第4話 地下遺構の調査報告と、帰還勇者の罠対策
東草原の地下遺構から無事に帰還した俺――《ミナト》たちは、夕暮れの街道を歩いていた。
初めてのダンジョン探索で遭遇したスケルトン、古い文字が刻まれた壁、そして通路に仕掛けられていた罠らしき石畳。短時間の探索だったが、収穫は十分にあった。
「ねえ、ミナト。あの床、もし踏んでいたらどうなってたのかな?」
隣を歩いていたユウキが、少し不安そうに尋ねてきた。
「壁に小さな穴が並んでいたから、矢か何かが飛び出す仕掛けだった可能性はあるな。ただ、実際には作動させていないから断定はできない」
「うわぁ……踏まなくてよかった」
ユウキが胸を撫で下ろすと、シルフィーが穏やかに微笑んだ。
「隼人が気づいてくださったおかげですね。でも、次も同じように発見できるとは限りません」
「ああ。だからこそ、対策が必要なんだ」
異世界で冒険していた頃も、ダンジョンの罠には何度も苦労させられた。敵と違って気配を感じ取れないものも多く、熟練した冒険者でも油断すれば命を落とす。
もっとも、ここはゲームの世界だ。現実のように命を失うわけではないが、戦闘不能になれば復帰後のペナルティがある。
それに、仲間が傷つくところを見たいわけでもない。
俺たちは始まりの街へ戻ると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
受付では、いつものようにリーナが冒険者たちの対応をしていた。
「お帰りなさい、ミナトさん。皆さんもご無事で何よりです」
「ただいま。地下遺構の探索結果を報告したいんだ」
俺はギルドから支給された《探索記録板》を差し出した。
リーナは記録を確認しながら、時折驚いたような表情を浮かべる。
「最初の広間でスケルトンを討伐……左側の通路では未確認の石板と、罠の可能性がある床を発見されたのですね」
「ああ。危険だと思ったから、それ以上は進まなかった」
「適切な判断だと思います。こちらの情報は専門の調査員にも共有させていただきますね」
リーナは記録板を専用の装置へ置き、情報を転写した。
すると、俺たちの視界に通知が表示された。
『《東草原・未確認地下遺構の探索》調査報告を受理しました』
『初回調査報酬を獲得しました』
『経験値を獲得しました』
経験値は増えたが、レベルアップには至らなかった。
「やっぱり、Lv6まではまだ時間がかかりそうだね」
ユウキがステータス画面を見ながら呟いた。
「まあ、焦る必要はないさ。今回の目的は調査だったからな」
俺がそう答えると、リーナが一枚の書類を取り出した。
「それと、発見された罠についてですが、ギルドの専門職員に確認していただくこともできます。少々お待ちいただけますか?」
「もちろん。お願いするよ」
しばらくすると、奥から一人の男性が現れた。
年齢は四十代ほどだろうか。短い茶髪に鋭い目つき、腰には工具の入った革袋を下げている。
「お前たちが罠を見つけた冒険者か?」
「ああ。俺がミナト。こっちはシルフィーとユウキだ」
「俺はガレス。ギルドで遺跡の仕掛けや罠の調査を担当している」
ガレスはそう名乗ると、探索記録板に映し出された石畳の画像を確認した。
「ほう……こいつはなかなか古い仕掛けだな」
「分かるのか?」
「完全には分からんが、床の沈み方と壁の穴の位置から考えると、踏み板式の射出罠に見える」
ガレスは画像を拡大し、壁の穴を指さした。
「この穴から矢や針が飛び出す仕組みかもしれん。ただし、内部の機構が生きているかどうかは現地で調べないと分からん」
「なるほど。やっぱり触らなくて正解だったな」
「そういうことだ。特に古い遺跡では、壊れかけた罠が予想外の動きをすることもある」
ユウキが真剣な表情で頷いた。
「じゃあ、次に行く時はどうすればいいんですか?」
「まずは足元と壁をよく観察することだ。それから、怪しい場所には不用意に近づかない。罠を発見したら位置を記録し、解除できないなら迂回するか引き返す」
ガレスの説明は、俺が異世界で学んだ基本とほとんど同じだった。
「解除用の道具もあるのか?」
「ああ。ただし、道具を持っているだけで解除できるわけじゃない。知識と技術が必要だ」
ガレスは腰の革袋から細い金属棒と小型の工具を取り出した。
「こういう道具を使って内部の機構を調べることもあるが、素人が適当に触れば逆に作動させる危険がある」
「それなら、俺たちはまず発見と回避を優先した方がよさそうだな」
「賢明だ。必要なら、罠の調査を専門とする冒険者と組むのも一つの方法だぞ」
俺は頷いた。
今のパーティーは剣士、魔法使い、僧侶の三人。戦闘面ではバランスが取れているが、探索技能についてはまだ不足している部分も多い。
今後、本格的にダンジョンを攻略するなら、そうした弱点も補っていく必要があるだろう。
ガレスに礼を告げた後、俺たちはギルドを出て道具屋へ向かった。
店内には冒険用の道具が所狭しと並んでいる。
「今日は何を買うの?」
ユウキが尋ねてきた。
「まずは予備のランタンと燃料。それから、通路に目印を残せる道具が欲しいな」
俺は棚を見ながら答えた。
地下遺構では帰還用の転移設備が使えないため、道に迷わないことが重要だ。
地図を作るだけでなく、分岐点を確認する方法も用意しておきたい。
「こちらの《探索用チョーク》はいかがですか?」
店員が差し出したのは、小さな箱に入った白いチョークだった。
「壁や床に目印を書けます。ただし、ダンジョンによっては一定時間で消えることがありますので、地図と併用してください」
「なるほど。それなら一箱もらおう」
俺たちは探索用チョーク、予備のランタン、燃料、携帯食料を購入した。
さらに、回復ポーションとMP回復ポーションも補充しておく。
シルフィーは購入した道具を確認しながら、嬉しそうに微笑んだ。
「これで前回より安心して探索できますね」
「ああ。ただ、準備が整ったからといって油断はできないけどな」
「もちろんです」
ユウキも頷いた。
「次はもう少し奥まで進めるといいね!」
「そうだな。でも、危険な罠があったら無理に進まない。それだけは約束してくれ」
「はーい!」
元気な返事に、俺は思わず笑ってしまった。
その頃、株式会社アストラル・リンクの運営監視室では、俺たちの探索記録が確認されていた。
モニターには、地下遺構の広間と左側通路の映像が映し出されている。
「ミナトさんたち、罠を作動させずに発見したんですね」
美波が感心したように呟くと、隣にいた竹田が頷いた。
「床のわずかな違いに気づいていますね。探索補助のスキルを使った形跡もありません」
「実際の経験があるような動きですよね」
そこへ主任の宇喜多が近づいてきた。
「地下遺構の調査状況はどう?」
「入口付近の情報が少しずつ集まっています。ただ、まだ全体構造は判明していません」
宇喜多は画面を確認し、静かに頷いた。
「プレイヤーたちの判断で探索が進んでいるなら、こちらから攻略に介入する必要はないわ。引き続き、不具合がないか監視を続けて」
「了解しました」
美波は再びモニターへ向き直った。
一方、そんな運営側の様子を知らない俺たちは、宿屋の一階で次回の予定を相談していた。
「次は右側の通路も調べてみるか?」
俺が尋ねると、シルフィーが少し考えてから答えた。
「そうですね。左側には罠がありましたから、右側の状況も確認しておきたいです」
「でも、右側にはスケルトンがいたんだよね?」
ユウキが確認する。
「ああ。だから、戦闘になる可能性は高い。まずは入口付近を調べて、危険そうなら戻ろう」
「うん、それなら安心だね!」
俺たちは翌日の探索方針を決め、ログアウトの準備を始めた。
地下遺構には、まだ分からないことが多い。
だが、一度にすべてを解き明かす必要はない。
仲間と協力し、少しずつ情報を集めながら進んでいけばいい。
俺は宿屋の窓から見える街並みを眺め、静かに微笑んだ。
こうして、俺たちの初めてのダンジョン攻略は、次の探索へ向けて着実に進み始めていた。




