これって本当に信頼ですか。
「え、ごめん雛ちゃんもう一回言ってもらっていい?」
きゅきゅっとブレーキをかけて止まった車内。
ほとんど強制的に病院から家までの送迎を行った薫だが、横に座る雛子を振り返るその顔には、驚愕というより本気の焦りが浮かんでいる。
「嫌ならいいです、嫌なら」
二度は言わず「それじゃ…」と車を出ようとする雛子を、必死の形相の薫が引き止める。
「やだやだやだっ!!嘘!冗談!ちゃんと聞いてました!!だって、まさか雛ちゃんの口からそんなことを聞けるなんてとても信じられなくて…」
「ただお茶を勧めただけでそこまで言います?」
「そりゃそうだよ!だって、家の場所すら教えてもらえなかったくらいなんだよ!?」
「あれは色々不審だったからです」
というか、今も不審には思っている。
「二日続けて送ってもらってただ返すのも失礼かと思ったんですけど…」
そこまで言うならそのまま帰ってもらって…、と。
言いかけた雛子の口を横からスッと伸びた薫の手が塞ぐ。
「雛ちゃん。僕がそんなこと聞かされてただで帰ると本気で思うの?」
真顔でじっとこちらを見つめる薫。
二人きりの密室、至近距離で見つめ合うというこの状況にそこはかとない居心地の悪さを感じ、雛子は身じろぐ。
「悪い子だね、雛ちゃん」
目の前でクスリと笑われ、瞬間的に口を塞ぐ手を思い切り叩き落とした。
そして真顔で宣言する。
「今すぐ帰れ」
「いーやーだ」
ぷいっと顔を横に逸らし、打って変わった子供のような態度で頬を膨らませる。
「折角の雛ちゃんからのお誘いだよ!?ツンデレの滅多にないデレだよ!?断ったらバチが当たる!」
「んじゃさっき渡したプレゼント返してもらえます?」
人の好意をめったにない呼ばわりされ、さすがにイラっとして薫に向かい手のひらを出す。
ツンデレなんて言葉どこで…と思い、あぁコミ〇か、とすぐに納得した。
「で、来るんですか?来ないんですか」
「勿論行く!」
お邪魔します!と勢い込む薫に、「じゃあ共用の駐車場があるからそこに車を止めてもらって…」と指示を出すが、薫はこちらを見つめたまま車を動かす様子はない。
「薫さん?」
いつまでもここに車を止めていては周囲の迷惑になる、と訝しげに声を掛ける雛子。
「あぁ、ごめん…。なんか本当に信じられなくて…」
「?」
「…君と少しでも長く一緒に過ごせるのが嬉しいってことだよ」
そう言ってようやく車を発進させた薫の表情に、なぜか雛子の心がズキリと傷んだ。
どこか、痛みのようなものすら感じさせるような、穏やかな笑顔。
――――なんで、だろう?
この感情がなんなのか、自分でもわからない。
戸惑いながら前を向いた薫を横目でちらりと見るが、そこにはもう先ほどの表情は見えない。
ただ嬉々とした表情を浮かべ、車を走らせている。
「ねぇ雛ちゃん…」
「はい?」
ぽつり、とこぼされた声に小首を傾げる雛子。
「今日ここで既成事実を作って電撃クリスマス婚とかどう思う?」
「もう一度言う。今すぐ帰れ」
やっぱり信用するんじゃなかったと、シートベルトを外して車のドアを開けようとする。
「ちょ!冗談冗談!ダメだよ雛ちゃん、危ないって!」
「危ないのはあんたです」
主に身の危険(=貞操の危機)という名の。
「もう、軽いジョークだって~。男をこんなすぐに信用する雛ちゃんがちょっと心配で…。もしも僕に家の中で襲われたらどうするつもりなの?それを盾に結婚を迫られたら?」
「普通それをするのは女の方です。第一、ハタチ過ぎた女が一回くらいでそこまでガタガタ言いませんよ」
処女でもあるまいに、とはさすがに口にはしないが。
「乱暴されたらそのまま病院へ行って警察に暴行容疑で被害届けを提出するだけです」
法的に人生を終了させてやる。
そこだけはきっぱりと言い切る。泣き寝入りだけはありえない。
「なんか斜め上の回答が…。特に信頼されてるわけじゃないんだってわかって僕泣きそう…」
「私に合意なく手を出せばどうなるか十分分かってもらえたと判断します」
これで釘を刺したことだし、そうそう強引な手に出ることはないだろう。
まぁ…薫がそんなことをするはずがないと、心のどこかで信じているのも嘘ではないのだが。
「お茶を飲んだらすぐ帰ってくださいね。
…ちなみに、紅茶もコーヒーもただのインスタントですから、味には期待しないでください」
本職の人間に飲ませるような代物ではないのは百も承知だが、それ以外に常備などない。
元々頻繁に人を家に招くような性格はしていないし、来客用のカップだって学生時代の友人にプレゼントされたウエッジウッドが一脚のみだ。
「あ、そういえばあの時の結婚式の引き出物…」
確かセットのコーヒーカップではなかっただろうか。
そのうちオフ〇ウスに売り払いに行くつもりだったのだが。
「さすがの僕もそのカップはちょっと嫌」
「…ですよね」
縁起が悪すぎだ、とぼやく薫。
ティーカップ自体に罪はないのだが。
「んじゃぁ、適当なカップで勘弁してください」
「勿論」
ほとんど自宅に人を招かないと聞かされた薫はそれだけで嬉しそうだ。
年末に向けて少しずつ掃除を始めていた為、部屋はそれほど汚れていないと思う。
本当に人生何が起こるかわからない。
数日前まで、こんなことになるとは思ってもみなかったのに。
「部屋の中はウロウロしないように。余計なことをしたらすぐに叩き出しますから」
「了解!ふふふ~。雛ちゃんのお部屋~」
「…くれぐれも、先ほどの話をお忘れなく」
――――やっぱり部屋に上げるなんて言うんじゃなかったかな…?
何かあったら通報するぞと大きな釘を刺し、ウキウキとしたその態度に一抹の不安を覚えながら。
「それじゃ、狭い部屋ですけど、どうぞ」




