常識だ。

「そういう親なんだよ、あそこの娘はね。

旦那とも男関係で離婚して今は息子と2人でアパート暮らしだって言うけど、生活のほとんどは実家に頼ってるみたいだし…」

「それなら実家に帰ればいいのに」

「出戻りって言われんのが嫌なんだってさ。後は実家の母親にうるさく言われたくないんでしょ」

「…なんて自分勝手な」

「ね?母親なんてとても名乗れないクズなんだよ、あれは」

そう言って顔をしかめる薫は、なにやら相当その女性に対しての嫌悪感をもっているらしい。

もしや?とあることが脳裏をよぎる。

「…もしかして、昔言い寄られたりしてません?」

男にだらしない、といったような話も病院で聞いたが…。

「それこそ学生時代からね。あいつの家は実家のすぐそばなんだよ。

うちはそれなりに裕福だったからね。金目当てもあってそりゃァしつこく」

「…ご愁傷様です」

「ようやく諦めて嫁に行ってくれた時にはひと安心してたのに1年立たずに戻ってきてさ。

その後すぐまた人に色目使い始めるんだよ?信じられる?」

実に嫌そうな顔で、思い出したくもないといった表情を見せる。

うわー…。

さすがの雛子もあいた口がふさがらない。

「だから僕はずっと児童相談所に預けるなり縁を切らせて実家の親の養子にするなりしろって言ってるんだけど…」

やはり親は親なりにダメな娘でも可愛いらしい。

「弟の純也はまともなんだけどね…」

「あぁ、デザイナーをやってるっていう…」

確かに、良識人っぽかったなと思う。その分苦労をしていそうだが。

そういえば、と不意に思い出した。

「今日、お父様にお会いしましたよ」

「はぁ!?」

「デパートで、本当に偶然みたいですけど…」

おそらく無意識だろうが、カップを叩きつけんばかりに振り下ろして思い切り身を乗り出す。

「ちょっと雛ちゃん、なんでそれ早く言わないの!?」

「いや、すっかり忘れてただけで…」

その後であの男の子の件があって、本当に忘れていたのだ。

「あのゴキブリ親父…。雛ちゃんには近づくなってあんだけ釘を刺したのに‥!」

そうか、釘を刺されていたのか。

それであの態度とはなかなかなものだ。

「変なことされなかった!?すぐお巡りさんを呼んでって言ったでしょ!!」

「いやさすがに声をかけられただけで警察は…」

実際には呼ぼうとしたが。

「いい?遠慮してたらつけ込まれるよ、そういう男だからあれは」

雛子の前で指を立て、真剣な様子で念を押す薫。

「さすが薫さんの親だとは思いました」

「それどういう意味!?」

本気でびっくりしたような薫だが、自分の胸に手を当ててよく考えて欲しい。

「似てますよ、いろんな意味で」

「…嬉しくない」

憮然とした面持ちで下ろしたばかりカップを掴み、一口紅茶をすする。

「さっきの幼馴染の方がデザインしてる作品も見せてもらいましたけど…」

なかなか可愛らしい時計だった。

「あいつは昔からそういうの好きだったからね。姉がああだった分妙に真面目に育ちはしたんだけど…」

いつの間にかあのクソ親父に取り込まれてて驚いた、とぼやく。

そして、ハッとしたようにまた身を乗り出すと。

「…駄目だよ雛ちゃん?いくらあいつのデザインが気に入っても、ほかの男が作った腕時計なんて雛ちゃんにはさせられないから!!それくらいなら僕が…!」

「買えませんよ、あんな高いデザイナーズの一点もの」

普段なら値段をチラ見しただけで手に取りもしない類だ。

「買ってやるとか言われなかった?」

「言われましたね」

「断ったの」

「断りました」

もはや誰にとも言わず据わった瞳で聞かれ、なんのやましいこともない分こちらも実にあっさりと答える。

「…よかったぁ…」

はぁ、と胸をなでおろす薫。

「デザイン的にはとっても心惹かれたんですけどね」

なかなか才能はあると思う。

「…どうせ今度お礼に来るっていってたから、後で雑貨かなんか巻き上げよう。あいつ、変なとこばっかり律儀だから確実に来る…」

本当は嫌なんだ、というムードが薫の全身から漂っている。

「慶一君と会えるのは楽しみですけどね」

「…気に入った?雛ちゃん、あんまり子供が得意なタイプじゃなかったと思ったけど…」

あっさり言われ、そこまで見抜かれていたかと驚く。

「得意不得意で言われればそうですが…。あの子は人見知りもしないし、無邪気になつかれれば情もわきますよ」

「ずるいっ!」

「子供相手に張り合わないでください」

「僕たちの子供の方がきっともっと可愛いよ?だから、ね?」

「ね?じゃねぇよ」

そこで頷くと誰が思うか。





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