20
エリオットが指定された門の場所に着くと、中にいたギルド員たちはもうみんな揃っていた。そこでようやく建物のほうを振り返ると、それはもう全壊に等しいほど崩れていっていた。
激しく土煙が煙幕のようにして広がり、壊れていく最後の瞬間を隠していた。
ギルド員たちの心境が気になって様子を伺ってみるも、誰も建物が壊れたことを気にしている風はない。食堂で酒を飲みながら談笑している時のような明るさで今度の抗争について武勇伝を語り合っていた。
そこに、フォーダットの人影が土煙の中に現れた。
途端いままで騒いでいたギルド員たちはさっと静まり、フォーダットの姿がはっきりとあらわになると今度はわっと群集から歓声が上がった。
「フォーダット、団長は」
エリオットがその姿に駆け寄って聞いた。
「気になりますか?」
フォーダットは意地悪く尋ね、エリオットは黙り込んだ。
「生きているでしょう。あの人は殺したって死にません」
フォーダットの顔に一瞬の翳りが過ぎった。
「そういうヒトです。貴方も良く知っているでしょうが」
エリオットとフォーダットの間に息苦しいような沈黙が下り、エリオットは顔を下げた。
「これから先どうするんだ。というより、僕はどうしたらいい」
新しく開けた道が早くも崩れかけている気がしてならない。しかも自分の意思半分に開けた道だ。
当の本人である『白刃の輪廻』の連中は、やけに達成感に満ちているというか充足した表情を浮かべているが、こちらとしては正直複雑だ。
だって、騎士団を追い出すだけでなく建物ごと粉砕するなんて誰が予想するだろうか。
「ああ、皆さんは大丈夫ですね。緊急時の一時所属先に移動して下さい。本部がこんな状況なので、本部は臨時的にクーロイ支部に移しますが、正直あそこの設備では碌な役目を果たせません。各支部内で連携して出来る限り仕事は処理して下さい」
テキパキと指示を出す姿は流石指導者、凛としている。聞いたギルダー達も耳だけでなく心ごと傾けてフォーダットの指示を聞いて深く頷いた。
「フォーダット様は如何なさるのですか。まさか、どこか一つの支部に肩入れなさるわけではないでしょう?」
フォーダットの話を聞いていた群集の中から質問があがる。また、フォーダットが神であるかのような発言だった。
「私は……そうですね、旅に出ることにします」
フォーダットの言葉と同時に周囲にざわめきが走る。
「エリオットは連れて行きます」
エリオットは顔を上げた。フォーダットの顔からは何の心境もうかがえなかった。それは決定事項であり、エリオットが意見を言う隙間はないようだった。
「エリオット、料理出来ますか」
「いや」
「ではもう1人。適度に戦力になって料理の出来るヒトを募集します。今日中に私に申し出るように。他に質問は」
ばらばらとフォーダットに質問が飛ぶがエリオットは碌に聞けなかった。
まさか旅とは。急展開過ぎて頭がついていかない。これは断るという選択肢はないのか。ないんだろうな。僕が賭けに乗り、僕が戦いに負け、僕がここに加入することを決めたんだ。きっとフォーダットは僕が積極的に関わろうとしていると思ってるんだろうな。
正直、面倒だ。本音で言えば、僕は逃げて来たんだ。貴族の柵から、騎士団の拘束から。それなのにこっちでも振り回されるなんて。あんまりだと思うのは僕の甘えだろうか。
はぁ、と吐いた息は雨があがったばかりの空気には生暖かくて気持ちが悪かった。
喧騒も一旦は落ち着きを見せ、ギルド員たちは開けた広場のような場所に移動した。どうやらそこもギルドの敷地で緊急用の避難場所として確保してあったらしい。そこに転々とテントを張り、今日の寝床を作っていった。
皆が作業をする中、一人立ち尽くすエリオットにフォーダットが近寄ってきた。
「作業ははかどってますか」
「いや、皆がテキパキと動いてくれるからな……僕が手を出したら逆に邪魔になりそうだ」
そうですか、とフォーダットは呟いた。
暫くフォーダットは黙ったままエリオットの横にいた。エリオットも何を言うでもなくその場に立っていた。フォーダットは気乗りしなさそうにエリオットを連れ出して、あまり人がいないところまで来た。
「すみません、見苦しい所をお見せして……」
それはきっと、団長とのやりとりのことだろう。
フォーダットは苦々しげに顔をしかめた。
「いや、いい。少し驚いただけだ」
団長があんなに興奮するところは初めて見た。何時も大抵のことには興味を持たないあの人が。
あんなに表情豊かな人だとは思わなかった。常々機械のように適切な動きを無表情にする人だと思っていたのに、まさかあんな風に自分の内面を叫ぶことがあるとは。
「団長は……普段どんな人ですか」
フォーダットは聞きにくそうに聞いてきた。
「孤高の騎士という言葉が相応しい人だ。プライベートを垣間見たのはこれが初めてで……」
何事にも動じないその姿勢に何度救われたことか。何度この人に付いていこうと心に誓ったことか。
「尊敬出来る人ですか?」
「そうだな…」
その返事を得たフォーダットは憂いを帯びた表情で俯いた。
「そうやって、自分が尊敬を集めていることに彼は気づいていましたか」
エリオットは驚いてフォーダットの顔を見た。問いの意味を計りかねて答えられないでいた。
「すみません、忘れてください。兎も角、あの人は優れていることを認められていたんですね?」
「ああ。団長は……私情を挟むこともなく、常に最短の答えを導き出す。僕には真似できない事だ」
「私情を挟まない、ねぇ」
その呟きは明らかな嘲笑が含まれていた。そしてフォーダットは何かを考える素振りをしたまま黙り込んでしまった。向こうのほうから自分を呼ぶ声がしてフォーダットを伺うが、そのことにフォーダットは気づかない。フォーダットの裾を掴んで引っ張ると覚醒してこちらを見、申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、長く引き留め過ぎてしまいましたね。戻って良いですよ」
フォーダットの笑顔は、いつものように笑えていなかった。